朝焼けの儚げ
─────
──
「──あ!やっと起きたみたいだね。ええっと…おはよ──じゃなくて……初めまして…かな?……あ〜…だめだ、何を言えばいいのかわからない……」
──
「……とりあえず、ご飯食べる?」
* * *
「──おまたせ。ごめんね、起きたばっかだし…胃に優しいものをって思ってたけど…家にあったやつこれしかなかった……」
──
「一人で食べれる?体、動かなさそう…?」
──
「ズズッ……」
──
「味は大丈夫かな?3日も寝てたからお腹空いてたでしょ。ゆっくり食べな」
──
「──美味しかった?言い忘れてたけどこれ、そこの湖の水に怪物達の骨とかここの大樹の葉とかって簡単な食材だけいれて煮込んだだけのやつなんだ。優しい味、するでしょ?」
「……ねぇ、こんなよくわからないとこでよくわからない人と一緒にいて警戒していると思うけど…一つ、いいかな?」
「──あなたは、誰?」
──
◇ ◇ ◇ ◇
──『神秘的』ってこういうことかぁ……。
少女が目を少しずつ開ける姿を見て思わず出た感想は、そんな空想的で阿呆な賛美だった。
徐々に開いていく紅い目に、吸い込まれるように夢中になっていく中で、ついには少女が目覚めたときのために用意していた話を見事に忘れてしまっていた。
色々言いたいことはあったはずなのに変な緊張で全て吹き飛んでしまっていた。
おかげで声をかけても終始「あ〜…」とか「えぇ…」とかって柄にもないことを言っては勝手に一人で焦っていたのだが。
…いや、あれは焦っているというより、見惚れていたというほうがいいかもしれないな。
────三日前。正体不明の少女を無事家まで連れて行ったとき。
大樹の中に作った余ってる一部屋を使って安静にさせようと思っていたところ、あまりにも物が、ホコリが散らかっていたので掃除をすることにした。
そんな中仲間が「その子も汚れているし、掃除してきたら?」なんて冗談めかして言ってきたもので、「確かに体は洗ってきたほうがいいかも」と考え、私は少女を湖まで連れて行った。
道中、冗談の内容をきっかけに始まった仲間同士の喧嘩の叫び声がよく響いて聞こえていた。
妙にキラキラしている水面だが、その水自体は害どころか利しか得られないといっても過言ではないほどに純粋で貴重な良いものだ。
きれいで、飲むと癒やされて、なにより美味しい。
こんな言い方だとアブナイ感じがするのだが、別にそういうわけでもない。なんなら今現在その水が入った湖にはたくさんの水生生物がいる。
…それはそれでおかしいのだが。
兎にも角にも。
髪どころか全身が泥や葉、小枝等で汚れている少女を湖の縁に寝かせる。
腕を捲くって洗う準備を始めるものの、『自分以外の誰かの体を洗う』という初めてのことに戸惑い、どうしていいかわからなかった。
とりあえず湖の浅いところに、顔が水にかからないよう座らせる。
座らせたあとで、「服、脱がしてない……!」と今更感漂う気づきを思わず口にしたのだが、よく考えてみたところで…
ー……なんか……いいや…ー
…そのまま洗うことにした。
……なぜかすごく恥ずかしかった。
具体的に『何が?』と言われると答えられないけど、とにかく恥ずかしかった、ただそれだけ。
全身についていた土が湖に浮かぶ。
大して擦らなくても水面がこげ茶に変色していく。
そしてすぐに、水面は元のキラキラした状態に戻る。
思っていたよりしっかり肌にこびりついていた汚れをしっかり洗っていく。
泥まみれだった服もたちまち、あるべき姿を思い出すかのように見違えてくる。
肌や服を擦るにつれて現れていく首から下の実態。
「綺麗……」
思わず呟いてしまうほどに、その肌は一切の斑なく白い、艷やかな肌だった。
それもただ真っ白なわけでなく、程よい桃色を残す、幼気を感じる肌だ。
大体の汚れを落としたところで一番の問題の顔、髪の洗い方なのだが、中々いい方法が思いつかなかった。
「バケツとかタオルとか持ってくればよかった……」
道具を一切持ってこなかったことに少し後悔しながら、良い洗い方を考える。
最初は座った体制にさせたまま洗おうとしたが、髪が先の方しか水に浸からず、洗い切れなさそうなので別の案を考える。
次に思いついたのは体を湖からあげて陸で頭を洗う方法だ。
とりあえずものは試しと体を引き上げ、頭だけ湖に飛び出す形で髪を洗おうとしたものの…
「ボチャン!」
固定するのに失敗して、そのまま頭が水の中に飛び込んでしまってさすがに怖かったのでやめた。
「もういっそ掬った水をひたすら頭からぶっかけるかあ……」なんて考えたものの、ただぶっかけるだけじゃ落ちないほどに泥が髪にこびりついて絡まっているので没になった。
結局また水の中に入って、私の体で少女の体を固定して顔の前面だけ水面に浮かばせて髪と顔を洗っていくことにした。
最初は思うように洗うことができなかったが、私の全身を使って少女の全身を固定し、私の肩を少女の枕代わりにすることで、少女の髪を私の手でしっかり洗うことができるようになった。
……なぜかすごく恥ずかしかった。
その体勢のまま洗うことに慣れてきたところでふとあることに気づいた。
──髪が……紅い……?
