第16話 8月1日 【6】

 心臓をバクバクさせながら帰る自宅までの道のりは車にでも乗ったのかというほど速く感じたが辺りはもう車のライトが眩しく感じるぐらい真っ暗で家に帰るなり玄関で待ち構えていた母さんに当たり前だけど藍子を連れてった事への責任のある俺だけ『遅い』と怒られ次に『ご飯抜き』と宣言されたので一番に風呂に入り空きっ腹のままベットの上に仰向けで横たわっていた。


 ……まぁ仕方ないよな。夕飯作るから藍子を『近くにでも』案内して来いって言ったのに真っ暗になってから帰って来て、それに預かっている他人の家の子供を自分の子供が遅い時間まで連れまわしてたら怒るのも無理ないよな。


 自分がしたことを反省しつつも、もう寝てしまおうと枕元のちょっとした棚にあるはずの照明のリモコンを仰向けのそのままの状態でぐっと挙手するかのようにノールックで右手を伸ばし手に取るとちょうど部屋の扉が勢いよく開いた。


「黄介っ! 一緒に寝よっ!」


 枕を小脇に抱えたパジャマ姿の藍子が部屋に入るなり言う。急いで風呂を済ませたのだろうか長い髪が半渇きでところどころ束になっていてなんだか目のやり場に困りながらも言葉を返す。


「ダメだって昨日も言ったろ。それに母さんが藍子のために奥の部屋空けたはずだろ?」

「うん。でも一緒に寝るぐらいいいじゃん昨日も一緒に寝たんだから」


 そう言うと右から左に聞き流したと言ったそぶりで部屋に完全に足を踏み入れた藍子は後ろ手で扉を閉めた。


「ていうか一緒に寝たって……昨日は隣で寝たんだからな? 一緒の布団で寝たわけじゃないだろ? 俺の部屋にベット一つしかないぞ」


 『俺は寝たフリしてたから知らないていだったし藍子は俺が寝てると思ったから布団に入って来たわけだしアレはノーカウントだよな』なんて昨日の夜の出来事と藍子に言われた言葉を思い出してちょっとドキドキしながらも言い返したのに。


「黄介のベットおっきいから大丈夫じゃない?」


 当の本人は『それって一緒に寝たってことじゃないの? 一緒のベットでいいよ?』とでも言いたげなきょとんとした顔で首をかしげる。


 これは昨日みたいに長くなりそうだ。それに結局藍子側だったけど今日は言い合いを止めてくれるおばさんもいないしどうしようかと考えていると試合開始の笛のように俺の携帯が鳴った。


 その音に俺は反応してしまう。藍子がいる扉の方に向いてしまったことで背中の位置にある携帯に振り返るように。高梨好きな人から連絡が来る可能性があるから反射的に。


「スキありっ!」


 その言葉が聞こえて『しまった』と思いながら扉の方に視線を戻すと既に藍子は宙に浮いていてその着弾予想地点は間違いなくベットの上で止めるすべも回避する時間もなく俺に藍子が被弾した。


 そして廊下で再開した時みたいに俺の顔の横に腕を立てた四つん這いの状態で覆いかぶさった藍子は瞳が見えなくなるぐらい目を細めながらニカッと笑うのでそれを見て俺もまた速く動き出した心臓の鼓動でしかダメだと言い返すことが出来なくなってしまい藍子がするすると布団に入って来るのを許すしかなかった。




 それから部屋の電気を消して藍子を意識しないように背中を向けベットの壁際につめて眠気を待ち続けながらも今日の出来事を反省して藍子に言った。


「藍子、今日はごめんな。無理矢理学校のなかに連れてったりして。怖かったよな」

「……ううん大丈夫。黄介は私のために学校のなかに入ろうって言ってくれたんでしょ? それに楽しかったから」


 そんなはずはない。確かに教室に着いたところまでは良かったと思うけどその後の知らない土地で一回り以上年上の男性に詰め寄られて追いかけられた事に関しては怖かったに決まっている。


 でも藍子は言わないだろう。いい意味でも悪い意味でもそう言う人だから。

 だからそれを知っている俺が悪く働いているところや我慢しているところは補っていこうと何度目かわからないけど強く思って言おうとした。


「そっか、俺も楽しかったよ。でもさ、もっと頼ってもいいんだからな。頼りないかもしれないけど……俺にとって……俺にとって……藍子は___」


 だけど言いかけて背中の呼吸が寝息に変わってることに気が付いた。

 最小限の動きで振り返って藍子を確認すると昨日のぼやけたような笑顔も今日の物悲しそうな表情も履歴に残っていないような好きな人の隣の席になれたようなまたあの表情で俺の背中のシャツを小さくつまみながら寝ている。


 『__大切だから』時間をかけて紡ごうとした決意表明は届くことはなかった。


 ……疲れたよな。思い返せば今日一日暑いなか朝から外に出てて車のなかでも喋りっぱなしで学校に行ってからも大変だったもんな。


 一日を振り返ると俺にもどっと眠気がやってきた。


 でもいい。言葉に出来なくても伝えられなくてもこの気持ちは変わることはないと思うから。


「おやすみ」


 そう言って今度はちゃんと藍子が寝ている事を確認出来たことにどこか満たされてるような気分を感じながら俺も瞳を閉じた。

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