絶対的普遍性
岸辺から続く、月白の色をした橋を渡り始めて一時間は経っただろうか……。
もう、辺りには一面に広がる海水しか見えない。
──いや、海水以外に見える─っというより私達が目指す、あまりにも目立つものがある。
──見えてきた…月白の色で慣れた目には少し疲れる白─純白の色をした巨大な塔の全てが。
──聖地『レロサリムの塔』だ。
* * *
「ようこそいらっしゃいました。私は『人類等級管理統一機構』、通称『r.m.』の自動案内システム『オディゴス000000』です。ご要件は何でしょうか?」
塔の中へと入って受付へと行けば、システムが持つアバターが語りかけてくる。
思わずそれを見て「お、当たりだ」なんて呟いてしまった。
「『アタリ』ッテナンデ?」
レイが私のつぶやきに疑問を浮かべる。
「あ〜…まず、この案内システムには、色んな種類があって、その中のうちの一つを、ランダムで、割り当てられて…そんなたくさんのシステムの中でも、このシステムは、接しやすい方だから、『当たり』って言ったの」
なんでそんな機能を実装したのかは分からないが、rmを作った人の遊び心ってことにとりあえずはしといている。
だからって小声すぎる音声とか、ちっさすぎるアバターとか、威圧感ある雰囲気とかっていうシステムたちは本当に勘弁してほしいのだが……。
それはさておき、今日の本題に入っていこう。
「今日はこの子のrmを登録しに来た」
「了解しました。rm登録には管理者を経由して登録する『仮登録』型と、直接登録する『正規登録』型の2つがありますが、どちらをご所望でしょうか?」
「『正規登録』でお願い」
「かしこまりました。それでは登録者本人は専用の部屋へと案内しますので、こちらに来てください」
そう言ってアバターが先行する形で、レイは部屋へと案内される。
それを見送り、私達3人は一階の広場の適当なところでくつろぐことにする。
「──久しぶりだね〜この塔に来るの。でもなんでわざわざこっちに来たの?登録だけだったら地方支部でもできるのに」
ノムが不満げな声で私に尋ねる。
「レイは記憶喪失でしょ?rmのことなんて一切知らない様子だったし、ちゃんと色々知ってもらうためにもここが一番いいかなって思ったから」
──レイを私達のチームに迎えた後、レイの情報についてrmを再確認したり、本人に再度聞いてみたりしたものの、結局情報らしい情報は無かった。
しかし、まだ疑いのレベルだったレイの記憶喪失─それも身体的な記憶から頭脳的な記憶までが喪失していることと、rmが未登録であったことはわかった。
そういうわけで、rm登録をしていないと色々不便な世の中なのでこの際、登録ついでに色々な社会の常識だとかなんだとかを教えてしまおうというわけでここにきた。
教えるだけなら家でもできることだが、理解してもらうには体感させるのが一番いい。
「……私、ここあんま好きじゃないのよね…居心地悪いから」
「な〜にいってんの。無料で飲み物も食べ物ももらえて、なんなら売店もあって、こんだけ広い広場の中でソファに腰掛けてくつろげて、中々に充実した設備でしょ」
「…っとか言ってあんたも居心地悪いんでしょ?いい皮肉だよ全く」
否定をしないどころか満更な様子でいるノムに嫌気が差すクノ。
──私達はこの場所が正直あまり好きじゃない。
「だってここ、現実空間と仮想空間が混じりすぎなんだもん。僕の頭、こんがらかるせるつもりか〜ってぐらいに」
さっきのアバターはもちろん、今腰掛けているこのソファや手に持ってる水も仮想空間なのだ。
それでいてこの塔の外壁や、売店の商品は現実空間なのだ。
仮想と現実では色々と勝手が違う。脳で身体を動かす感じの仮想の中にいると思ったら、体で身体を動かす感じの現実に切り替わり、またその逆もあり、すごく疲れる。
まあ、これは正直大した理由でもないけど…
「あ、あれ……」「七光りの人たちだよね……」「七光りの恩恵を受けられなかった奴らだよ」「チーム名なんだっけ?」「……確か、まだチームとして認められてなかったんじゃないの?」
あいも変わらずの私達の評判だ。これが本当にうるさい。
不快なことを忘れるようにソファに深く腰掛け、仰ぐ。
仮想空間が溢れているというのに、3階分の開放感ある現実空間の天井は、純白の色で塗られている。
しばらく見て、飽きてきては視線を天井からあたりを適当にあっちこっちに移す。
どこかハイテクな雰囲気を醸し出す通路は、どこも変わらない景色を見せている。そんな景色で迷ってしまうそうだ。
ここから見える2,3階の廊下にいる人たちの視線は、嫌悪や侮蔑で溢れている。
「──やっぱりここは、嫌いだなぁ……」
そんな呟きは、騒音の中へと消えていった。
──私達、仮チーム『ノバイスゼロ』の変えようのない普遍とはそんなものだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「この階段を降りていきます。登録時には大量の機材が必要になりますので、一階分まるまるを登録専用スペースとしております」
「
「──簡単に言いますと、全世界にいる人類をランク分けして管理するシステムです」
「
「9年ほど前、世界を巻き込む戦争を終結に導いた革命がありました。その革命の名称が『リマ革命』と呼ばれ、そこから由来されています」
「こちらが地下一階、『rm第一管理階』でございます」
──
──
「……
* * *
「──それでは、こちらの部屋の中へと入っていただきます。…が、その前に、魔素や科素が反応するような所持品は一度こちらに預けてください」
『マソ』?『カソ』?