先程までの赤茶色にすら思えた髪は、見る見るうちに濃い赤色─真紅を纏った鮮やかな姿を表していった。
それだけではなく…
──白……い?
手に取った髪の束が見せる本来の姿。
大半が茶髪どころか白髪であった。
赤茶色だと勘違いするほどに纏わりついていた土を取り除いてみれば、見えてきたのはこれまた斑のない紅白で色づく綺麗な髪。
その髪の魅力に、私はなぜかとても惹かれていた。
────そんなことがあったということもあり、多分私は少女にとても惚れている。
もちろん、恋愛的なそれではないのだが、出会ったときから妙に胸騒ぎのようなものを感じ続けているのは確かだ。
そんなわからない感情を抑え込み、少女のためを思って必死に考えて、なんとか発せた言葉が「ご飯にする?」だったわけなのだが。
──少し前に取ってきた湖の水を張った鍋に、この前狩ってきた怪物達の余った骨を入れていく。
水と骨がボチャンボチャンと鳴らす衝突音。
その音と鍋でボワァァンとかすかに広がる反響音。
鍋底に広がる、魔法陣と科学反応がカチッと鳴らす起動音。
その音と同時に鍋底からボォォと噴出る引火音。
動揺した心を落ち着かせるためにも、軽く料理をするこの時間は心地よいものだ。
次第に水が気化していく音を出す鍋の中。
それを横目に、私は唯一家にあった大樹の葉をナイフで細かく刻んでいく。
大樹の葉はその薄さに反して食べごたえのある味や食感がする。
そういうわけで、普通に刃を入れただけでは切れないので、大樹の葉の特殊性を相殺するようにナイフに魔素を流し込み、細かく切って食べやすい形にした。
ちょうど切り終わったタイミングで鍋の中が沸騰しだしたので、熱を弱め、骨を取り出していく。
怪物が持つ独特な瘴気の特殊性を残す骨は、その独特性を水に染み込ませ、なんてことのないひと回り小さくなったただの骨となっている。
取り出し終わったので、先程の切った葉を鍋に投入していく。
特殊性が混ざり合う、少し癖の強い、鼻の奥に残る濁った匂いが鍋の中から漂ってくる。
しかし、5分もすれば次第に、匂いが相殺されていくかのように、鼻を通り抜ける澄んだ香りを漂わせるようになる。
これも食材たちが持つ一種の特殊性なのだろうが、料理に詳しいわけではないので、なぜそうなるのかは実のところよくわかってない。
癖の強い匂いが感じられなくなったところで熱を加えるのをやめ、ボウルに盛り付ける。
ボウルから出る湯気がなくなる前にスプーンも合わせて持ち、少女のいる部屋に向かう。
ドアを開ける。
真っ先に少女の姿が目に入る。
未だに呆けるような様子のままの少女。
私がこの部屋を出る前から一切動いた様子を見せない薄目の開きとその視線の動き。
もはや本当に生きているのか疑いたくなるようなその様に心配してしまう。
いうならば、『儚い』…といったところか……。
近くにあった台を少女が寝ているベッドの横に置き、もってきたスープとスプーンをそこに置く。
その間にも声をかけてみるが、少女は反応らしい反応を示さない。
…が、匂いにつられてか、台にスープが置かれたのを確認すると、少女は手を伸ばし、スープを掴んで、そのまま口に流し込む。
基本は白、所々に紅の長い髪が顔面にかかるのも気にせず、ただ黙々とスープを仰いでいる。
「スプーンあるよ?」と声をかけようとするも、夢中になって飲んでいる姿を見ていると、声をかけることで食事の邪魔をしているみたいになりそうなので、そのまま黙って少女を見守る。
あっという間に飲み終えてしまっていた。
無感情と思える無表情のままの顔が、ほんの少し緩んでいるように思える。
その顔を見て私自身も安心した。
