第6話 帝国統轄騎士會 前編
聖華暦833年 1月23日
「おはようございます。」
「あぁ、おはよう。」
朝の7時。
エミリさんから朝食の用意が出来たと声をかけられイディエル家の食卓へ行くと、この家の当主、つまり、僕の師匠であるオルテア様が待っていた。
昨日帰って来るという事だったが、戻ったのは深夜であったらしい。
「よく休めたか?」
「はい。」
「朝食をお持ちしました。さぁさぁ、リコス様も席に着いてください。」
エミリさんが席を引いてくれたので着席する。
目の前に星形の切り込みの入った小さな丸パンであるブレートヒェンの入ったバスケット。
クリームチーズとサラミの乗った皿、それとゆで卵の乗ったエッグスタンドがさっと並べられる。
そして、豊かな香りのするコーヒー。
オルテア様はまずコーヒーにミルクと、砂糖をスプーンで五杯入れた。
ん? 五杯?
それをさも当然のように口の中へ流し込んでいった。
「さ、リコス様も食べちゃってくださいね、片付きませんから。」
「あ、はい、いただきます。」
僕はコーヒーには何も入れずブラックで。
ブレートヒェンにクリームチーズを付けて一口齧り、サラミをフォークで口に運ぶ。
会話は無く黙々と食事を終える。
この後、オルテア様の皿にはドーナツが二つ並んだ。
「リコス様もいかがです?」
「あ、いえ、もう結構です。」
「朝はしっかり食べないとダメですよ。はい。」
エミリさんはそう言って、僕の皿にドーナツを一つ、有無を言わさずに置いた。
……結局、そのドーナツも食べた。
「リコス。」
「はい?」
オルテア様は僕の目を真っ直ぐに見て告げた。
「明日から修行を行う。」
「明日から、ですか?」
もうこの後から修行をするのかと思ったら、そうではないらしい。
「今日は『帝国統轄騎士會』へ行く。君を私の弟子として、正式に登録する。」
『帝国統轄騎士會』というのは暗黒騎士を管理する組織だと聞いた。
暗黒騎士は皇帝陛下直属で、通常の軍部命令系統からは完全に独立した存在なのだ。
暗黒騎士に命を下せるのは皇帝陛下以外にはいない。
しかし、皇帝陛下が自ら暗黒騎士を管理しているわけでは無く、暗黒騎士に纏わる諸々を事前に処理する部署として、帝国統轄騎士會は存在するのだ。
「判りました。」
いよいよ、僕の暗黒騎士見習いとしての修行が始まるのか。
そう思っていた矢先だった。
「まずは三ヶ月、基礎体力をつける事。それと宮廷での作法を身に付けろ。エミリ、任せた。」
「はい、お任せください。」
エミリさんはどんと胸を叩いた。
「えっ…と、あの…」
「暗黒騎士はただの戦闘者では無い。皇帝陛下にお仕えする以上、最低限の知性と品位は必須だ。」
僕の言わんとする事を悟ったオルテア様は、手短にそう言った。
確かにそうだ。
暗黒騎士はアルカディア帝国の護りの要であり、刃だ。
だけれど、それは戦場だけの事であり、平時においては帝国臣民の模範となる存在でもある。
チャランポランでは誇り高い暗黒騎士の看板に泥を塗る事になる。
それは引いては皇帝陛下を侮辱するのと同じ事なのだ。
「それではリコス様、私が宮中でのマナーや勉強、トレーニングのコーチも致します。よろしくお願いしますね。」
「判りました。よろしくお願いします。」
まだまだ、先は長そうだ。
少しずつでも焦らずにゆこう。
*
午前8:30
「御主人様、馬車の準備が整いました。」
「ん、行って来る。」
エミリさんに見送られ、オルテア様は馬車に乗り込む。
僕も無言で付き従い、馬車に乗った。
「出せ。」
「はっ。」
馬車が動き出し、街並みが流れてゆく。
「リコス、帝国統轄騎士會の前に、まず行く所がある。」
「判りました。」
馬車に揺られて数分、目的の場所へと到着した。
そこは、仕立屋だった。それも、どう見ても貴族が御用達にしているような物凄く上品な。
物珍しさで、ついついあちこちを観てしまう。
「出来ているか?」
「はい、あとは試着して頂いて、手直しを致しましたら。」
「うむ。リコス、試着をしろ。」
「あ、はい……って、え? 僕ですか?」
「そうだ。早くしなさい。」
まさか、僕の服を買いに来ているとは思わなかった。
しかも上から下、靴まで一揃い。ほとんど出来上がっていて、実際に試着して着心地が悪い所はその場で手直しをしてくれた。
「それは弟子としての正装だ。公の場では必ず着用するように。」
「はい。」
帝国軍の正式な軍服に近いが、より意匠が凝っている。
弟子とは言え、暗黒騎士がいかに特別であるかが窺える。
スカートで無かったのが、なにか安心感を覚えた。
……ところで、採寸はいつしたのだろうか?
僕には全く覚えが無い。
僕の正装は合計で3着、オルテア様は金貨6枚を支払いっていた。
金貨6枚といえば一ヶ月は生活に困らない額だ。
この服が金貨2枚もするかと思うと、ぞんざいに扱う事なんて出来ない。
今更ながら、なにかが恐ろしくなってきた。
それでもこの正装の仕立てに3時間近く費やしていた。
「ふむ、昼を済ませておくか。行くぞ。」
「はい、判りました。」
再び馬車に乗り込み、今度はとてもお洒落で落ち着いた雰囲気のレストランへとやって来た。
先程の正装に身を包んでいるとは言え、こんな高級レストランに入るのは、なんだか場違いに思えて気が引けた。
でもオルテア様は構いもせずに店でお勧めのランチを二人分注文した。
落ち着かなかった為、何が出て来たのかはイマイチ覚えていない。
とても美味しかったのは確か。
あと、オルテア様が最後に苺のタルトを食べていたのはよく覚えていた。
結局、帝国統轄騎士會を訪れたのは午後になってからだった。
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