第4話 道標

 あの日……

 暗黒騎士オルテア・イディアルから、弟子になれ、と言われてから、三日が経った。


 この事は、まだ両親にも話していない。

 まだ話せそうにも無い。


 両親はきっと、反対するだろう、僕が女の子だから……


 あの日……

 暗黒騎士オルテア・イディアルから、試すような真似をしてすまなかった、と謝罪された。


 その上で、僕の持つ心の闇を見透かして……


「お前には計り知れない才能がある。だが、同時に危険でもある。私の元に来い。お前の中の闇との向き合い方、『力』の使い方を教えてやる。」


 そう言われた。

 一週間の猶予を貰った。

 返事はまだ保留している。


 正直言って、怖い。

 あの暗黒騎士は僕の中に巣食っている闇--殺意無き殺意--とでも言うべきものを敏感に感じ取ったのだ。


 やっぱり僕は心底人殺しなんだ。

 これは疑いようの無い事実なんだ。

 このままではきっと、誰それ構わず殺してしまい、それでも殺す事をなんとも思わない人間になってしまうかも知れない。


 それは、嫌だ。

 そんなのは、嫌だ。

 怖い。

 自分の中の闇が怖い。

 嫌悪感が押し寄せて溢れそうになる。


 闇との向き合い方、『力』の使い方を教えてやる、そう言われた。

 それはとても魅力的に聞こえた。

 彼なら僕の、僕の中の闇を、どうすれば良いのかを教えてくれるかも知れない。


 それでも、返事はまだ保留している。

 それは僕に、暗黒騎士になれ、と言っているから。

 アルカディア帝国で最も強く、最も誇り高き存在。

 暗黒騎士になれば、なる事が出来れば、確かに、僕の中の闇を御する事も叶うのだろう。


 けれどもそれは茨の道でも生温いように思う。

 聞けば暗黒騎士になる為には、大の男であっても悲鳴をあげるような過酷で苛烈な修行を受け、その全てを耐えて乗り越えなければならない。


 それは僕に出来る事なのだろうか?

 途中で脱落してしまったら、もう二度と、僕の中の闇を御する方法は見つからないかも知れない。


 それが怖い。

 だから躊躇してしまう。


 手鏡で自分の顔を覗き込んだ。

 なんて澄ました顔をしているんだろう。

 その裏で、人殺しをなんとも思わない悪魔が巣食っていると思うと、酷く嫌悪感が込み上げて来る。


 手鏡を伏せて、ベッドに顔を埋めた。

 いくら一人で考え続けていても、堂々巡りで答えは出てこない。

 ただひたすらに嫌悪感だけが溢れていた。


 *


 翌日、僕は森へ出かけた。

 季節は冬、風は肌を刺すように冷たく、森の木々はすっかり葉を落としてしまっている。

 一昨日降り積もった雪がまだ樹の影に残っていて、より一層寒さを助長しているようだ。


 あの場所へやって来た。

 あれから、あの日から……初めて人を殺した日から、一年以上が経っていた。

 あの時とは季節が違っているけれど、この場所はあまり変わっていない。


 僕はあの日と同じように木の根元に腰掛けて、空を見上げた。

 空はどんよりと雲が覆っていて、僕の心と同じで晴れそうも無い。


 それでも僕は、ぼぉっと空を見上げたまま、今日も考え事をしていた。


 暗黒騎士に弟子入りするかどうかを。


 どちらにしても、一度は両親に話しておかなければいけない事は解っている。

 解ってはいても、気乗りがしない。


 おそらく、あの暗黒騎士は僕が拒否すれば手を引くだろう。

 権力を振りかざして無理強いはしない、と思う。

 根拠は無いけれど、そんな印象を受けた。


 だから、両親が反対すれば、無理には言って来ないとは思う。


 でも、それで良いのだろうか。

 なに分、僕自身の事なのだ。

 僕自身が自分で考えて、答えを出さなければいけない、そう思う。


 目を閉じて、あの日の事を思い描いた。


 あぁ、月が出てる。


 まん丸で、真っ白い月。

 見上げた夜空の真ん中に、ぽっかりと浮かんでいる。

 淡く蒼白い月の光は森の木々の合間を縫って、思いの外明るく周囲を照らす。


 僕はぼぉっと満月を見上げ、ふと足元に視線を落とす。

 足元まで広がっている紅い血溜まり……。

 その傍に、事切れて物言わぬ男が一人、地面に突っ伏している。


 ここからではその表情は全く見えないけれど、観たいとは思わない。


 ………そうだ。

 僕はまだ、罪を贖っていない。

 罪を贖う方法を見つけていない。


 そうだった。思い出した。

 人を殺した事は1日たりとも忘れた事は無かった。

 けれども、贖罪の方法を見つける事が出来ず、半ば諦め掛けて、忘れてしまおうとしていた。


 やっぱり僕は卑怯者だ。

 卑怯な人殺しなんだ。

 その事を、すっかり思い出した。


 これでは、ダメだ。

 人殺しは罪だ。贖わなければいけない。

 その道標は今、しっかりと示された。


 僕は立ち上がり、その足で歩き出した。

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