「あ〜…この子はちゃんと生きているんだな」って……。
そんな心配する気持ちが払拭すれば、次に私を支配する気持ちは、純粋な疑問という名の好奇心だった。
自分でもかなり馬鹿だとは思う。
普通、相手が警戒しているような状況で自分の素性も明かさず相手の素性を聞くのは。
それでも聞かずにはいられなかった。
なぜこんなにも、私はこの子を警戒していないのか。
「──あなたは、誰?」
この子が、何者なのか……。
少女は反応こそ見受けられるものの、答えどころか返事すら返してこなかった。
ただずっと私の方に目を向け、じっとすることしかしなかった。
「……話したくないなら別にいいよ」
あまりに話が進展しないので、私の方が先に折れた。
本当のところは、私が拾ってきたとはいえ、もしかしたら敵かもしれないという正体不明な状況を容認するわけにはいかないのだが、自分でも驚くほどすんなり少女のことを受け入れていた。
ただ、さすがに不気味に感じた。
所作はもちろん、雰囲気までもが、まるで何も知らない赤子のような不自然さを持ってると感じた。
そこから一つの直感が私の中で生まれた。
「あなた……名前は?」
答えが返ってくることはない。
「私の言っていることわかる?」
やはり返事がこない。
「あなたは、私の敵?」
反応すら示さない。
ここで一つ確信した。
先程までは、無反応なのは単純に心を開いていないからなだけだと思ってた。
だが、目の前にいる人間が唐突に『敵かどうか』と聞いてくれば、普通、敵であろうとなかろうと無反応はさすがにおかしい。
ということは…
少女は私を警戒して話さないわけではない。
単純に話せないのだ。
人間というのは往々にして『一対一の状況下での無視』というものをうまくできない。
自分に向けられた行動をプラスの感情にでも、マイナスの感情にでもするわけでもなく、ただプラマイゼロの感情に維持する完璧な『無視』をするということに慣れてないからだ。
それは自分が相手のことを警戒していようが心を開いていようが関係ない。
一対一という否が応でも相手のことを知覚してしまうこの状況で、この少女に感情が揺れた様子は会話の中では一切無いように感じられた。
ここまでの流れから二つの可能性に絞れた。
一つ目は『言葉が伝わってない』…言語が私と少女で違う可能性。
そしてもう一つが…
『自分のことがわからない』…記憶喪失や精神崩壊の可能性だ。
だいぶ突飛な話ではあるが、先程までの謎の無反応の説明はそれでつく。
そうとなればさらに話は厄介なことになりそうだ。
対応が難しいというのはもちろん、一番の問題はなにをどうして助ければいいのか、なにをもって助けたことになるのかわからなくなってきたからだ。
とりあえず今知り得る情報を聞き出すために、『この子は記憶喪失と精神崩壊をしているかつ、使用言語が違う』という体で、時には身振り手振りを、時には文字を使って話をするも、少女は反応らしい反応を示さない。
ただ一つわかったのは、ここまでの中で少女から一切の敵意も何も感じられなかった…つまり私の確信は間違いではないという事実だけだ。
粘って話を続けてしばらくして、さすがに今日のところは無駄かもしれないと思ってきたので話はそこでやめることにした。
少女が起きる前…少女がいつ起きてもいいように、仲間と交代制でここに待機していたときと変わらない沈黙が、流れる。
なんとなく少女を眺めてみる。
起きたばかりとはもはや言えないほど時間が経っていただろうに、未だに虚ろな眼を忍ばせた薄目を開けて上半身だけ起き上がらせている少女の姿に、窓から差し込む光が不思議なほどに合っていた。
この子は何者?
