第12話 8月1日 【2】

 その後あいこはそのまま部屋で俺は洗面所に行って各々ジャージと制服に着替えて玄関に集合することになり特にトラブルもなく着替え終わった俺は洗面所を出て直線で玄関に繋がっている廊下に出ると既に玄関の段差を利用して腰を下ろしているジャージ姿のあいこの背中が見える。


「黄介の学校楽しみだなー」


 十メートルぐらい離れた位置からでも聞こえるぐらいのまあまあな声量で独り言を口にしていたあいこに近づくと、後ろから近づいて来た俺の気配に気が付いたのか一度大きく足を振り上げるとシーソーみたいに反動を利用して立ち上がり振り返った。


「黄介早く行こ……ってそう言えば私、黄介が制服着たとこ初めて見た……なんか黄介じゃないみたい」


 そして上から下まで俺を見たあいこは驚いたような顔の次に『へー』と、いつかテレビで見た骨董品を調べる鑑定士のような顔で言う。それは褒められているのだろうかそれとも似合ってないとでも思われたのだろうか、わからなかったがただ俺も向かい合ったあいこの服装を見て声は出さなかったが同じような反応をしてしまった。真っ白いワンピースの上から緑色のジャージを着ているその姿に。


 確かに渡したのはハンガーにかかっていたジャージの上だけだったけどそれをそのまま着るとは思っていなかった。どうりで男の俺より女子の方が着替えるのが大変なのに玄関にいるのが早いわけだ。渡したジャージを上から着ただけなんだから。


 ……でもダサいはずのジャージをワンピースの上から着ている見たことのない言ってしまえばチグハグな格好もあいこによればそういうファッションだと不思議と捉えてしまう。だから驚いたのはそれらを着こなしていたからでもあった。


「うん? なに黄介?」

「……いやなんでもない。じゃあ行くか学校」


 あいこを見つめながらしばらく黙っていただろう俺に不思議そうにあいこがたずねるが損するワケでもないから言えばいいのに似合ってると素直に言うことが出来ずに恥ずかしくなって体温が上がってくのを感じ、多分赤くなっていただろう顔を指摘される前にごまかしてあいこを抜かし玄関を出た。


 こう言う時に素直に言えれば高梨との距離を縮められるんだろうなと思いながら。


「あつ……」


 そして玄関を出ると思わず声が出てしまう。さっき家を出る前に見た玄関のデジタル時計は『18:07』。帰宅してから十五分以上経ったが日はまだ健在で殴りつけるように照り付けてくる。


 しかし嘆いていても仕方がないので部活の練習メニューだと自分に言い聞かせて学校へと歩き始め『学校までの距離は自転車で五、六分だから徒歩にしたら十五分ぐらいだろうか』……なんて考えていると横に並んで歩道側を歩いていたあいこは俺の右手をを左手で握った。


「……あいこそのさ、手なんだけど」


 あっちの町では度々あいこと手を繋いでいたけれどもこっちの街では色々と問題が生じる。女子と歩いているだけならまだしても手を繋いでいるところなんて知り合いにでも見られでもしたら。


 それはきっと普通のことで別におかしくないことで大人は普通に手を繋いでるし多分高校生ぐらいになったらみんななにも言わなくなるんだろう。でも俺にとっては俺の周りにとっては多分中学生にとってはそうもいかない。誰が告白されたとか誰が手を繋いでいたとかそういうことが一々気になってしまうのだ。それに多分俺も仲のいい友達が女子と手を繋いでるところを見たら後で色々聞いてしまうだろう。からかったりはしないと思うけれど。


 そして俺には好きな人がいる。幼馴染で近所に住んでいてクラスメイトで隣の席に座る高梨瑠璃を。多分俺のことを好きでもない高梨に手を繋いでいるところを隠す意味なんてないし自意識過剰だとはわかっているけれどあるかもしれない可能性にすがっている自分がやっぱりどこか心のなかにいてあいこにそう言ったのだった。……と言うのが半分でもう半分は高梨が普段から俺をよくからかってくるからだった。



