第19話 8月2日 【3】
繁華街に行くこと自体が目的だったのでファミレスを出た後はとりあえず特別行く当てもなかった俺と藍子だったが高梨にそれを伝えると『じゃあ』と言うので服を見に行くことになった。
でもたどり着いたその店のガラス張りで見える店内の雰囲気は明らかに女性の服専門の感じだったので店先で待っているから女子二人で行って来てくれと伝えると。
「アンタも行くの」
そう言って高梨は有無を言わせず俺の左手を握り、慣れた手つきで少し重そうなガラスの扉を空いた方の手で押して開き店内へ連れ込んで行く。
その間俺はもう女性の服専門の店に入ることへの抵抗とかはなく、と言うか考える暇もなく不意に握ってきた綺麗な手に意識は移りなすがままになっていると。
「あー、涼しー」
いつの間にかもう店内に入っていて高梨のその気持ちよさそうな声に遅れて店内の空調による涼しさを感じ始めていると引っ張られて胸の高さまで持ち上がっていた腕は切り離されてブンとバンジージャンプのように重力に従い戻ってくる。
それを目で追ってずっと見ていた。見慣れたはずの自分の手を。
だって、好きな人と初めて繋いだ手。
『やっぱり高梨は俺のこと__』
そう思いながらゆっくりと視線を自分の左手から先ほど前にいた高梨へ様子をうかがうために動かしたけれどその姿はもうなく前方に二人はいた。人より少し大きい藍子のなにか喋る声が聞こえるぐらいの先に。
「……だよな」
『勘違いだよな』。苦笑交じりに一人呟きながらも『でも嫌いな奴の手を握ったりしないよな』と二律背反の感情を抱えながら二人の後を追った。
二人に追いついてそれからしばらく女子二人に割って入る気もなにか発言するほど服に興味があるわけでもなかったので黙って後ろをついて歩きながら時折服を手に取っては『ふーん』とか『へー』とか言いながら好みの服を探している瑠璃を最初こそいつものように『かわいいな』と、ぼーっと眺めていたがいつの間にかその隣をピッタリと歩く藍子に視線は移っていた。
藍子は特別なことをしているわけでもなく服を探しているだけの瑠璃の一挙手一投足を見逃すまいと忙しく視線を動かしながら店内のまだ見ていない箇所に移動すると今度はまるで一面の花畑にでも来たように綺麗に並べられた色とりどりの服を幸せそうに眺めていてた。
『白いワンピースを着ている印象が強い藍子もやっぱりこういうの興味あるんだな。……と言うか考えてみれば寝るときのパジャマ姿を除いて藍子が白のワンピース以外を着てる姿って記憶にないな。中学に上がってからの制服姿もしらないし』
『瑠璃が着ているようなカジュアルな今風な服を着た藍子もかわい……似合うと思うしそれとやっぱりもうお互い卒業が近いわけだし制服姿もいつか見て見たいな』
「どう?」
長々と藍子について考えていると不意に瑠璃の言葉が飛んで来て今度は藍子から瑠璃へと視線を移すとハンガーが付いたままの淡い黄色い服を体の上から試着するように重ねた瑠璃がこちらを向いていた。
可愛い。可愛いに決まっている。なんなら服関係なく可愛い。でも、どうかと聞かれても反応に困る。素直に可愛いとか似合ってるとかをこんな場面で言えているのならばもっと仲は進展しているはずだから。
「えっ、あっ……えっと。い、いいんじゃないか?」
「うーんなんかテキトー。じゃあ好きか嫌いかで言ったら?」
なんとか捻りだした肯定の言葉に高梨は簡単にダメ出しをする。それどころか二者択一を迫ってきた。
知らないんだ高梨は。女子は簡単に好きとか言うけれど男がそれをしかも好きな人に対して言う事がどれだけ難しいかを。
「す、好きなほうだけど」
もう消去法だった。嫌いなんて死んでも思わないし言えるわけないからと。
「そ。じゃあコレ買おうかな」
意を決した俺の言葉に反して返答は軽いものだった。でも俺が高梨の服を選んだみたいにも思えて嬉しかった。
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