なんでこんな状態に?
これからどうする?
そんな思考で埋め尽くされた脳が段々静まっていくのを感じる。
沈黙を誤魔化すかのように、窓から入るそよ風の音が、心地よかった。
少女を眺めているうちに考えていた様々なことは、いつの間にか全てかき消され、私は無心で少女を見守っていた。
──何分…いや何時間?見守り始めてからの経過した時間も忘れるぐらいに夢中になっていた真っ只中。
「──ゼ…ロ……?」
感覚として知覚していても、脳が理解するまでには少し時間がかかった。
唐突な呟き声が誰のものなのかやっと理解したときには、少女の無表情な顔は濡れていたのが見えた。
やはりまだ私はこの子のことが全くわからない。
それでもなぜか、その泣き顔を見て、どうしようもなく心が痛かった。
◇ ◇ ◇ ◇
──
──
──
「──具合───う?───大────?───」
「──ア─もう──時──ね───」
──
ワタシハ誰ナノ!!
私ノ名前ハ!!
「───『ゼロ』───」
──あぁ…そノ呼びナ……ちゃんと覚えテいるヨ……。
私ガスゴク………
大っキラいな名マエダ────
「ゼ…ロ……」
◇ ◇ ◇ ◇
──あの後結局、泣き疲れたのかなんなのかはわからないが、少女は眠ってしまった。
唐突に泣き出したと思えば、唐突に上半身が力を失っていくように倒れて、唐突に寝ていた。
何がどうしてこうなったのか、頭が追いつかないうちに行われた少女の行動一つ一つに困惑している間に入り口から誰か入ってきた。
「マリ〜見張りおつかれ〜。なにかあった?」
言葉の一切に負の感情を感じさせない明るい声が聞こえてくる。
昨日までであれば「特に何も」と答えて、私と仲間で見張りを円滑に交代していたところ、未だに回転し始めない頭を振り絞って簡潔な報告をする。
「……起きた…でも寝た」
我ながら言葉足らずが過ぎる。
焦っているにしてももう少しマシな状況説明はなかったのか。
案の定、「そっか起きたんだ…もう少しその過程が知りたいなぁ」なんて言われる始末。
とりあえず、一旦いま起きたことも含めて頭の中を整理する。
「ごめん、ちょっとまってね……とりあえず状況を言うと…この子は少し前に一回起きて、その時会話をしようとしたんだけどこの子は一言も喋らなかった。それでついさっき唐突に泣き出してまた眠りだした」
とりあえずはまともな説明をした。
まだ話せてないことはたくさんあるが、簡潔な状況説明としては合格点だろう。
「……色々謎が残る話だけどなんとなく何が起こったかわかった。見張りは僕が変わるからマリは休んでていいよ」
そこでやっと椅子から立ち上がり、部屋から出ようと体を動かす。
少女へと固定されていた視線もなんとか外して、仲間の顔を見る。
あいも変わらず人畜無害そうな笑顔に心が落ち着いてきた。
そうして考える余裕が生まれたことで、言わなければならない重要なことを最後に残すことができた。
「ありがとう、見張り頑張って。その子、多分記憶喪失しているから」
いたずらっ子みたいな笑顔を作ってみる。
仲間の顔が驚愕に染まっていた。
* * *
──さて、見張りを変わってもらったところだけど……。
正直言ってやることが特にない。
大体のやることは少女が寝ている3日間で終わらせたし、話も特に進展しなかったから情報があまりも少なく、下手に行動ができない。
とりあえず外に出て日光浴(暇つぶし)でもしながら色々考えてみるか。
大樹を囲む、浅い丈の草が生い茂る平地で寝ては、空を仰ぐ。
大樹から伸びる大小様々な枝から生えてる葉。
そこから漏れる光に照らされ、先程から感じるそよ風に吹かれる。
「なにをしようか……もういっそこのまま私も眠ってしまおうか……」
そんな独り言の呟きをしていたとき…
「あ!マリ、いた。見張り終わったの?」
どこからともなく私に向けられた声がした。
「うん、交代してもらった」
声のする方に顔を向けて私は答える。
交代してもらった仲間ではない、もう一人の仲間がそこにはいた。
「丁度良かった……。私暇だし、今から狩りにでもいかない?」
