8月1日
第11話 8月1日 【1】
「黄介見て見て! 東京タワーだよっ!」
もう何本目の東京タワーだろうか。あいこの家から俺の家へと向かう高速道路、その車内の後部座席で右隣に座るあいこは紅白の送電塔見る度に指を差しながらそう叫ぶ。
「だから違うって、アレは電線のやつだから」
窓ガラスに額をつけかじりつくように外を眺めるあいこにこれもまた何度目かわからなくなってしまったが訂正を試みた。
「黄介? なにか言った?」
しかしまた危なくないぐらいに開けられた窓から吹き込む都会の生ぬるい風に遮られてしまい結局伝わらないまま車はどんどんと景色を塗り替えていった。まあ多分俺も引っ越してきた時はそんなものだったと思うが。
__あの後、あいこに思いを伝えた後、二人であいこの家まで帰り俺はおばさんと母さんに残りの夏休みの間あいこを家に連れて行きたいとお願いをした。……その願いは驚くほどすんなりと了承されたのだが、しかし俺は母さんに『これから帰るのに?』とあいこはおばさんに『これからお邪魔するのに?』と全身濡れていることをきっかけに日頃の生活や勉強の事、進路の事などをお互いに小一時間怒られてしまって今に至る。
……あいこと一緒にいられるためと考えれば安いものではあったが。
「黄介の家二階建てなんだ! おっきいね!」
それから車に揺られること六時間弱、ようやく車は我が家に到着し家の敷地内の駐車場に止まるやいなや一目散に車を降りて二階建てのウチを見上げながらあいこが言った。
ウチの家はそれほど大きくはない。その辺にある一般的な家と変わらない大きさだ。家の面積で言えば平屋ではあるがあいこの家の方が二倍、三倍以上広い。ここであいこが言った大きいはきっと縦に大きいと言うことだろう。
そんなあいこに特別な反応をするこはせずうんうんと首を縦に振って返事をし俺は足早に自宅へと上がりリビングへ向かった。今日、八月一日現在の時刻は通り過ぎた玄関の壁に取り付けられたデジタル時計によると『17:50』。日中のピークは過ぎたがそれでもまだ暑い。
俺は一番にリビングに入ると最低限の動きで扉の開閉に邪魔にならないような位置に肩にかけていた横掛けのエナメルバッグを下ろし、続いて扉近くの壁に取り付けられたポケットからエアコンのリモコンを引き抜いた。
そしてリビングに置かれた三人掛けのソファーへと飛び込みながら空中でリモコンを起動させる。するとボフンと音を立てたソファーと同時にエアコンが起動した。
「あー疲れた」
ため息とともに俺を受け止めてくれたソファーはゆっくりと体の形に沈んでいく。そして寝坊した朝のように急いで稼働するエアコンに段々と意識が遠のきこのまま寝てしまおうと目を閉じた。
だって体力はもうゼロに近かった。朝あいこに思いを伝えたことに加えてその後母さんに怒られた時点ですでに体力は半分以下になってしまっていたから帰りの車内で寝て回復しようと思っていたのにおそらく初めて都会に来たあいこは修学旅行中みたいにテンションが上がってしまい『アレなに』『コレなに』と俺に質問攻めをしてくるから休む暇は少しもなかったのだ。
……それに応えるのは誘った俺の義務なんだけれどとりあえずまだ夏は始まったばかりだから。
と、目を閉じたところまではいいものの数秒後にバチンという音とともに後頭部に衝撃が走った。
「なに帰って来てそうそうだらしない。今からご飯作るけど時間掛かっちゃうからアンタはあいこちゃんに近くでも案内してあげなさいよ」
うつ伏せだった顔を最低限浮かして見上げるといつの間にか外着から部屋着に着替えている母さんが目の前に仁王立ちしており思わず身がすくんだ。
でも、その圧に負けまいと甲羅のなかに引っ込む亀を頭のなかにイメージしながら体をより一層固め抵抗する意思を見せた。
「ほんとにっ!? 黄介早く行こっ!」
だがその抵抗も虚しく俺の代わりに勝手に可決した返事がしたと思ったらその声の主はソファーに寝そべる俺の腕を掴みいとも簡単に引っ張り起こす。
「わ、わかったよ行くよ行くから」
引っ張り起こしてからも俺の腕を大縄跳びの回し役みたいにグルグルと回し続けるあいこに観念して行くこと告げるとようやく腕を離した。
「あ、そうだ。あとで二階の奥の部屋開けとくからとりあえず黄介の部屋にあいこちゃんの荷物置いてあげて」
嫌ではなかったが母さんのその追加注文にせめてもの抵抗と、はいはいと背中で返事をし二階にある自室に向かった。
「わぁベットある! なんか黄介の部屋おしゃれだね!」
そして俺の部屋に入るとあいこは特に変哲もないベットと勉強机と本棚にタンスと学校の制服などが掛かってるハンガーラックぐらいしかない部屋にもテンションが上がった。
もうなにを見ても、きっと名前の先に『都会の』って付いていたら消しゴム一つ見てもテンションが上がるんじゃないかと思いながらも特に返答する場面でもなかったのでベットのふちに腰を下ろしあいこに行く先をたずねる。
「で、どこ行く?」
あいことは昨日も遊んだし昔から遊んでいるのでこれと言って遊ぶ目的もないのにとりあえず友達と集まったみたいな感じがしてしまい言ったものの初めて来るあいこに聞いてもしょうがないと気が付いて適当に近くの運動公園でいいかと考えていたところ。
「じゃあ黄介の学校見たい」
いつの間にか部屋の角、ベットの対面あたりに設置された勉強机の椅子に反対向きに座ったあいこは初めから決めていたかのようにするりと答えた。
「別にいいけど俺の学校なんて特に変わったとこないし別におもしろくないぞ」
……いいとは言ったものの、普段自転車通学だから歩いて行ったことなかったし考えたら学校ってちょっと遠かったかもしれない。それに女子と二人で歩いてるところなんて知り合いに見られたらからかわれるだろうしちょっとめんどくさいかも。なんて。
「いいのっ! じゃあ決まりね!」
あれこれ考えているうちにまた話が可決してしまいあいこに一度決めたことを撤回する体力もなく腹をくくりベットから重たい腰を上げ、早速部屋を出ようと扉の前まで歩き右手でレバータイプのドアノブを下に倒して開こうとしたが『ねぇ』と後ろから小さく呼び止められて動きを止めた。
「ねぇ黄介。これって学校の服?」
振り返るとあいこはハンガーラックから、なかでも一際目を引いたであろうたぶん十人中九人ぐらいはセンス悪いと答える学校指定の緑色のジャージを試着するように体に重ねていたのでそうだよと肯定の返事をすると。
「着てってもいい?」
一瞬考えた。熱くないかとか改めて見てもダサいデザインだとか。でも本人が着たいと言ってるしそれに学校のジャージに着替えた方がお気に入りなのか昨日から今日も、そして昔の記憶からもよく着ている印象の真っ白いワンピースよりは自然なのかなと思って了承すると、次にあいこは。
「じゃあ黄介はこっちね」
ジャージの隣にかけられていた中学校の制服である学ランを手に取りこれを着てと差し出す。まるで服でも買いに来たみたいだなと思いながら俺も私服で学校に行くよりは自然かなと思い三度目の承諾をした。流石に学ランだと暑いので上は半袖のワイシャツと言う条件付きで。
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