彼女でもない女の子が深夜二時に炒飯作りにくる話
道造
第一章 桐原編
第1話 炒飯と桐原1
「炒飯作りにきました」
深夜の二時であった。
俺の自宅はオートロックマンションの最上階であり、不審者はエントランスフロアから先に侵入できない。
ゆえに、誰が来たかはドアを開ける前から分かっていた。
俺は身長140 cmにも満たぬ発達不良で貧乳の彼女にこう告げた。
「帰ってください」
深夜の二時である。
この防音環境が整ったマンションでは騒いだところで、近所迷惑にはならない。
だが、俺に迷惑であった。
「炒飯作りに来たんですよ?」
身長140 cmの短躰に見合うサイズの、小さな手だった。
その手には、近くの24時間スーパーのロゴが入ったビニール袋が握られている。
卵やパックご飯などと一緒に、何故かカマボコがチラリと見えた。
肉は無いようだ。
この女、もしやチャーシューではなくてカマボコで炒飯作るつもりなのだろうか。
俺は生まれてこのかた、そのような貧乏飯を口にしたことが無かった。
正直、悲しい目でスーパーの袋にある中身を見る。
「お前今カマボコで炒飯を作る全ての人間を馬鹿にしただろう。殺すぞ。世間の一般家庭では普通にナルトだのカマボコだの使うんだよ」
ドスの入った声による批難を受けた。
普段の凛とした、それでいて少女らしい甘ったるさも感じる声とは違う。
身長と乳のサイズを生贄にしたかのように、妙に蠱惑的な色気と美貌を保つ彼女の普段とは違う荒っぽい姿ではあった。
俺は馬鹿になどしていない。
ただ君は貧困層の育ちなのだなと思っただけである。
純粋に哀れだと思ったのだ。
これは侮辱ではないことを理解してもらいたい。
「……まあよいです。とにかく、可愛い私めが炒飯作りに来たんですから、中に入れてください」
別に、彼女が貧困層の育ちでも良かった。
俺は別に彼女の出自を哀れめど、今の境遇を哀れむという気分はない。
彼女はとても頭が良いのだ。
俺と同じ高校に通う二年生であり、成績優秀な特待生として学費全てが免除されており、返済不用の奨学金さえ受けていた。
今から最高学府の入学試験を受けてもアッサリ通るだろうし、彼女の未来は明るいと言える。
自らの能力により優秀さを世に示し、若くして自らの生活費を稼いでいる彼女に哀れみなど不要である。
哀れみをくれるどころか、むしろ尊敬すべきであろう。
ただ。
「嫌だよ。今深夜の二時だよ」
深夜の二時に、そのようなカマボコなどを肉の代わりにする貧乏炒飯を優秀なる君が作りて。
何故に俺がそれを食わねばならぬのか。
その理由がわからぬのだ。
「深夜の二時だから炒飯を作るんですよ。それがわからんのですか」
わからんよ。
深夜二時まで残業している可哀そうなサラリーマンや、夜間働いている24時間稼働の工場の人。
皆が寝静まっている時間にこそ活動せねばならぬ、インフラ関係の人たち。
締め切りに追われている漫画家や小説家。
最後に挙げた例はもう単に締め切りを守らないクズだから死んでも自業自得として、基本的には皆が寝静まっている時刻である。
昔風に言えば丑三つ時であった。
「なんで君は深夜二時に炒飯作りに来ているのか?」
「藤堂君は炒飯作るならいまのうち、という言葉を知らないのですか?」
彼女が俺の苗字を口にし、俺はちゃんと起きようと眼をぎゅっと瞑って答える。
携帯電話の着信が彼女から来るまで、俺は眠っていたのだ。
「知らん」
仮にその言葉が世間一般常識だとして、今の内=深夜二時にはならんだろう。
こんな夜更けに叩き起こしやがって。
「誰もいない。炒飯作るならいまのうち、と。誰もが寝静まっている時刻。炒飯とはそんな時に作らねばならんのだと、私が生まれる前に死んだ父は語っておったそうです」
お前の父ちゃんが頭おかしかっただけじゃね。
そう思うが、さすがに言うと失礼である。
それは言わぬ。
「だから藤堂君に炒飯を作りに来ました」
その代わりに、家に帰れと正直言いたい。
もう炒飯を作りたいだけなら、お前が自分一人で作って勝手に食えと言いたい。
だが、この藤堂は深夜の二時に一人ポツンとウチまで歩いてきた彼女を帰らせるほど酷薄ではない。
というか、危ないだろうが、お前。
深夜の二時に女の子が女子高生服の姿でほっつき歩いているのじゃない。
これは心配だけでは済まぬので、ちゃんと言葉にする。
「前にも言ったが、女の子が深夜に一人で出歩くな」
「じゃあ藤堂君がエスコートしてくれるんですか?」
「人の話を聞いてる?」
最初から出歩くなって言ってるんだよ。
「とにかく、もうどうしようもないから中に入れ。炒飯はいらん」
「そういわないでください。炒飯はちゃんと作ります。ちゃんと学校の制服は着てきましたから、客室のベッドを貸してください」
「そのつもりであることはわかっている」
もう、学校の制服を着ているから、最初から俺の家から学校に行くつもりだったんだろうな。
炒飯作って、それを食べた後に眠り、一緒に学校に行く。
そのような計画でいたんだろう。
嗚呼、もう。
お前、女の子なのに深夜二時に炒飯食うような生活をしていてもいいのか?
痩せっぽちの貧乳だから止めないが、これが普通の女の子だったらしてはいけない生活だからな?
そのような考えを抱いて、俺は酷い頭痛がした。
「桐原。何故お前は俺の家に来るんだ」
小さく苦情を、彼女に――桐原に対して、俺は愚痴った。
返事はなかった。
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