あ〜…その手があったか。
これからご飯の量も増えていきそうな気配がするし、怪物達は獲ってきておいたほうがいいかもしれないね……。
なにより暇をつぶせて戦闘もできる。
「いいね!私も丁度暇だったし、一緒に狩りに行こうか」
私はその提案にすぐ乗った。
そうと決まれば早速狩りに行く準備をする。
…っといっても常に武器は携帯していて、服装も動きやすいのにしているから準備らしい準備はないんだけども。
何はともあれ、私達は狩り場へと足を運ぶ。
道中、少女に関して起こったことを仲間に話して、無事、驚愕と疑問の顔にしてあげた。
特に「なんで泣いていたのか」の話には食いついてきており、理由のないことを嫌う仲間にとってはあまり放っておけないことだったらしい。
一体なぜ泣いてしまったのか…今になって考えても分からない……。
これ以上私に『わからない』を増やさないでほしいね、いやほんと。
そんなこんなで話が盛り上がっているうちに狩り場に着いては、早速私達は狩りに勤しむ。
押し寄せてくる怪物達を一匹一匹処理していき、食材を確保していく。
基本は仲間と私、それぞれ個人で狩っていくところ、強そうな怪物に出逢えば、二人で連携して狩っていく。
そんなことを繰り返してはしばらくして…
「ねぇ…マリ。さっきから話している子に関してなんだけどさ……」
仲間が真剣な様子で私に聞いてくる。
「……私ね、色々調べてみたんだよ。『少女が行方不明』ともなればさすがになにかしらの情報は出回っているかなって思ったから」
仲間が動かす剣の動きが止まることはない。
今の話は元から話そうとしていたことなんだろうなと感じた。
「──捜索願も、情報も一切無かったわ。それどころかね、登録されてすらいなかったの。rmに」
衝撃を受けた。
今のこの世界でrm未登録者はほとんどいないことは知っている。
ただ、本当にその『ほとんどいない』内の一人に出会うことになるとは思ってもみなかった。
「──マリ…この前、この子を家に連れて行くときに言ってたはね、『私はこの子を助けたい』って……」
不穏な気配で心が少しずつ曇っていく。
仲間の目も鋭くなっている気がする。
「私はね…あなたの意見を尊重したいと思ってる。だからあのときは私もOKをだしたわ……。私自身、あのとき言ってたことが最善だと思ってたしね。でもね……」
言い訳がましい話になってるのが心苦しくなっているのか…仲間の顔も曇りだしていく。
「それ以上に私はあなたの安全が第一だと思ってる。だからこそ言わせてほしい…」
語義を強くするように、仲間の声が重く響く。
「今すぐあの子から離れるべき。色々と不自然すぎる…何か嫌な予感がするわ」
訳の分からない違和感を拒絶するかのような調子で、仲間は私にそう進言する。
まだ私の中での判断材料がないのでそれに答えることはできない。
「……んでも、まだ行方不明な事自体が確認されてないだけかもよ?rmも、どうやって調べたのかわからないけど、エラー起こしているだけとか──」
「あの街から落ちてきたのに?3日も確認されてないわけ?rmがエラーを吐くと思う?」
私の質問は即座に否定される。
自分でも苦しい可能性の話をしているのはわかっていた。
それでも、何か仲間を説得できる材料が欲しかった…だから話してみたのだが、無駄な問答になってしまった。
「──それでも…だからこそ…あの子は私達の力が必要になる…それに私達もあの子の力が必要になる…そう、直感しているんだ」
理屈で説得できる要素がないので、感情論で誤魔化そうなんとか説得を試みる。
「その『直感』は前も聞いたわ。あなたが言う『あの子が必要になるとき』っていってる意味も大体わかるし、あの子のことをほっとけない気持ちもわかるわ」
これで最後だと言わんばかりに、仲間は剣を大きく振り下ろす。
その攻撃を受けた怪物を最後に、周辺の全ての怪物を倒しきったことで、仲間は剣を鞘に収めて私のほうへ体の向きをかえる。
真剣な眼差しが私を射抜く。