「……
「……失礼、少し反応を見させていただきます」
「そちらの光っているところから魔素と科素の反応が見られます。正確な測定ができなくなるので、装備品は取り外してください」
「装備品はこの装置の中に入れてください」
「入れましたらこちらのパネルに手をかざしてください」
「装備品や所持品といった登録者の貴重な物は、登録中に盗まれたり見られたりしないよう、こちらの保管装置を使って厳重に管理しております」
「……
「はい、もちろんです。仮想空間にある情報のrmと違って、現実空間の情報ですので、秘密保持の観点から配慮しております」
『カソウクウカン』?『ゲンジツクウカン』?
「そういうわけで、今預けてもらった装備品はこの部屋から出るとき、もう一度あなたがパネルに手を合わせるまで開かない仕組みとなっておりますので、ご安心ください」
「準備ができましたので、そのまま部屋の中へ入ってください」
「それでは、このパネルに乗ってください。また、完全に乗ったと同時にシステムが起動しますので、驚いてパネルから落ちないようにしてください」
「改めましてようこそ。こちらはrm管理システムを擬似的な仮想空間で再現された世界、通称『r.m.W.』です。ちなみに『W』は、古代英語で『世界』という意味を持つ『world』という単語の頭文字からきています。案内役は引き続き『オディゴス000000』が引き受けさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」
「それでは登録する前に、前知識として必要なrmに関連する話をさせていただきます。よく聞いてくださいね」
「まず『r.m.』、正式名称『人類等級管理統一機構』とはその名の通り、全世界に住む登録者を等級区分制で管理するシステムです。等級区分は『その登録者の価値』という観点を絶対的な指標をもとに、上から『S』『A』『B』『C』『D』『E』『F』という記号を用いて表されます。先程も言いましたが、要は人類を強さでランク分けして管理することです」
「また、rmはこのような仮想空間で管理しており、その情報は無制限に開示されております。もちろんその際、不正に情報が使わないよう、rmが厳重に管理します」
「
「はい、その通りです。登録されたrmの情報は全rm登録者に共有されており、その人のランクはもちろん、使用可能な『魔素』や『科素』の量、種類などや、思考力、直感力といった数値をが知られることになります」
「そんなrmですが、実はただの管理システムとしてだけでなく、実生活にも溶け込んでいます。例えば、買い物をする際にはrm端末を用いた情報の交換の元、売買が成立することがあります」
「っとまあこんな感じでrmの大まかな説明は以上です。細かい説明や質問などは登録する際、随時に答えていきます」
「それではこれからrm正規登録を行います。準備はよろしいですか?」
「……
──
「あなたの名前は?」
「レイ……」
「かしこまりました、生年月日は?」
「……
「かしこまりました、それでは今から能力測定を行います。終わるまで、そのまま動かないでください」
「!…
「測定中です、しばらくお待ち下さい……測定中です、しばらくお待ち下さい──」
「──測定完了」
「次に登録作業に入ります。──正規登録完了です。お疲れ様でした、楽にして大丈夫です」
「……もしや、仮想空間の中は初めてですか?」
「……
「なるほど……魔素や科素を扱ったことはありますか?」
「……
「そうですか…魔素や科素の扱い方と仮想空間での体の動かし方は似ているのですが……。とりあえず、想像で身体を動かしてみてください」
「!…
「その調子です。自分で言うのもなんですが、よくあの説明で身体を動かせましたね。普通はもう少し簡単な動作から、それもちょっと指を動かす程度からできるようになってくるものなのですが…飲み込みが早いみたいですね」
「今度は身体を動かすんじゃなくて、自然に任せる感じにしてみてください」
「!!…
「よくできました。その状態が仮想空間での行動をする上での一番重要な基本状態です」
「……感動しているとこ悪いのですが話をすすめてもよろしいでしょうか?」
「そちらがrmに登録されたあなたの情報です。なにか質問などがありましたら受け付けます」
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃ ┃
