第二章
第5話 第一歩
聖華暦833年 1月20日 帝都ニブルヘイム
僕は生まれ育ったバウルスハイムを離れ、アルカディア帝国の中心地、帝都ニブルヘイムにその第一歩を踏み出した。
連絡船に揺られる事15日。
今はニブルヘイムの陸上船舶の湾口区にいる。
両親には、ちゃんと話して来た。
最初は二人とも酷く動揺したけれど、父さんは最後には理解してくれた。
母さんは最後まで泣いていた。
それでも、家を出る時には抱き締めてくれた。
軍学校は辞めて来た。
校長先生は、我が校から暗黒騎士が輩出されるのは誉れ高い、と舞い上がっていた。
教頭先生は、身体に気をつけなさい、と気遣ってくれた。
担任のクロビス先生は、我が校の精神を忘れずに何処にいても励みなさい、と言った。
先生達には内緒にして欲しいとお願いしていたのに、どこから漏れたのか……
僕が暗黒騎士の弟子になる事は、何故か全校生徒の知るところとなり、それまで大して親しくも無かったクラスメート達だったけど、こぞって僕に激励の言葉を掛けてくれた。
後で考えれば白々しい気もしたのだが、その時はなんだかむず痒かった。
随分と昔の事のように懐かしく思う。
あそこまでは、僕の平穏な日常だったのだろう。
そして、これからは過酷な日々が始まる。
僕は、自分の中の心の闇と向き合って、これを御さなければならない。
でもその前に、お迎えが来ているはずなので合流しなくてはいけない。
確か、ターミナルの出口で待っているという話だったのだけど……
<リコス・ユミア様、到着歓迎>
と書かれた看板を持ったメイド風の女性が立っているのが見えて、一瞬ギョッとした。
自分の名前がデカデカと掲げられていたのもそうだけど、それを持っている女性に驚いた。
端的に言って、とても美人だった。
思わず見惚れてしまうほどに。
一応、僕は女の子だと言っておく。
その女である自分から見ても、美人だと断言出来る。
長いストレートヘアの金髪にエメラルドグリーンの瞳、透き通るように白い肌に頬は薄桃色に彩られている。
正直羨ましい……不公平だ。
……ああ、そうだ。
どうやらあの人がお迎えらしい。
困ったなぁ、どう声を掛ければ良いんだろう……
「あのもし、リコス・ユミア様、ですか?」
僕がどうするか思案していると、彼女の方から僕に声を掛けて来た。
「は、はいっ、そうです。」
少し驚いて声が上擦ってしまった。
恥ずかしい……
「初めまして、私はエミリ・フランソンと申します。貴女をお迎えに参りました。」
にっこりと笑った顔がとても綺麗で、月並みな言い回しだけど、まるで花が咲いたよう、と言うのが本当にぴったりだと思った。
「長旅でお疲れになったでしょう?
あちらに馬車を用意してあります。御屋敷に着きましたらごゆっくりして下さいね。」
「あ、あの……オルテア…様は?」
「はい、ご主人様は任務で外出されています。
戻られるのは明後日になりますね。
でも心配には及びません。それまでは私が貴女のお世話を致します。」
エミリさんはどんと胸を叩いてまた笑った。
ドキドキする。なんだかズルいなぁ。
「判りました。お世話になります。」
「はい、承りました。」
また彼女は笑い、僕も彼女に釣られて笑ってしまった。
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