「──けどね…私はあなたの言う『直感』を完全に信じ切っているわけではないの」
感情論で訴えかけてた私の浅はかさを、冷静に突きつけてくる。
「──最終的な判断はあなたに任せるわ。もちろん、その判断に私は従うわよ。だからもう一度、ちゃんと聞かせてほしいわ…」
たった一呼吸の間があく。
その間の時間が無駄に長く感じる。
「…あの子をこれからどうするの?マリは」
その問いに、どうしても答えられなかった。
ただ言葉をつまらせることしかできなかった。
心ではどうしたいのかはとっくに決まっている…。
でも、それをするには仲間のことは蔑ろにはできないし、そもそもするつもりもない。
この前みたいな『心配事は全部私に任せて』ってスタンスのことを言ったところで、仲間の意思は変わらないだろう。仲間は『私』のことを心配しているのに、その『私』に心配事を任せるわけないのだから。
無言の空気がひどく冷たく感じる。
いくら頭を使ったところで皆が納得する方法が思いつかない。
次の言葉が中々出ないまま、時間だけが過ぎていこうとするとき…
「そ〜んな固く考えなくてもいいと思うけどね〜僕は」
聞き慣れた明るい声が上の方から聞こえた。
顔を上げてみれば、木の上にもう一人の仲間がいた。
「確かに、僕達の利益を考えればマリの考えは少し甘いところはあると思う。だからってマリの考えを実行して、ただちに不利益になるようなこともないと思うし、別にいいんじゃない?マリのやりたいようにすれば」
「……防げる不利益があるならすぐに防いでおくべきよ。いつ、取り返しのつかないことになるなんてわからないもの……」
能天気と思える話し方、話の内容に反論の声が上がった。
「そうだね。だからこそ、もしあの子がただの一般人だったら、『見捨てる』なんて血も涙もないことをするのかい?そんなことをして後悔しなさそうかい?」
その言葉に反論が上がることはなかった。
話は続けられる。
「なにがどうして取り返しがつかない事態になるかは誰にもわからないさ。それなのに、あくまで一つの可能性に過ぎないものに囚われて話を進めるのは愚か者だと、僕は思うけどね」
ニヤリと広げた口から見える八重歯が目立つお得意の笑顔で、説教臭い話に敵意を感じさせないようにしている。
一見、能天気に思える話も、裏を返してみればよく考えられていて、雰囲気を悪くすることなく皆が納得しやすい話として理にかなっていた。
そんな一種の話術に魅せられ、感嘆していると、ふとあることに気づいた…
「ねぇ…あの子の見張りはどうしたの?」
…本来ここにいてはならない人がここにいるという事実だ。
私の一言でなにかを思い出したかのように焦り始める仲間。
「そうだ!そのことでちょっと困ってたからわざわざ呼びに来たんだった!マリ、一旦家に戻ってきて」
なにがなんだかわからなかったけど、緊急事態ではあるということだけはとりあえずわかったので、狩っていた怪物達の処理は仲間に任せて、すぐに家へと走り始める。
家の周りを囲む結界をくぐった先からは、仲間が少女のとこへ案内をする。
着いたところは大樹の中の一部屋ではなく、大樹の外側の幹の小さな隙間だった。
一目見て、明らかにその幹に合わない色彩を放つ紅白が何なのかがわかった。
徐々に近づいてよく見える距離になると、その紅白…少女が小さくうずくまり、小刻みに震えているのが見える。
「急に起き出したと思ったらすぐ逃げてってたんだよ、僕を一目見てから。さすがにどっか行かれるのは困りそうだから声かけようとしてたけど、ちょっと近づいたらすぐ逃げ出してどうしようもなさそうで……。最終的に、どうしてほしいかだけなんとか聞いてみたら『マリを呼んでほしい』的なこと言ってたから、こうして呼んできたってとこ」
仲間の状況説明に少し疑問は残るものの、大体の事情は把握した。
おそらく少女は今の自身の環境や状況といったのいろんなことに気づいたことでパニック状態になっているのであろう。
…であれば、下手に喋りかけることもなく、本人がちゃんと落ち着けるまで待ちながらゆっくり喋っていこう。