┃ r.m.登録番号 0913910490 ┃
┃ ┃
┃ 名前 レイ ┃
┃ 生年月日 不明 ┃
┃ ┃
┣ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー┫
┃ ┃
┃ 総合 ┃
┃ 現在 F(289) / 到達可能 E(5309) ┃
┃ ┃
┃ 操作容量【魔素】 ┃
┃ 現在 F(3) / 到達可能 F(176) ┃
┃ ┃
┃ 操作容量【科素】 ┃
┃ 現在 F(18) / 到達可能 E(253) ┃
┃ ┃
┃ 論理的思考力 ┃
┃ 現在 F(7) / 到達可能 F(169) ┃
┃ ┃
┃ 直感的発揮力 ┃
┃ 現在 F(53) / 到達可能 E(1205) ┃
┃ ┃
┃ 潜在的能力 ┃
┃ 現在 E(208) / 到達可能 E(3506) ┃
┃ ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
「……
「なるほど…そこから知らないのですね……。失礼を承知で聞きますが、学校に通ってはいましたか?」
「『ガッコウ』?
「わかりました。そうしますと先程までの私の発言は少しあなたにとって不適切な表現が多かったと思われます。考えが足らず申し訳ありませんでした」
「
「……不快に思われたのであれば、私に非があります。同時に、それを償う責任が生まれます」
「
「……わかりました、それでは話を戻しまして、魔素と科素についての説明をします。まず大前提としてこの世界は『魔法』と『科学』という現象によってあらゆる物事が成り立っています。そして、それらを引き起こす力の源がそれぞれ『
「……
「ほとんどはそうです。ですが人間には、魔素や科素では説明つかないことが起こっていると言われています。その一例が魔法と科学の行使です」
「……
「魔素や科素というのは受け身的な反応しか起こさないという性質を大前提に持っています。しかし、人間が行使する魔法や科学は、魔素や科素が自発的な反応をした結果であり、今の説明の性質に反しているからなのです」
「……
「……本来であれば実演などをして理解してもらうのが適切なのですが、私はあくまで『案内役』であり、その役割以上のことはできません。ご了承ください」
「
「そのままの意味です。あなたが将来的に届く限界値がそこに記されてます」
「……
「rmが世界中で使われている理由はそこにあります。正確な演算を可能にするシステムの性能の高さは唯一無二です」
「
「あの…もしやここにあるrmの項目について全て説明したほうがよろしいでしょうか?」
「……
「かしこまりました。それでは上から順にざっと説明していきますね」
・
・
・
・
…
「……
「総合だけで見ますと、現在値としても、到達可能値としても他のrm登録者より相対的にかなり低いです。推定年齢から、同年代との平均でも現在値はD、到達可能値はCであるので、それと比べても低い数値だと言えます」
「……
「わかりました、それでは仮想空間を戻します」
「今の通り、あなたは現時点をもってrmというシステムの一部となりました。rmはあなたのことを歓迎します」
* * *
「──以上で正規登録手続きを完了とします。お疲れ様でした」
「
「おかえりなさい」
「おかえり〜」
「おかえり、お疲れ様」
「登録どうだった?」
「……
「そっか、仮想空間初めてだもんね。最初は結構慣れないと思うけど面白いよね、あの感じ」
「
「それでそれで、デバイスはどうしたの?外付け?内蔵?」
「……
「……へぇ…ブレスレットかぁ……。僕達とおそろいじゃん!」
「!……
「そうよ、私もブレスレット。内蔵は少し抵抗があったから外付けにしようとして、それで他のやつと比べてなんとなくこれが私には合っているって感じたから」
「私もだよ。リングは無くしたら面倒くさそうだし、ネックレスは私一つつけてるし、チョーカーは首が閉められている感じが嫌だから消去法でブレスレットにしてるよ」
「ちなみに、レイはなんでブレスレットにしたの?」
「……
「あんなに種類あったら適当にもなるよね〜……」
……
「──よし、登録は終わったわけだし、あとは適当に散策して帰ろうか─」
「おやおや〜!わざわざ遠いところから聖地にのこのこやって来て何用でしょうかね?【
◇ ◇ ◇ ◇
「そっちこそ、わざわざ古臭くて長ったらしい呼び名でのこのこ声をかけに来て何の用?」
