第10話 因縁

聖華暦833年 6月30日 帝都ニブルヘイム 帝国統轄騎士會本部


この日、僕は師匠であるオルテア様と共に帝国統轄騎士會本部に来ていた。

師匠が定例の会合に参加する為だ。


だが、師匠が言うには会合とは名目だけで、実際は師匠の違う弟子達の交流と研鑽が目的なのだと言う。

その為、弟子達は本部敷地内にある訓練場に集められていた。


今この場には、僕やルイーズさん、ディックさんを含め、35人の暗黒騎士見習いが揃い、いくつかのグループに分かれて談笑したり、組手を行なっていたりしている。


僕はルイーズさんとディックさんの三人で固まり、建物の壁際で話をしている。


「いやぁ、暇な連中が集まったな。」


「姉さん、僕らも含めて別に暇では無いよ。本来ならここで交流を兼ねて組手をするんだから。」


「そうは言っても、積極的にやってるのは数人だけだろ? それも、自分は腕が立つと思ってる奴らだけ。」


「二人は参加しないんですか?」


僕は二人に尋ねた。


「あぁ、別に参加するこた無いね。」


ルイーズさんはあっさりそう言った。

ディックさんもやれやれという表情だったが、それを咎めるような事はしない。


僕は他の弟子達の動向を注意深く観察する事にした。


僕達以外は4つのグループに分かれている。


だいたい、僕より年上の人ばかりのようだ。加えて、女性は僕とルイーズさんの二人の他は10人程度で談笑しているグループの中に一人しかいない。

そのグループも、その女性が中心となって周りは取巻き、そんな感じに見受けられる。


「あのグループはお嬢とその腰巾着の集まりだよ。お嬢は見た目と家柄が良いからアホが集まってんだな。ちなみにお嬢は大して強くねぇ。」


ルイーズさんは僕が他のグループを観察しているのに気がついて、簡単に説明してくれた。


「あっちで組手やってる血の気多い奴らは師匠が好戦的なんだ。お陰でなんでも腕力で解決しようとする野蛮人。」


あまり近づかない方が良さそうだ。

ルイーズさんは別のグループを顎で指した。


「向こうの連中は面倒くさいのが偉ぶってる。一番関わらない方がいい。」


「それは同意だね。」


二人して言うのだから、近づかないでおこう。


「一番端でたむろしてる連中は、まぁ、グループに入ってないそれ以外が集まったグループ、だな。」


「つまり、僕達みたい人達、という事ですね。」


「ハッ、違いない。」


僕達は他愛ない話で時間を潰している。


なにか視線を感じた。

と、一人の男性が、僕達に声をかけて来た。


「やあルイーズ、ディック。相変わらず社交性が無いようだな。」


「へっ、ウルセェ。お前らみたいに群れるのが嫌いなだけだ。」


「ふん、減らず口を。あぁ、今日はお前達には用は無いんだ。」


そう言って、彼は僕に向き直った。


「はじめましてお嬢さん、私はビクトル・ライネリオ。栄えあるライネリオ伯爵家に連なる者だ。名前を伺ってもよろしいかな?」


ビクトルと名乗った彼は、短く切り揃えた金髪に碧眼、そこそこ整った顔立の青年だった。

僕に対しての態度や口調は慇懃であったが、気の所為かもしれないがどこか人を小馬鹿にしている節が見受けられた。


「リコス・ユミアと申します。以後見知りおきを。」


ひとまず形式的に返しておいた。


「ふん、リコスというのか。良い事を教えてやろう。そこの二人は性格が災いして人脈に乏しい。将来を考えるなら、友人は選ぶべきだ。」


あぁ、気の所為では無かった。

この人はナチュラルに嫌な人間だ。


「けっ、テメェこそ家柄を鼻にかけてのぼせてるだけだろ。」


「そう言うやっかみは、実力で俺に勝ってから言えよ。」


上目遣いに睨むルイーズさんに対して、ビクトルは薄ら笑いを浮かべて見下している。


「さてと、君はイディエル様に師事しているんだそうだね。どれくらいになる?」


どうやら新入りの僕に興味を持ったらしい。

嫌な人みたいだし、因縁をつけられたく無かったので、素直に答える事にした。


「半年になります。」


「あぁ、なるほど、半年か。ではまだ本当にヒヨッコなんだな。」


そう言いながらその表情は本当に、自分が絶対的に上だ、という傲慢さが現れている。

本当に関わり合いになりたく無い。


けれども、僕達の邂逅は、彼のこの後の行動によって最悪な方向へと決定付いてしまった。


「これから長い付き合いになるんだ。親愛の印に、俺の魔眼の能力を教えてやるよ。」


ニンマリと笑みを浮かべたビクトルの両眼が一瞬、鋭い光を放った。


目の前には大きくて、白い、満月………

その光に照らされて佇む人影。

ゆっくりと僕の方を視る。

返り血に濡れた顔、手にした血濡れの剣、薄っすらと浮かべた笑み……


そこに立っているのは……僕だった。

僕の中にいる、否定したくてしょうがない、僕自身の姿。


どうしようもなく、恐ろしい。

僕の姿をした、暗い、真っ黒い、血塗れの、獣のような、僕。


「っああぁぁあ!」


気が付けば、僕は絶叫を上げて、そばにあった訓練用の木剣を右手で掴み振り抜いていた。


狙ったのはビクトルの首、正確には頸動脈。

僕が動くとは思っていなかったが、それでも咄嗟に反応したビクトルは紙一重でその太刀筋から逃れていた。


僕の絶叫で周りの人達は僕達に注目し、僕達の一連の動きを理解すると一斉に歓声を上げた。


僕は乱した息を落ち着けるように深く深呼吸をする。

ビクトルは驚愕と焦りの表情を浮かべていた。

そして自らの首に手を当て、血が滲んでいるのを見咎めるとその表情は憤怒に塗り固められる。


「あぁっ! お前っ! この俺にっ、血を流させたな‼︎」


ビクトルは怒りに任せ、場所も弁えずに全身から暗黒闘気を吹き出した。


「そこまでだ。」


とても重く、冷たく、落ち着いた声がビクトルの、その場にいる全員の動きを止めた。


「し、師父!」


現れたのは、一人の暗黒騎士だった。

見た目は40後半くらい、長い金髪を撫で付けて一本に纏め、綺麗に手入れされた髭が紳士である事を示しているが、その眼光は鋭く、抉るように僕達を睨みつけている。

僕とビクトル以外、全員が姿勢を正す。


「用は済んだ。帰るぞ。」


「はっ、ですがまだ……」


「二度は言わん。」


怒りが収まらず、なおも食い下がろうとしたビクトルであったが、師匠の一言によって暗黒闘気をおさめた。


ビクトルは僕に向かって舌打ちをすると、数人の弟子達と共にその暗黒騎士について行ってしまった。


「リコス、大丈夫か? いやぁ、まさかアイツの『恐慌の魔眼』を破るとは、大したもんだ!」


ルイーズさんはそう言って、僕の肩をバシバシと叩きました。


「ちょっと、痛いですよ…」


その痛みで、僕はようやく僕に戻った気がした。


「今の方は?」


「暗黒騎士クリストフ・シークヴァルド卿だよ。ビクトルの師匠で、帝国統轄騎士會の現役代表の一人でもある。」


ディックさんが手短に説明をしてくれた。


木剣を握る掌からは、嫌な汗が滲んでいた。



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