第2話 炒飯と桐原2
「炒飯作るよ」
桐原が炒飯を作っている。
チャーシューの代わりにカマボコを使う炒飯であった。
俺の価値観で言えば、それはとても貧しくて、貧困で、哀れなる貧乏飯である。
「炒飯作るよ。藤堂君のために炒飯作るよ」
貧しいと三回も言ったが、実際貧しい食事である。
桐原が持ち込んだのは、しっかりと窯で焚き上げられた米などではなくパック飯である。
卵とて、どこにでも売られている物価の優等生たる卵である。
長ネギなどは、そもそもカット野菜であり調理の手間すら省かれていた。
ちゃんとした料理人が見れば怒るような原材料である。
「藤堂君、調味料を使いますよ」
「醤油でも胡椒でも勝手に使え」
腕組みをしながら、桐原の姿を眺める。
学生服姿に薄手のエプロンを身にまとっているが、高校生どころか中学生の容姿に見えた。
全体的に幼いのだ。
肌はとても白い。
何の化粧もしていないであろうに近くで観察しても、ニキビどころか毛穴すら見つけられない陶器のような肌をしている。
酷く、人形的な――そうだ、ピグマリオンだ。
ギリシア神話に出てきた、象牙で作られた女の像に恋をしてしまう王様のお話。
それをふと思い出す。
桐原の容姿は、少女の像を模したように人形的であり、象牙のような肌をしていた。
俺は深夜二時に炒飯を作りに来る桐原の事は気が触れていると思っているが、その容姿に対しては何一つ誹謗することなどできなかった。
「さて、では作りましょうか。藤堂君のために美味しいカマボコ炒飯を」
このマンションでは火の使用が禁止されている。
コンロは存在せず、キッチンにはビルトイン型のIH調理器具があり、桐原などは当初、私のオウチと違うなどと漏らして困惑していたようだが――かなり昔の話である。
今では慣れた手つきのようにして、スイッチオンなどと叫びつつ加熱ボタンを押している。
「時代は変わりましたねえ。200Vの常設IH調理器が全力でパワーを出しよります」
俺は桐原の時代など知らなかった。
彼女が住む貧乏市営団地などに出向いたことはなく、これを口にしたところ桐原がものすごい勢いでキレたので二度と言わないが――ガスコンロなど一度も見た事すらなかった。
「私の家のガスコンロたまに火が付かないんですよ」
あのガスコンロの野郎、私を舐めているとしか思えないんです。
所詮は意思持たぬ物体に過ぎぬガスコンロの野郎が桐原を舐めているとは思えないが、まあ物に怒りをぶつける人間の愚痴などそんなもんである。
フライパンが十分に熱された。
「ヒャア! 新鮮な胡麻油だ! 間違いなく私が買ってきたカマボコより高いぞ!!」
熱したフライパンに胡麻油が与えられた。
太白胡麻油の薫り高いにおいが辺りを漂う。
桐原の調理法とは何の関係もない、
金属とは熱することで膨張する。
なれば、ミクロレベルで調理器具に空いてしまう無数の穴に対して、油を馴染ませて塞ぐ。
そうして油膜を作ることで、素材の焦げ付きを防ぐという技術であった。
無論、さきほど言った通り桐原の料理には何一つ関係ない。
彼女は料理人ではないし、我が家の高級フライパンは焦げつきと汚れの防止技術が施されており、よほど無茶をしなければ焦げ付く恐れはなかった。
「金持ちがよう! 財力を見せつけやがって!!」
桐原は世界に憎悪を示している。
何か世間に怒り狂いながら料理を作る癖が、彼女にはあった。
人形的容姿の美しさをかなぐり捨てたような、憎しみに満ちた表情をしている。
「ヒャア! 長ネギだぞ!!」
カット済みの長ネギが、フライパンに乱雑に放り込まれた。
洗うことすら必要なく、カット野菜の保存容器をひっくり返すだけであり、超お手軽である。
長ネギは胡麻油と混ざり合い、少し良いにおいを漂わせた。
「ヒャア! 溶き卵だぞ!!」
続けて、フライパンに溶き卵が流された。
卵が音を立てて固まっていくと同時に、今、とばかりにパックご飯が開封された。
せめて炊飯器で炊いた米を持ってきて欲しかったものだが。
「炒めるぞ! カマボコも一緒に炒めるぞ!」
叉焼の代わりのカマボコが投擲された。
加熱ボタンが最大火力まで連打された。
狂ったように連打する必要はどこにもなく、単に押し続ければIH調理器は答えてくれるのだが。
桐原は怒りをぶつけるようにして、ボタンの形状をしたものは全て狂ったように連打する癖があった。
物知らぬ幼子のようである。
「ウォー! ウォー!」
桐原は愛らしい少女の声で、怒り狂ったようにフライパンでカマボコ炒飯を炒めている。
おたまで具材を叩いているのだ。
火力は最大である。
卵と油で、米の一粒一粒をコーディングして、ハラリと踊るようにしなければならなかった。
火力を強めて炒めながら、半熟卵とご飯をほぐして馴染ませねばならぬ。
桐原は盛り上がっている。
象牙の少女像のような外見で、何か物凄い盛り上がっていた。
それはよい。
正直言えば、俺は彼女が感情を剥き出しにしている姿はそんなに嫌いではない。
だが。
もう深夜二時なので、さすがに勘弁してほしい。
そういうのは日中にやってくれ。
そのように思うところはあるのだ。
何せ、ほら。
多分、こんな煩くしていたら両親が起きてくるし。
俺は世間のライトノベルにあるような――両親不在で一人暮らしという謎設定の持ち主ではないのだから。
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