不快感を隠す気もない声を相手にぶつける。
記憶にもない人間が唐突に、嫌いな呼び名で私を呼んできたら抵抗したくもなる。
「いえいえ、別に何かあなたに用があるわけでもありませんよ。しいていうなら、巷でよく噂されてる人達のご機嫌を聞いてみたかったってところでしょうかね?」
たったそれだけの動機の行動に私はこうもイライラさせられている。そんな現状に、無性に腹が立ってきた。
とにかく、話を合わせる必要はない。
相手のペースにもってかれないよう気をつけてどっかいこう。
「すこぶる不満だよ、おかげさまでね」
「それはよかったです。ところで、そちらの方は私も知らない人ですね。どういった方なのでしょうか?」
こいつ…用はないって言ってたけど、そんなことなかった……。
段々と人だかりが私達の周りに集まる。
それも、私達が完全なアウェー状態だ。
「私も知らないけどね、あなた達の名前」
「おっと、これは失敬。自己紹介がまだでしたね、ストルズ・ケニヒと言います」
そう言って、rmに登録された情報を私に見せつけるようにデバイスを起動した『誰かさん』。
私の皮肉に応えるような笑顔で、記憶する気も生まれない名前を聞かせて一体何なのか。
無視して塔を散策しに行こうにも、周りの人だかりがそれを許さないと言わんばかりに私達を囲い始める。
そんな野次馬たちは「ケニヒ家の人か、最近調子いい」とか「喧嘩売りにいったな、面白い」とか「ちょっとあの子初めてみたけど誰?」とかってのんきに雑談するかのような調子で面白がっている。
「別に用があるわけでもないんでしょ?なら自己紹介もいらない、話すこともない」
クノとノムに目配せをする。
二人もうんざりしているような雰囲気だ。
ここから逃げ出すためレイの手を右手で掴んで、野次馬の囲いが薄いところの方へ歩みをすすめる。
「──ねぇねぇ、あの子のrmこれかな?」「うん、そうみたいだね。名前は…レイ?家名ないんだ、ちょっと以外」「──ちょっとこれ見て、あの子Fランクじゃない!」
歩きながらに聞こえた野次馬たちの声。
ざわざわしていたこの場に妙に響いた『Fランク』という単語。
一瞬の静けさも、またすぐに戻る。
軽蔑、嫌悪の視線が今度はレイにも向いて……。
「なるほどねぇ……。つまりは同じFランクだった者として同情心を煽って、5人目が不在の自分のチームに加えようとしているってところでしょうか?」
私に向けられた未だ崩されてない笑顔に、嫌悪感という私の思いが募っていく。
耐えられない。面倒くさい。これだから『あの街』の奴らは、『rm』は嫌いなんだ……。
これ以上は付き合ってられない。
本当はもう少し、レイに見せておきたいところがあったけど、それどころじゃない状況になってきた。
──ここから出よう。
そう思って体を180度回転させ、塔の出口へ足を向ける。
同時に二人にも目配せをして、無言ながらにも帰る旨を伝える。
了解と言わんばかりにうなずくクノ。
なぜかニヤニヤしているノム。
二人の様子を横目にレイを引く手に力を込めて、歩く足の速度を速める。
「全く、落ちこぼれてしまった人というものは本当に図々しいものですね!力の強いものに寄生することでしか生きていけないのですから!」
その言葉が誰を指しているのか、確認するために一瞬振り向いてしまった。
ほぼ反射的に起こしてしまった行動。
なぜこんなにも確認せずにはいられなかったのかもわからない。
──そいつの目線は私の横─レイへと向けられているのがわかった。
「こいつ──」
これまたほぼ反射的に出してしまった声。
なぜこんなにも怒っているのか、その理由は今、このときはわからない。
それを考えられるほど冷静ではなかったから。
右手の力を緩める。
レイの手と私の手が離れる。
すぐさま指に力を加えて人を殴る手を作る。
『敵』から視線を外さない。
身体の勢いを右手に乗っけて──
「イイヨ、マヨリ」
優しい声が私の頭の中で反響した。
──私の脳が再起動した。
身体の勢いは殺されている。
右手には包み込まれたような感触。
振り返ってみれば、レイが私の手を掴んでいるのがわかった。
「……カエロウ」
バカにされているのがわかっていないわけでもない。
それなのに、我慢も恐怖もしないで、ただ淡々と事実を受け入れているかのような…なんだこのレイの雰囲気は……。
深く紅い闇を宿した瞳に吸い込まれるかのような錯覚を覚える。
そんな闇に溺れるうちに、私の心は
