第18話 8月2日 【2】

「で、どこにデート行くの? 電車分かんないんでしょ? 教えてあげる」


 チグハグな笑顔のままそう続けた高梨にデートである事を否定しつつこの辺りに住んでいる人だったら少し遠出して遊ぶ時は定番である繁華街に行くことを告げると高梨は『そ』と短い返事をした後にいとも簡単に近くの券売機に行き買ってきた切符を俺へ眉間にしわを寄せて五秒間ぐらい見せつけてから藍子に渡した。


「行こ、藍子ちゃん」


 続いて藍子の手を握って俺から引き剝がしながらそう言って足早に改札の方に向かって行くので置いて行かれないように急いで同じ切符を買って後を追った。






「へー黄介が前に住んでたとこの」


 それから無事にたどり着いた繁華街のなかの一つのファミレスで高梨を含めた俺達三人は昼食をとっていてテーブル席の窓際に座った高梨はアゴが隠れるほど大きいパフェと風呂場にあるような桶ぐらい大きな丸皿に山盛りに乗ったフライドポテトを交互に口に運びながらその合間で藍子と会話を行っている。


「そうなの。今夏休みだから遊びに来てるんだー」


 その対面に座る藍子が俺との関係と夏休みの間俺の家に遊びに来ている事を高梨に話し終えたところでちょうど届いたハンバーグに目を輝かせ大口で頬張った。


 その隣に座る俺は藍子が着ているいつもの真っ白いワンピースにうっかりとハンバーグをこぼして汚さないか気を配りつつ昼の時間で忙しいみたいでまだ来ない自分の料理を待ちながらも好きな人と出掛けている状況にも関わらずテンションは低い。


 だって三者面談みたいに自分がなにも喋らなくても親と先生が悪いところを引き出し続けるように高梨に知られたくないことを藍子が勝手にしゃべってしまうから。


 別に悪い事をしてるわけでもないし自意識過剰だとも思うけれどやっぱり好きな人には自分が他の女子と仲良くしてるところは知られたくなかった。ましてや一緒に寝た事など。


「で、黄介の家に泊ってて……一緒に寝たんだ」


 視線だけは汚いものを見るような目で俺を見ながらワントーン低い声で対面の藍子に話していたが藍子は『うん、そうだよ』なんて気が付かないまま幸せそうに二口目を頬張っている。


「……藍子ちゃん大丈夫? コイツに変なことされてない?」

「なっ……」


 続いて高梨は少し腰を浮かせ口元を手で隠しながら対面の藍子に言ったけれどそれは明らかに俺にも聞こえるように言ったのでそんな事はしていないと流石に主張しようとしたが。


「メロンソーダ。少し氷入れて」


 そう言ってストローが刺さった砂利みたいに小さくなった氷だけが入ってるグラスを突き付けてきて有無を言わさぬ鋭い視線を向けるので言い返すことが出来ずグラスを受け取り席を立ちドリンクバーの機械へと向かった。




 『……流石に言い過ぎなんじゃないか』そんな事を考えつつ氷を入れてから緑色の液体を注ぐボタンを押していた指は途中で離れて隣のボタンに動く。あまりの言い草にバレない程度に他の飲み物を混ぜてしまおうかと。


 『……でも嫌いになったりはしないんだよな』


 理由は分かっている。彼女の事が好きだから。初めて見たあの時から綺麗で、可愛くて、でもそれだけじゃなくて。

 確かにからかってきたり言い方がキツかったりするけれど話していておもしろいし気を使ってくれるし連絡先を交換してくれたりなんだかんだ電車も教えてくれたりしてくれて優しいし試合に負けて泣いてしまうぐらい部活に一生懸命なとこも__。


「はぁ……」


 一つの雑音をかき消すためだけにいつの間にか頭のなかにはスピーカーがモニターが大音量で大画面で『高梨のいいところ集』を勝手に再生していることに気が付き呆れてため息で再生を止めた。


 『どうしようもなく好きなんだよな』


 だからなにも出来ないかもしれないけど自分から匙をなげるようなことだけは、頑張るって決めた自分に嘘をつくことだけは__。


 そこで『ピンポーン』と、どこからか鳴った呼び鈴に店員でもないのになぜか急かされて中途半端に注がれたグラスに再度オーダー通りの飲み物を継ぎ足して席に戻り高梨にグラスを渡すと『ありがと』と先ほどの私怨を抜きにした普通の表情で目を合わせて言ってくれる。


 その普通の表情と普通のお礼の言葉だけでも嬉しくなって『ほらな?』と少しでも揺らいだ数分前の自分自身に勝ち誇りつつ届いていた自分が注文した料理に静かに手を合わせて口に運んだ。






 それから花が咲いていた女子トークは俺を含めての学校の話に切り替わり三人で計十二回ぐらいドリンクバーをおかわりしたところで話すネタも付いてきてちょうど最後のフライドポテトの一本に多めにケチャップを付けて口に入れた高梨が口にする。


「そろそろ出よっか」


 それに俺も藍子も反対する事はなかったので透明な筒に刺さってる伝票を抜き取りレジに向かうと高梨は黄色い小さいながらも派手な財布を取りだし千円札を三枚枚差し出してくるので『黄色好きなのかな』と片隅で思いつつ「いや、出すよ」と断ろうとすると高梨は頬を尖らせて言う。


「『奢ってもらおうかなー』とは言ったけどさ、私がホントにそんな事すると思う?」

「思っ……あっいや、思わない……です」


 即座に『思うよ』と言いそうになって慌てて反対の言葉を引きずり出すと今度は顔を背けながら高梨は言う。


「私の分お釣りちょっと出ると思うけどいらないから。それにちょっと言い過ぎたかもだしこれで……ね」


 国語の問題のように濁された言葉の答えは分かる。『おあいこね』。砕けた言い方をするなら『チャラね』だろう。


 そんなことよりも数秒見えたその顔は赤らんでいてキリっとした眉は角度をなくしていて特徴的なツリ目はどこか弱弱しく見えて、とにかく恥ずかしそうにいつものイメージとかけ離れたモジモジとしたそれは今にも口にしそうなほど可愛くて素敵だったから高梨の言葉問題のプリントの裏に一切脈絡がない返事を急いで大きく書いた。『好きだ』と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る