第2話 2022年11月28日

 放課後、私たちの教室に茜屋真白がやってきた。

 メガネにおさげという保守的な装い。そして終始遠慮がちな所作からは大人しく地味な女の子という第一印象を受けた。

 メガネっ子という点では私のライバルだけど、顔のパーツはどれも平凡で印象が乏しく、ルックスでいえば私に軍配が上がりそうである。


「相談とか、そんな大袈裟な話じゃないのよ……」


 と、のっけから京町七海に無理矢理に連れてこられた様子が窺われた。

 郵便受けが壊された、それだけ聞くとひどい悪戯もあったものだとは思うけど、深刻さは感じられない。日常会話で友人に愚痴って見たものの、当人はそれきり大袈裟にするつもりはなかったというのは、ありそうな話だ。

 そうだとすると仰々しくJK探偵コンビ登場というのも、こちらが恥ずかしい気持ちにもなる。恨むぞ、京町七海。


「でも、被害がなかったわけじゃないんですよね! 大切な手紙が燃やされたって聞きましたよ」


 とセイラ。何が何でも彼女の悩みを解決しないと気が済まないのだろうね。京町七海から事前に情報は仕入れている。

 茜屋さんは、黙ってうなづくとカバンからビニールパックを取り出した。中身は焼け焦げたいくつかの紙片。


「ほとんどはただのポスティング広告。それと請求書が一つと絵葉書が一葉」


 京町七海が割って入ってそう説明を入れる。生来の出しゃばりなので、黙って脇で控えていられないようだ。

 紙片はそうと説明されないと、すぐには判別がつかないほど、ほとんどの部分が燃えて失われていた。元の3割も残っていない。

 はがきの裏面は風景写真ではなく、日本画のように見える。見たことの無い絵だから有名人のモノではないのかもしれない。もっとも日本の画家ってばワタクシ狩野永徳と横山大観くらいしか知らない。


「狩野永徳っていえば、風神雷神図が有名よね?」


「違うよ、それは俵屋宗達」


「いいのよ。大学受験で出ないから」


「出るよ?」


 そんな感じなので、美術に関する私の発言はあてにしてもらいたくない。ちなみに横山大観は名前しか知らない。大観っていうくらいだから偉いんだなって程度。流水大説的な?


「智恵子抄てあるよね。おかっぱの座敷童の絵を描いたやつ」


「たぶん、葵ちゃんの頭に浮かんでいるのは麗子像だよ。岸田劉生」


「横山エンタツって大観の弟子だっけ?」


「令和の時代に横山エンタツを知ってる女子高生なんて存在しないよ」


 私は存在を否定された。


「真白のお母さんは、何年か前までここの高校の美術教師をやっていて、そこそこ有名な日本画家でもあるんだ」


「うわぁ、スゴイですね。日本画家って」


「スゴイのは母ですから、私に言われてもどう答えればいいのか困りますね。その絵葉書はたぶんお弟子さんの誰かが送ってきたものだと思います。表の面は文字がにじんで全く読めなくなっちゃってたので、送り主も誰か分かりません」


 セイラは袋に入ったままの絵ハガキを手に取って、まじまじと観察していた。


「郵便受けが壊されたのも被害だけど、届くべきメッセージが届かなかったことの方が、重大な被害かもだね」


 真剣な顔で呟いた。


「絵葉書に書くことなんて、どうせ大した内容じゃないわよ。季節の挨拶だとか、送り主に改めて尋ねるのも馬鹿馬鹿しいような、そんなのよ。黒ヤギさんたら、読まずに食べたってね」


「ほらぁ葵ちゃん。そういうとこだぞー」


 セイラに叱られた。確かに毒はあったかもしれないけど、間違ったことは言ってないのに。


「送り主を見つけ出して、内容を確かめてあげたいですよ」


「どうしても手伝えっていうなら手伝ってあげてもよいけどさぁ」


「鬼宿。言っただろ、これは連続郵便受け破壊事件なんだって。被害者はあと二人いるんだ。貴方たち二人にお願いしたのは犯人探しだよ。真白のお母さんだって、葉書のことは仕方ないといってるようだし、送り主を探し出すのは時間がかかり過ぎるから、あとでどうするか考えよ」


「そうそう、そういうことだよ。凶悪な犯人を野放しには出来きないと京町七海は申しているんだ」


「無差別犯、つまり被害者は誰でもよかったってパターンもあるよね。だとしたら葵ちゃんの推理じゃどうにもならないよ。そういうのは警察の仕事だよね。その可能性は消せるのかな?」


 セイラが尋ねる。


「ああ、それだったら、わざわざ名探偵二人に相談しないよ。被害者はどれも私たちの高校の卒業生の家らしいのよ」


「そんなのこの町のほとんどの家がそうじゃない?」


「まぁそうなんだけどさ、真白の団地で被害に遭ったのは真白のとこだけってのは気にならない?」


「なぜ、数ある郵便受けの中で三人の被害者の家のだけ狙われたかがポイントだってことね。つまりは、共通点を見つけることが犯人を特定する最短経路ってことだよ、いわゆるミッシングリンクってやつだ。ワトソン君。」


 鮮やかな推理を披露する私。ミステリ小説を読み続けてきてよかった。


「そそ、そういうこと。でねー被害に遭ったのは他に……」


とノートを取り出し確認する京町七海。ああ、でもアンタじゃなくて被害者の茜屋さん本人に話をさせろっての。茜屋さんは、申し訳なさそうに私とセイラの顔をチラチラと伺うばかりだ。


「ようし、京町七海。貴方は黙っていなさい。まっしー。重複してもいいから、最初から話を聞かせてもらえるかしら。まっしーが犯人探しなんて大事おおごとにしたくないって気持ちも分かるけどさ、こういう小さな事件は警察はあてにならないものよ。だから、私たちが全力でこの事件の謎を解明する。そう決めたんですもん」


 いきなり「まっしー」と仇名っぽく呼ばれた茜屋真白は動揺していた。ははは、意味がないことはするものじゃないなぁ。でも、彼女の本意でないとしても京町七海と曲輪葵という二人の人間を巻き込んだ以上、途中で終わりにするという選択肢はもうないのだよ。京町七海がクラスで一番イケてる女でも、私を見くびるもんじゃないぞって証明しておきたいじゃん。


「あ、はい。11月28日、つまり2日前の月曜日ですね。私は、午前で学校を早退して、家に戻りました。そのときに郵便受けが壊されていることに気付いたんです……」


 彼女の家は希望が丘中央団地。つまり私と同じ団地だった。1号棟から10号棟まで、すべて同じ構造になっている。情景が想像しやすくてマル。


「あの、早退したのは母が入院していて。いえいえ、母は普通に会話できるくらい元気ですよ。むしろ、私が会いにいくとずっとしゃべっているくらいです。郵便は普段は母親が回収しているので、私もついつい2~3日貯めちゃって。母からも随分とそのことを注意されてたんですよ」


 我が団地の郵便受けは、一回の共有フロアにあり、鍵はダイアル式。かなり頑丈な作りで、投函口は狭く手を中に入れることはできず、鍵を開け、前面の扉をあけない限り中のものを取り出すことは難しい構造だ。

 今回の犯行は、扉と本体のわずかな隙間にドライバーのようなものをハンマーのようなもので無理矢理打ち込み、強引に扉を取り除いたとのことだった。その様子は携帯で撮影した写真で確認した。これはひどい有様だ。


「気づいたのはそう午後2時ごろです。私、驚いてしまって、部屋でずっと兄が帰ってくるのを待って、それで警察に電話をしたのが……5時半くらいでしょうか」


 真白の兄、茜屋銀天あかねや・そらは社会人2年目。新人の兄に会社を抜け出してもらうわけにもいかず、帰ってくるのを待っていたとのことだった。


「焼け残った手紙を見つけたのは、次の日の朝です。解体工事中の3号棟にドラム缶があって、よくゴミを捨てる人がいるんです。それで、ちょっと調べてみようということになって、覗いてみたら、それが」


「これが郵便受けにあったすべて――かどうかは、分かりようがないのだよね。何か心当たりはある?」


 真白は静かに首を振る。


「それは、お兄さまやお母さまにも確認されましたか? 何か気にしているような様子は?」


「思い当たる事はなかったと思います。母も最近は絵の仕事はしていませんから、仕事関係の郵便は来ないようですし、兄や私は手紙を書くこともない世代ですから」


 他人の家の請求書や明細書を盗んでいく犯人なんて可能性はあるんだろうか?ちょっと考えにくいよね。

 セイラはその後も細々としたことを聞いていた。真白の家族は母親と兄の三人家族。父親は5年前に離婚している。養育費の滞納はなし。母親は今は隣町の学校で教師を続けている。郵便受けのダイヤルの開け方は家族全員が知っていたようだ。

 根掘り葉掘り聞いてしまって茜屋真白には悪いことをしてしまったかもしれない。


「まっしー、最後に何か言いたいことある?」


「いえ。何も。でも、無理はしないでくださいね。お二人が怪我でもしたら私嫌なので。七海も。」


 最後まで物静かで、表情を変えない彼女だった。

 彼女から見れば、私たちって浮かれてるように見えるのかしらね。被害者の誰もが当事者意識を持つとは限らない。警察に任せておけばいいってのも、むしろ普通の感覚なのかも。

 他人の不幸を前にして、心のどこかでそれを楽しんでいるのが探偵って生き物だとすれば、それってなかなか"上等"な生き方よね。


 私は嫌いじゃない。













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