「マリ、落ち着きなさい。怒りの情念で起こした結果は、誰かの破滅だって相場で決まっているわ」
クノの言葉が私の心によく刺さる。
一瞬、ばつが悪くてうつむいてしまいそうになる。
…が、弱々しい姿を見せるわけにもいかないので、クノへと向けた視線を動かさず、顔も少し上げたままにした。
次第に、まだまだ自分は未熟な人間だと理解するとともに、冷静な心が完全に取り戻されていく。
右手からレイの手の感触が離れていく。
私の右手も力が緩められていく。
さっきまで、焦りを感じていたという事実を今更ながらに感じ取りながら、もう一度レイの手を、今度は優しく掴む。
挑発するかの相手の顔も、呆気にとられた野次馬の顔も、一切見ない。
ただこの場から去ることだけを考える。焦る必要なんて一切ない。
落ち着いて、出口の前まで身体を運んだ。
──あとはこの塔から出るだけ。そこまで来たときに不意にあることに気づいた。
ーあれ?ノムは?ー
「──ドン!!」
後ろで鈍い音が鳴り響いた。
さっきの反省を活かして、安易に振り返ることはしないのだが、後ろから聞こえるざわざわした様子と、隣にいるクノの呆れている様子を感じ取ってしまったので、確認せずにはいられなかった。
ゆっくり振り返ってみれば、そこには倒れている『誰かさん』とその『誰かさん』が元々いた場所にニヤニヤしながら立っているノムという構図が出来上がっていた。
え?何してんの?
「あんた!さっきの私の話聞いてた!?」
「うん、聞いてた聞いてた〜!だからちゃんと理性に則って蹴り飛ばしただけだよ!大丈夫大丈夫!」
クノの怒鳴り声に屈託のない笑顔でそう返したノム。
『誰かさん』は静かに立ち上がり、身体をノムの方へ向ける。
その時の顔は、少しニヤついているようにも見えた。
「──これは、宣戦布告と受け取ってもよろしいでしょうかね?」
「先に喧嘩売ってきたのはそっちでしょ?自分のチームの新入りを初対面でバカにされちゃあ誰だって怒りたくなるよ」
二人の雰囲気に、一切怒りの様子はない。私はそう感じた。
『誰かさん』は未だに笑顔を絶やすことなくノムを見ているが、ノムは笑顔というわけではなくなっている。
傍からその顔を見れば、『ノムは怒っている』と思う人もいるかもしれないが、普段から一緒にいる私の目はごまかせない。
──あれは、何か企んでいるときの顔だ。
「そんなに僕達に文句あるんだったらさぁ……。チーム戦して決着つけようよ」
そんなノムの提案に『誰かさん』は上品さで取り繕っていた笑顔を下衆めいた笑顔へ変えた。
「えぇ、いいでしょう。ルールはどのようにいたしましょうか?」
「なんでもいいよ、そっちで今決めて」
野次馬たちがまたざわつき始めた。
そのざわつきの声の内容はだいたい想像つくので聞こうとも思わなかった。
『誰かさん』の笑顔が一瞬曇ったかのようにも思えたが、すぐにまた下手な人畜無害そうな笑顔に戻っていた。
そして『誰かさん』はデバイスを起動しては操作をしてなにかを確認しだした。
「わかりました。それでは一週間後の今日の午後2時、チーム戦1番ルームでやりましょう。参加人数は1チーム5人まで、詳細ルールは全てランダムにします。それでいいですかね?」
ノムの舐めた様子に応えるように『誰かさん』もせっかくのルール選択権でわざわざ詳細ルールを『ランダム』に選択している。
「うん、それでいいよ。……あ!あともう一つ、ルールってわけでもないけどちょっとした提案ね」
「おや?なにか不都合でもありましたか?ちゃんと私達はあなた達に合わせてあげますよ」
するとノムはあたりを見渡しながら口を開く。
「ここにいる人たちで僕たちに不満がある人。この際だから全員かかってきてもいいよ」
遂に野次馬にも喧嘩を売り出したノム。
そんなノムに呆れ果てるクノ。
プライドを傷つけられた野次馬たち。
ここまで来ると清々しいのだが、さすがに私も唐突な展開すぎて心がついていけておらず、ノムの提案に若干抵抗がある。
「……その提案は私への宣戦布告とはまた別の話としてください。あくまで私達とあなた達の一対一で戦いたいと思っています」
「なるほどねぇ〜、わかった。それじゃああんたたちとの戦いのあとに自由に戦わせてもらうよ」
「それでお願いします。それでは楽しみにしてますね、かの有名な方達のご健闘を」
「僕も楽しみにしているよ。うちのリーダーと新人にちょっかいかけてきたやつのチームの戦い方ってやつを」
そんな皮肉の言い合いで締めくくられた突然の展開。
とりあえず、理性を保てないで怒りに任せていた私が言うのも何だけど、一言言いたい……
ノム、あんた暴走しすぎ。
* * *
「やりすぎ、何やってんのよあんた」
家に帰ってきて早速、事情聴取と言わんばかりにノムを問い詰めているクノ。
今にもげんこつが落ちてきそうな空気となりつつある。
「いや〜悪かったって、何も言わないで話し進めちゃって」
口では謝っていても、ノムに悪びれる様子はあまり感じられなかった。
「でもちょっとすっきりしたでしょ?あんのゲス顔を一瞬歪ませられて」
そんなノムの言葉に、否定はできないのかクノは黙ってノムを見ているだけだった。
私自身、言われっぱなしなこと自体に思うことがなかったわけではないので、蹴り飛ばしてくれたときは少し胸がすいた。
「まあね…でもあんた、まさかそんな理由だけでチームランク戦なんて挑んだわけじゃないわよね?」
「当たり前じゃん!さすがに僕もそこまで馬鹿じゃないよ」
バカにするなと言わんばかりに声を張り上げるノム。
「……ならどういうわけなのか、ちゃんと説明してくれるかしら?」
「オッケー、んじゃあまずは僕たちの目的から。僕たちはこれから先、活動範囲を広くしていきたいわけでしょ?そのためにはチームのランクを上げる必要がある」
「……チームノランクッテナニ?」
本題に入ろうとしたところで、レイが疑問を口にする。
時間もあんまりなかったし、あの塔で話した説明は十分じゃなかったか……。
「おおっと、レイはそこからか。レイはあの塔でもうランクについては教わった?」
「ワタシノランクニツイテダケ……」
「それは個人のランクのことを言ってて、また別でチームとしてのランクがあるんだよ。このランクは個人のランクと違ってチームの
ノムがレイの疑問に答える。
「ついでにいうなら、私達はついこの前までFだったのよ。理由はチームメンバーが5人いなかったから」
そう、チームメンバーがこの前まで足りていなかった。私達は色々と厄介事を持っているから、なおさら仲間になろうとする人がいなかった。
──でもそこで、ちょうどいいところにレイがきた。
「それで今、レイが僕たちのメンバーに入ることになるから正規チームとしてEになれる。そんでもってRPを増やしていくことでDに上がれる。Dに上がることで今度はチームとして活動するときに、いろんな国を面倒な手続き無しで跨ぐことができるっていう特典がある。僕たちはその特典が目的なんだ」
「……モシカシテ、ワタシヲチームニイレタノハソウイウコト?」
レイのその発言は決して私達を非難するようなそういう言葉ではなかった。
それでも、どこか後ろめたい気持ちがあったのか、私は少し驚き焦るような反応をしていた。
そんな反応も、みんなに悟られないうちに隠したところで私はレイに同意をする。
「うん、そうだよ。なんとなくわかると思うけど、私達結構嫌われているからさ、仲間がなかなか集まんないんだよね。そんなときにちょうどレイが来たからチームに誘ったんだ、利用するみたいで悪いけど……」
「ウウン、キニシナイデ。……ワタシヲサソッテアリガトウ」
優しい『ありがとう』の声が私の心を癒やす。
心のつっかえが少しとれた気がした。
「──それで話を戻すけど、EランクでRPを手っ取り早く増やすのはチームランク戦が一番いい。特に自分たちのチームよりRPが多いチームを倒せば、よりRPがもらえて、すぐにランクアップができる。そういうわけだから、ちょうど喧嘩を売ってきた高ランクチームに僕がそのまま喧嘩を売り返したってわけ」
レイに説明し終わったところで、ノムの行動の意図を説明してもらった。
正直、かなり無茶な話だと思う。
今の説明だけだと安直な考えで突っ走っているようにしか見えない。
「私はそこの売り返した理由を詳しく知りたいわ。私からすればリスク管理もできないバカが挑発に乗っただけにしか見えないもの」
クノのその言葉に私も同意する。
「そう見えるように立ち回ったからね。──あんなあからさまに感情的になるように仕向けられた言葉なんて、裏があるに決まっている」
「だったらなおさら乗る意味が──」
「むしろそこだよ。相手は完全に手玉に取ったって油断しきってる。わざわざ尊敬してもいない相手にニコニコしながら敬語使って、わざわざ僕たちが嫌がりそうな名前で僕たちを呼んで、わざわざ話しかけに来たのは、簡単な話、僕たちを倒したいからだ」
「……ナンデ?」
ノムの話にレイがまた疑問をぶつける。
「さっきマリが言ってたけど、僕たちは完全にはみ出しものの集まり。世間からすれば邪魔者だ。そんなやつらを敵にして叩けば勝手に自分たちに世間からの支持が集まる。高ランク帯になればなるほど世間体ってのは無視できないものになるから、あいつらにとって僕たちは倒しがいのある敵なんだよ」
話を聞く限り、やはりノムは明確に何かを企んでいるようなのだが、その企みが何なのか考えつかない。
「……それで?私達を倒したいから何なのよ」
クノがまたもや私の心を声を代弁するかのように話を促す。
「ここまでの流れでわからない?あいつは完全に、僕たちを倒せる前提で話を進めているんだよ。そんな油断しまくってる高ランクチームなんて僕たちにとったらむしろいいカモじゃない?」
ノムの推測にハッとさせられる。
心当たりはいくつかある……。
だけど…
「……その思考は流石に短絡過ぎない?まだ憶測の域を出ていないわよ」
クノと全く同じことを思った。
少し話を無理やり私達の都合がいいように解釈しているように思える。
「だ、か、ら…僕がいかにも感情的になってつい不の悪い戦いを仕掛けてしまいました、って感じに勝負を仕掛けたわけ。チームリーダーが手を出しそうになっていて、かつもう一人のチームメンバーが本当に手を出す冷静な判断を下せない未熟なチームだ、って相手に印象づけて確実に油断させたんだ」
やっと話がつながった。
ノムのあの塔での行動に納得がいった。
「……仮に本当に油断していたとして、それで勝機はあると思うの?」
「いや?勝てるかなんて知らん」
クノの不安をノムは一蹴する。
「は?なにいってんのあんた、さっきまでの話全部否定するの?」
「否定も何も、僕はただ現状について語っただけ。勝つか負けるかなんて話一切してないよ」
たしかにそのとおりなのだが…わざわざ逆なでするようなこと言わなくても……。
「……その回りくどい話し方、ほんっと嫌い……!」
案の定、クノは悪態をつく。
そして、頭を冷やしに行くかのようにデバイスを起動し、rmを見始めた。
おそらく情報収集のためだろう。
「まあ、しいていうなら…『やってみなきゃわからない。勝てるように頑張ろう』って感じかな」
そっぽを向いてわざと無視するかのような雰囲気のクノに察して、間に立つように私は声をかける。
「そうだね…そこは変わらないね。もうこうなった以上勝てるように頑張るしかないもんね」
「うん。それに相手自体そこまで大したことない。チームランクはBで、個人ランクの最高があのゲス顔野郎で、そいつはAにそろそろ上がれそうなBだからぜ〜んぜんいけるよ」
……なぜ、今から頑張っていこうとやる気を全面に出して雰囲気を良くしようとしたタイミングで、相手の強敵具合を聞かしてくるのか……。
「……その情報聞いて『いける』気がしないんだけど……」
「……ソンナニツヨイノ?」
素直に思ったことを呟いたところ、さっきまでずっとクノとノムを眺めるだけだったレイが、その呟きに疑問を持って聞いてきた。
「チームランクはBが超えられない壁として有名なんだ。そのランクに届いているってだけで十分強敵なのに、個人ランクAっていう選ばれた強者が集まるランク帯に届きそうな人がリーダー格なのは、はっきり言ってチームランク初戦で戦う相手じゃない」
まだ知らぬ世界の常識を素直に聞き入れるレイ。
うなずいているわけでも、なにか返事をしているわけでもないのに、ちゃんと伝わっていることはなんとなくわかった。
……今度、もっと意思疎通のやり方を教えようかな……。
無表情でじっと見つめられるとさすがに怖い。感覚が狂う。
普通の人だったら話がちゃんと伝わっているのかすら不安になっちゃいそう。
「それはあくまで一般論の話でしょ?僕からすればマリ一人いれば十分勝てると思うけどな〜」
「いやさすがに買い被りすぎ……。私、やっと最近Bになったばっかだよ」
レイに少し困惑していたところでノムが反論しだすが、その反論にも思わず苦笑いが出てしまうぐらいには困惑してしまった。
下手に間を取り持とうとして、メンバーたちの温度差に結局ついていけず少し焦りだしたところに、デバイスを落としたクノがこちらに向きかえった。
「勝機なんて知らんっとか言ってた割にマリに勝機を見出してるバカはほっといて…真面目に、舐めてかかれる相手じゃないわね。さっき調べたら直近10戦は負け無しみたいだわ、相手チーム」