 高梨は人前でチャック空いてるとか平気で言ってきたりなにか話をしている時に俺が噛んだら絶対に指摘してきたり宿題見せてもらったり忘れた教科書見せてもらったり俺が高梨に少しでも借りを作ったら一発ギャグやれとか所属してるわけでもない委員会の仕事や部活の雑用を手伝えとか理不尽なことを言ってくる。


 それに誰々が俺のこと気になってるとか嘘か本当かわからないようなこと言って反応を楽しんできたりそれに二人乗りして帰った時もなんか俺が抱いている好意を見透かしたような表情だった気がするし……挙げたらキリがなかった。


 そして極めつけは俺が放課後女子に呼び出されて告白されるんじゃないかともちろん誰に言うでもなかったけど一人舞い上がってたが結局それは俺が特に親しくしてるサッカー部の三年の連絡先聞いてほしいだった事件。


 それはテニス部の後輩の子で高梨の引き金で俺経由なら連絡先を簡単に聞けると言われたらしく俺を呼び出したみたいでその一部始終をいや、一から十までをどこかで見ていたらしい高梨に一ヵ月ぐらいは事あるごとに掘り返された。初めて女子に呼び出されて舞い上がったっていただろうその姿を。



 だからもう半分は付き合ってるわけじゃないけれど手を繋いでるところを高梨に見られたらまた死ぬほどからかわれるんだろうなとぞっとしたからでもあった。


「お母さんがね、迷子になると危ないから外に出掛ける時は手を繋ぎなさいって」


 今時中学三年にもなって自分の娘に迷子になったら危ないからと手を繋げなんて言うだろうか。思春期真っ只中の俺とあいこを一緒の部屋でしかも並べた布団で寝かすような人なのであいこと俺の仲を近づけるための口実なのではと余計なことを勘ぐってしまう。優しくて料理が上手で綺麗で……いい人なんだけれども。


「そ、そっか……。ま、あいこがいいならそのままでいいから」


 でもその気があるのかわからないが純粋そうな顔でおばさんの言いつけを守るあいこに悪いと思い手をほどくことは止めた。それに考えたら今は夏休みで特に親しいサッカー部の三年も引退して出ていないし仮に誰かに見られたとしても翌日学校で会うこともなくせっかく買った携帯には両親意外に一つしか連絡先ないから言われることはないな、と。


 皮肉なことにその一つが高梨の連絡先なのだけれど。






 それから部活帰りの生徒と何人かすれ違ったが幸い知り合いも偶然休みだったのかテニス部もその部長である高梨本人にも会うことなく人気がなくなってきた通学路を順調に歩を進めていると学校の周りを覆う野球部の玉やらサッカー部のボールやらが敷地外に飛んでいかないように設置されている巨大なネットが視界の上のほうに見え隠れし始めた。


 ……あれからまだ二日しか経ってないのか。


 それはちょうど二日前、高梨と帰る途中で自転車に乗った場所であった。


 たった二日前の出来事のはずなのにあいこと一緒にいると一日の内容が濃くとても昔のことに思え懐かしむように隣を見るとあいこが暑さを感じさせないような笑顔でいつもより足を高く振って歩いている。

 

 太陽の視線をひとりじめできそうなほどの真っ黒な髪、棘のかけらもなさそうで優しそうな少し垂れた目、混じりけのない原色のような笑顔。似ているところなんて全然ないのにあいこの横顔に高梨の姿が重なって見えた気がした。


「あっ! 学校見えた!」



 でも気のせいだよな。だって。



 あいこは空いた方の左手で見えた学校を指差してそう叫ぶと一直線に走り出す。それはまるで散歩中に突然走り出した犬みたいに見えて思わず笑いながら引きずられないように後を付いていった。



 だってこんなにも高梨と性格いろが違うんだから。

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