そう思った私は少女がなにか行動を起こすまで、少し離れたところから見守ることにする。
少しして、少女がこちらに向けて顔を上げる。
その顔には不安と緊張の感情が顕著に出ていた。
まだ落ち着きを取り戻してきていない様子なので、このまましゃがみこんで静かに待つ。
段々と少女の震えが収まってくる。
「アナタハ……ダレ……?」
初めて聴くまともな会話のための少女の声。
全身に電気が走る。この時を待っていたと言わんばかりに、体が理解するかのように。
「私の名前は『マヨリ』。『マヨリ・クラッグ』だよ」
目を合わせる。私という人間を見てもらうために。
顔を緩ませる。心からの嬉しさが滲んだために。
たった数秒の自己紹介に『私』がよく出る。
「マ……ヨ……リ……?」
一音一音、確かめるような声。
「そう、『マヨリ』。親しい人にはよく『マリ』って呼ばれてたりするんだ」
心に焼き付けるかのように「マヨリ……マヨリ……」とつぶやき続ける少女。
その一挙一挙が、華奢に思えられ、可憐とも感ぜられた。
「──どこにいるのかと思ってたら…ここにいたのね」
背後から声がする。
怪物達の片付けを終わらせた仲間が来たようだ。
「──んで、そこにいるのが例の子だよね?なんでこんなとこにいるわけ?」
「声をかけようとしたら逃げられて、最終的にここに逃げてきたらしい」
疑問を口にする仲間に、先程聞いた、事の顛末を私は答える。
『なにやってんのよ』と言いたげな視線と、その視線を向けられ震えている体。仲間同士の『いつもの』だ。
それとは関係なしに、私は再考する。
この子をどうするのか。これからどうしたいのか。
少し会話して思った。純粋に感じた。
「──二人共…私の考えはやっぱり変わらないよ……」
そう、私は…
「この子をただ助けたいから助ける!利益になる、ならないとかじゃなくて…純粋に、そう思ったから、そうしたいから、そうするだけ……!」
この気持ちは、一目見たときから感じてて、たった今、一声聞いただけで変わらないものになったみたいだから。
随分とわがままな言い分で、二人が納得するか不安になってしまう。
「……それじゃ…だめかな?」
思わずその不安を口にしてしまう。
「……言ったわよね?最終的に私はあなたの判断に従うって。もちろん、覚悟もなしに話を進めようとするなら止めていたわ…けど、あなたの中での意志は堅いみたいでよかったわ」
わがままを通せて安心する。
そして同時に、歓喜の声が私の口から漏れる。
命を救うということへの憧憬が、どうやら私の中には確かにあるみたいだ。
「──あんな言い方してたのは、あなたにちゃんと覚悟があるのか確かめたかったからなだけよ。人を助けるっていうのは命の責任を背負うってこと。そんな大事なことを軽々しく考えてほしくなかったから少しきつい言い方してたわ…後出しみたいで悪いけど……」
『命の責任』という言葉で心が引き締まる。
ただの私のエゴでしかない、無責任みたいな行動にも重いものがかかっているんだなと、ここにきてやっと理解してきた。
つくづく自分の未熟さを痛感させられる。
「まっ!なんだかんだ言って、ちゃんと助ける気満々だったみたいだけどね〜どこぞの誰かさんは」
茶々を入れるかのようなからかいの声が飛ぶ。
「はぁ?あんた急に何言ってんの?」
「だってそうでしょ〜?わざわざマリを誘って狩りに行くぐらいなんだ。あの子の分の当分の食料を確保しないと、とか思ってたんでしょ?現に僕たちの分だけだったらまだ十分足りてるもん」
からかいの声に呼応するかのように仲間の顔が赤くなっていく。先程の発言と矛盾している自身の考えをバラされて恥ずかしがってるのか、思考を見破られて悔しいのか、それをからかわれて憤ろしいのか。
「ちなみに僕もこの子は全然受け入れてるよ。そもそもさっきマリに好きなようにしなって言ったの僕だし。まあ、最悪この子が罪人だったとしても、すぐ引き渡せば僕たちにとって何も悪いことは起きないと思うし大丈夫だよ!」
そう言ってにっこり笑う仲間。