話をうまいこと先に進めさせてくれるクノに感謝しつつ、情報が出るたびに増える相手の厄介性に頭を悩ます。
「……勝ちグセがついてる、最近調子いいチーム……どうやって崩していこうか……」
そんな呟きをして思考の闇に入ろうとしていたとき…。
「……ワタシ…ドウシタライイ?」
耳に入ってきた言葉で思考が一時中断されてしまう。
「あぁ……どうしよう…ちゃんと鍛えないといけないよね……?」
言っては悪いが、ただでさえチームランクという観点で劣っている状況で、数日前チームに入ったばっかりの新人である仲間は、チームにとって足手まといになってしまう。
「作戦次第だけど…準備期間は短いし基礎能力の一つに絞って鍛えればなんとかなるかしら?」
「もう最悪参加しないのもありなんじゃない?最高人数が5人なだけで最低人数は決められてないし」
クノ、ノムがそれぞれ意見を出す。
クノの言う案を私も考えていたが、果たしてそれで戦力として役に立つのかと言われると、はっきりとは肯定できない。
だからといって、ノムの案は採用する気にはなれなかった。
もちろん本人も最終手段的な案として言っているのだろうけど。
「……ヤクニタチタイ」
素直なレイの思いに、なぜか心がえぐられる。
どうしたものかと考えるうちに、2つ目の思考の闇に入りそうになってしまったので、一旦深く考えるのはやめて、今からでもできる、やっておいて損はないことを鍛えていくことにする。
そう、それは…
「……わかった。とりあえず『逃げ足』を鍛えるのから始めようか。詳しい話はそれからとして、『逃げる』っていうのはこれから先、どんな場面でも必ず活きてくる単純で重要な能力だから、今のうちに一人でも逃げれるようにしておこう」
…『逃げる』。それは馬鹿にならない大事な技能だ。
「……ワカッタ」
少し晴れやかな様子になったようなレイ。
素直に聞き入れてくれてよかった……。
「よ〜〜し!それじゃあ一週間後の戦いに向けてこの4人で頑張っていこう!」
ノムが気合を入れるように声を張り上げて私達を鼓舞する。
しかし、その言葉を聞いて何かを思い出したのか、クノが待ったをかける。
「……ちょっと待って。さっきまでの話の流れのせいで私も全く気づいてなかったけど…あんた、4人で戦うつもりなの?」
確かに、さっきまでの口ぶりからしてノムは4人で戦おうとしているかのように思える。
レイが入って折角私達のチームがやっと5人になったというのに……。
「もちろんそのつもりだけど?まさかあんの引きこもりを引っ張り出すつもり?」
珍しく嫌悪感を出すノム。
「『引きこもり』言わない。せめて研究好きって言いなさい」
これまた珍しく嫌悪感をあまり出さずに諭すように訂正をするクノ。
「その研究バカは別に呼ばなくてもいいでしょ。どうせ『いま手が離せない、邪魔すんな』なんて言って部屋にこもるに決まってる」
随分と偏見にまみれた悪口を吐き捨てているので思わず困惑してしまう。
「……さすがに大事な戦いだから力貸してっていったら来ると思うけど……」
「それはマリが言うからだよ。普段のあいつは研究第一人間だから話すらさせてもらえないよ」
「……それ多分あんただけじゃない?」
なにがなんでも呼びたくないという意志を感じる。
どういう理由があるのかはわからないけど、よく考えていくうちに私も呼ぶ必要はない気がしてきた。
正直呼んでしまったら圧勝してしまう未来が見えてきたからだ。
ふと横を見ると、私達の話についていけてないレイがキョトンとした顔で私達を眺めているのが見えた。
そんな様子を見て、結論を早急に出そうと考える。
「まあでも…確かに戦力にしては強力すぎるから最終手段ぐらいにしとこうか……」
「……そうね、確かにあの子なら一人で勝手に無双しだしそうね。……そうしましょうか」
「僕も賛成!」
話はまとまってきた。細かい話はまだこれからだけど、一週間後が見えてきた気がした……。
リーダーとして、皆を私が導かないと……!
「よし……!それじゃあ私達、ノバイスゼロは一週間後のチームランク戦に向けてこれから準備していく。初陣を勝利で飾ろう!」
「「了解」」「ウン!」
──そうだ…私達に対する、変えようのない常識ってやつを覆してやるんだ!
──今の私達の力で!
両手に力が入る。
温かくも熱い、決意の握りこぶしが作られる。
私の世界には、晴れやかな空気が広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます