第7話 帝国統轄騎士會 後編

 聖華暦833年 1月23日13:18 帝都ニブルヘイム第一層 帝国統轄騎士會本部


 そこは貴族街の中にあって、とても質素な感じのする御屋敷だった。

 もちろん、周りにある沢山の御屋敷と比べても遜色無い、というよりさらに大きいくらいではあった。


 正門には門番として完全武装した帝国軍人が見えるだけでも4人、門の裏にある詰所にもさらに十数人が詰めているようだった。

 3人1組で巡回している軍人もいるので、おそらく警備だけで30人くらいはいるだろう。


 馬車は正門の前で一旦止まり、御者が門番に何かを見せ、門番はジェスチャーで入って良い事を伝える。


 馬車は正門を潜り、御屋敷の玄関前まで来ると再び停車した。


「行くぞ、降りなさい。」


「はい。」


 先ず僕が降り、次にオルテア様が馬車から降りた。

 馬車はそのまま屋敷の裏手の方へ走っていった。


 正面玄関の扉を前にして、緊張感を覚えた。

 オルテア様が扉に近づくと、中から扉が押し開けられ、執事の姿をした男性が姿を現す。


「イディエル卿、お待ちしておりました。」


「ん。」


 オルテア様は、そのまま御屋敷の中へと入って行く。

 僕も、執事に促されて中へと入った。


 中は、確かに御屋敷だ。

 ただ、入ってすぐのロビーには受付があり、そこには受付嬢が4人と、完全武装した軍人が数人。


 右手にはラウンジが設けてあり、そちらでは3人の年配の男性が座って談笑をしていた。

 それぞれの傍らには、僕と同じような正装に身を包んだ若者……僕から見たら年上の人達ばかりだけれど……、姿勢を正し、直立不動で立っている。


 ここに居る、という事はあの人達も暗黒騎士とその弟子、なのだろう。


「リコス、来なさい。こっちだ。」


「はい。」


 受付まで行き、受付嬢から手渡された書類を受け取る。

 四十数枚はある書類の束だった。


「そこのラウンジで書類によく目を通し、漏れ、書き損じの無いように。」


「判りました。」


 オルテア様と二人でラウンジの席に座り、僕は書類を丁寧に確認していきます。

 オルテア様は執事の運んで来た紅茶と、それからモンブランを楽しんでいる。


「よぉ、オルテア。久しぶりじゃないか。元気そうだな。」


 僕の後ろから、オルテア様に声を掛けたのは、30代前半といったふうの男性。

 切り揃えた金髪に黒い瞳、顔立ちが整った二枚目、なのだけど、剃り残しの無精髭のお陰でややだらしない印象。

 ちょっと残念な感じのする人だった。


「ああ、久しぶりだな。元気そうでなによりだ。」


 オルテア様は、あまり感情がこもってない声で返しました。

 相手の方はさして気にした様子も無く、和かに隣の席に座りました。


「ほほぅ、この子がお前さんの初弟子か。ふん、華奢な小僧だな。」


 あぁ、やっぱりこの格好では男と思われたらしい。


「アーダルベルト卿、淑女に失礼だぞ。」


「なんと、レディだったのか?それは失礼をした。心より謝罪します。」


 アーダルベルト卿と呼ばれた男性は、胸に右手を当てて深々と頭を下げた。

 その右手の中指に嵌められた、黒光りする黒曜石のような、ダークライトの指輪、暗黒騎士の証が目に入った。


「いえ、謝罪など滅相もありません。」


 僕は彼に非は無い事を伝えようとした。

 しかし、それはオルテア様からの一言で否定された。


「こういうのは身分や立場は関係ない。最初に誤ったのは彼なのだから、こういう時は素直に謝罪を受け入れなさい。」


「判りました。お受けします。」


「よろしい。」


 オルテア様は口元をわずかに歪め、アーダルベルト卿も微笑んだ。


「では改めて名乗ろう。私はコンラート・アーダルベルト、栄えある暗黒騎士の1人だ。さて、君の名前はなんという?」


「リコス・ユミアと申します。以後お見知り置きを。」


 僕も名乗り、恭しく頭を下げた。


「ふむ、ではリコス、一つアドバイスだ。」


 そう言ってアーダルベルト卿は人差し指を立てた。


「この男は無愛想で何を考えてるかいまいち分からんが、甘い物を食べない時は機嫌が悪い。その事を覚えておくと良い。」


「おい。」


 オルテア様が抗議の声を上げました。

 暗黒騎士が、なんだか人間味のある存在に思えてきます。


「はい、判りました。肝に銘じておきます。」


「リコス、つまらない事を覚えなくていい。」


 思わず笑ってしまいそうでしたが、どうにか我慢して顔には出さずに済んだ。


 この後、書類に必要事項を全て書き込み、受付へと提出しました。


 それから30分の後、暗黒騎士の弟子の証として、交差する黒い双剣を象った紋章の入った首飾りが授けられた。


 これで僕は正真正銘、暗黒騎士の弟子になったのだ。

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