おそらく、心配しないようにと私に伝えるための発言なのだろうけど…
「……さっき私のこと、血も涙もないとかって散々言ってたくせに…あんたこそ血も涙もない奴に見えるわよ……」
…声の調子や表情、話の内容の組み合わせにどこか違和感を覚えてしまった。
何はともあれ、この場に少女を受け入れられない人がいないことに変わりはない。非常に喜ばしいことだ。
「──それで…あなた、名前なんていうの?思い出せるかしら?」
少女に顔を向けてはそう問いかける仲間。
少女は焦ることなく、仲間と顔を合わせる。
しかし、その落ち着きは理解不能が故の思考停止のサインに思えた。
そう思った私は言葉を変えて問いかけてみる。
「えっとね……あなたは…誰?」
この子が私にそう問いかけてきたように、私もおんなじ言葉でおんなじように問いかける。
どうやら伝わったようだ…無機質な顔が一瞬、生きた顔になったように思える。
「……ゼ…ロ……。ワタシ…『ゼロ』……」
儚げな声がそよ風の風切り音の中で響く。
「『ゼロ』ね─」
そんな呟きをしようとすると、少女の目が曇っていくのが見えた。
…まるで、名前で呼ばれるのを拒むかのように。
木に腰掛けて座っていながらも、顔は上げていたはずの少女は、いつの間にかまた俯いていた。
「……ワタシ…『ゼロ』…ヤダ……!」
私が考えていた通り、少女はどうやら自分の名前を嫌がっているみたいだ。
おそらく別の名前で呼んで欲しいという意味も込めて言っているのだろうが、良い案が思い浮かばない。
「だったらさ、『レイ』なんてどう?確か東洋の方は『ゼロ』のことを『レイ』とも呼ぶとかって聞いたことあるから。いまいち意味はわからないけど」
仲間の一人がそう提案する。
その案に少女はまだピンときていないようだ。
言語機能にまだ何かしらの問題があると思われる様子なので、出来得る限りにわかりやすく伝えてみる。
「えっとね……あなた…『レイ』」
言葉は最小限に、少女を指差し、ゆっくり、はっきり喋る。
「……ワタシ……レ…イ……?」
「うん…あなたは、レイ!」
夜のような暗がりを浮かべていた少女の顔が、朝焼けのように顔にが明るくなっていく。
「……レイ……レイ……ワタシ…レイ……!」
少女─いやレイは顔を上げる。
その顔は無表情の中に、希望や幸福が混じったような雰囲気の顔であった。
「──僕の名前は『ノエムス・ディニティコス』。なっがい名前だから『ノム』って呼んでいいよ。ちゃんと覚えてね〜」
八重歯をちらつかせた人畜無害そうな笑顔で自己紹介するノム。
いきなりの自己紹介に若干戸惑ったのか、強ばるレイ。
「急にそんな声出したら怖がるでしょ…初めまして、『クシノ・ピスティ』よ。仲いい人には『クノ』って呼ばれるわ。よろしくね」
飾り気のない言葉を使った素っ気ないような雰囲気で自己紹介するクノ。
かすかな上品さを自己紹介に感じ取ったのか、閑静になるレイ。
それぞれ自己紹介が終わったところで本題に入る。
「レイ…あなた、これから、どうしたい?」
私はレイを助けたいと思っているが、今の状況ではそもそも、『助ける』の定義が曖昧な状態でもあるので、レイ自身の望むことを聞いた。
レイはしばらく考え込むように黙っている。
「……ワタシ…アナタ…イッショ…イタイ!」
願っても無い発言だった。
「!……それじゃあ、あなた、私達の、チームに、入らない?」
まるで用意されていたかのように、その言葉はすらすら言えてた。むしろ少し焦っているぐらいにも思えた。
なぜこんなにも高揚しているのかはわからない。わからないけどとにかく、少女が望んで私達の仲間になろうとしていて、それを仲間は受け入れていて…そんな状況がものすごく嬉しい。
少女の無機質な顔に、歓喜の光が差し込む。
「!……ウン!!」
◇ ◇ ◇ ◇
「それじゃあこれからよろしくね、レイ!」
「よろしくね」
「よし…ようこそ、レイ!私達のチーム、『ノバイスゼロ』へ!」
「──ウン!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます