探偵に優しさはいらない Vol2

影咲シオリ

第1話 美少女JK探偵コンビ登場!!

 アオイは一体どうなってしまったのだろうか。

 誰とも交わろうとはせず,他人の評価など顧みず,己が道を突き進む孤高の花。彼女にとって高校生活などは大根畑で一人佇むのと変わりない。級友と物言わぬ根野菜、そこにどれほどの違いがあるか。ただ退屈な風景でしかない。そう言い切って、はばからない研ぎすまされたナイフの切っ先のような女、それが我らがアオイちゃん。ところが最近、随分と丸くなってきちゃっているんじゃぁありませんか?

 そんな声がちらほら聞こえてくる。


 「ねぇ、葵ちゃん。またボーッとしてるよ? おーい、早く帰ってきて」


 愉快そうに私を見つめながら弁当箱を広げるのは、いかにも人畜無害な外貌をした小柄な少女。しかし、彼女こそが私から崇高にして孤高、そして平穏であった日々を奪った元凶なのだった。

 鬼宿星良たまほめ・せいら。それが彼女の名前。

 昼休み、呑気に二人机を並べてお弁当タイムだなんて我ながら嘆かわしい。


「往年のファンの皆さんたちに弁解してたのよ。言われなくたってすぐにでも貴方たちが好きだったアオイちゃんに戻りますってね!」


「そんな人はいないんだよ。葵ちゃんの一挙手一投足に注目している暇な人なんて存在するわけないでしょ。大丈夫かな、栄養不足?それとも寝不足?ミルクティー用意してあげようか」


 もちろん私は自分が読者に語り掛けるタイプの小説の主人公であるといった妄想に取りつかれているわけでもなければ、空想上のストーカーに怯える可憐な少女でもない。

 私の名前は曲輪葵くるわ・あおい、みなさんご存じアオイちゃん。私が語りかけているあなたは私自身。つまり、これは自意識の問題なのだ。

 私のイマジナリーSNSでは、いつだってイマジナリー・フレンド募集中。でも、PVは0。それが私の想像力の限界。真のぼっちはイマジナリー界でもぼっちと決まっている。


「ロイヤルなミルクティー程度じゃ私は買収できないわよ」


 セイラがが心配そうに私の顔を覗き込むのはいつものこと。私の少し他人と違ったお茶目な行動(世間でいうところの奇行)を心配するのだが、彼女ももう慣れてきたもので、最近の心配事は栄養面と健康面に移っている。

 国立大学医学部進学を目指す私は、人が人であるために必要な最低限のあれやこれやをすべて犠牲にして勉学に励んでいた。

 あばらが浮いて見えるようになった時点ではまだ見過ごされていたが、髪の毛のキューティクルが失われてくると、いよいよまずいということでセイラは私の栄養管理に口出しし始めた。

 この愛らしい小動物のような少女が、見た目とは裏腹にサル山に現れた新しいボスの強引さで勉学一筋だった私の人生に干渉してきたのが、アッシャー家ならぬアオイちゃんの崩壊のはじまりだった。

 突然「葵ちゃんのことが好き」だとか何だとか言ってまとわりついてきたかと思えば、私の昼弁当にケチをつけ、栄養が偏ってるだのといって、明日から私の分のお弁当も作ってくるなんてことを言い出した。ハッキリと自白してしまうと私の家はクラスメイトたちがドン引きするくらいド貧乏だ。だからタンパク質は貴重な栄養源であるのだけれど、だからと言って他人の施しを受けるほど落ちぶれてはいない。私はビシッとこの申し出をはねのけ、妥協点としてオカズだけ頂くことにした。

 それからというもの、私はただ毎日肉を食べられることに感動して涙を流し、満腹気分でお弁当を空っぽにしていたのだけれど、セイラは何を勘違いしたか毎日張り切ってオカズを作ってくれている。彼女の作る唐揚げは美味しいし、豚の生姜焼きは美味しいし、ホウレンソウ入りの卵焼きも美味しい。今日の昼は何かしらって考えるだけでウキウキしちゃう。

 でもね、それって本当の私なのかしら。何か違う気がする。

 いつだって私が私を見つめている。


「セイラ、貴方にハッキリと言っておかなければならないことがあるの。もしね、もし私のことが嫌い……というか好きでなくなったときは、真剣に、深刻に、取り返しがつかないくらいに、そうなんだーって思ったときは……いえ、そう思う10日前までには私に報告すること。これ絶対だから」


「なになに?そしたら、葵ちゃんがどうか私を嫌わないで下さい。悪いところは全部直しますからって泣いて泣き崩れて懇願してくれるのかな。それも楽しそうだなぁ」


「馬鹿をいいなさい。私はセイラのことを好きでも嫌いでもないって言っているでしょ。引き留めなんかはしないわよ。ただね、心の準備は必要よ。だって、そうでしょ。勝手に好きになられて、勝手に好きでなくなっただなんて、本当にバカみたいじゃないの。そんなことで私は1ミリだって動揺したくないの。私は不動の女でありたいの」


「ふふふ」と意地悪そうに笑う。


「何を笑っているのかな。私の策はいつだって完璧なのよ!?」


「ガラスのハートなんだね。私は……アオイちゃんのことを嫌いになったりなんかしないよ」


 照れながら黄色い声を上げ、セイラは満面の笑みでそう答える。

 はぁ。そんなバカ男子が言いそうなセリフを吐くだなんて、ガッカリだ。私はセイラの鋭い知性、知能といったものに一目を置いているというのに。


「はぁ~。これは本当にディープなため息ですよ。私をうぶな乙女と勘違いしてもらっちゃ困るわよ。知ってますか、こういう言葉があります。『初恋は特別だ。彼女は恋に終わりがあることを知らないから』。初恋に一喜一憂するおバカな若者の茶化した言葉だと理解しているわ。お分かり?この世にはね、終わりの来ない恋なんてないのよ」


 まあ、もちろん。セイラが私に向ける好意はLikeであってLoveじゃないことは理解してるのだけれど。Loveに終わりがあるなら、Likeなら言わずもがな、なのよ。

 永遠なんてありはしないの、悲しいことだけど。


「そんなことないよ。例えばアオイちゃんはお母さんのこと好きじゃないの?」


 家族愛か。なかなかデリケートな話題を振ってくるものだ。ただ、愛だのなんだのを語る上で、家族の話題を避けて通ることは出来ない。この論戦、受けて立つわよ、セイラ。


「もちろん、嫌いじゃないわよ。でも好き……なのかしら。そもそも、そんなことを考える意味なんてないのかもだわ。だって私、お母さんとだけは結婚しないって断言できるわ! 近親婚になっちゃうもの」


 お母さんはいつまでも変わらずお母さんなのだから、好きだとか嫌いだとか考えても仕方ないのよ。


「でも、お母さんとずっと一緒に居たいとは思わない? 私もママとはずっと一緒に居たいよ」


「パパもでしょ。変なところで私に気を遣う必要ないんだから、そういうの小賢しいっていうのよ」


「うん。私はパパも大好きだ」


 それでいい。


「そうね。お母さんには幸せになってもらいたいけど……それでも、私は自分の夢を実現するためなら、親だって見捨てるよ。それだけは胸を張って断言できる」


「そうなんだぁ。アオイちゃんらしいといえば、らしいね。でもそれは好きという気持ちを否定することじゃない。それだけは覚えておいてね」


 記憶力はグンバツな私だから覚えておくけど、いつか私がセイラを見捨てるとき、彼女はどんな顔をするのだろう。そんな日は来てほしくない。ある人の言葉を借りると『激しい喜びはいらない…そのかわり、深い絶望もない…植物の心のような人生を…そんな平穏な生活こそ、わたしの目標』なのだ。

 ただ少しづつ離れて忘れていくだけ。そんな別れが一番なのよ。

 そんな他愛のない会話を終えると、お弁当箱もすっかり綺麗になっていた。

 そのタイミングを見計らっていたのだろうか


「やぁやぁ。相変わらずいちゃついてんねー」


「おや、モブが私に話しかけてきましたよ?」


「誰がモブだーっ。そもモブってなによ。フラッシュ・モブのモブ?ダンス用語? さてさて、相変わらず面白いキャラやってるねぇ、アオイ」


 2年B組イケてる女子ランキング第1位(私調べ)が、突然私に声を掛けてきた。


「貴方は確か……京町さんだったわね。私に何か用かしら」


「いちいちツッコまないけどさ、幼稚園から13年間ずっと同じガッコ通ってる私を舐めてたらひどいよ。アオイが美少女探偵名乗ってた頃、何やったかここで話してもいいんだけどー」


 突然沸騰した油を浴びせられたのかと思った。グハァ(吐血……この女、なぜ私の弱点を……や、や、やめて。湧き上がる羞恥心で耳が熱くなる。


「何々? 京町さぁん、美少女探偵って何ですかぁ」


 セイラは人見知りの癖に私の知り合いにはグイグイと絡むんだから。


「や、やめなさいよ、京町さん。小学校低学年の女の子のしたことじゃないですか。それを笑いものにすると児童虐待で通報されてしまいますよ?名誉棄損で刑罰もありますし、それ以上Sっ気が悪化しても困るでしょう」


「私は全然Sじゃない。アオイを笑うわけないよ。思い出すなぁ、カッコよかったよー、ハンチング帽。虫眼鏡。それに探偵手帳……なんてものは序の口でさー付け髭とか片眼鏡とか、最後は着物に指抜き手袋とかキャラ迷走してたよねー」


 なんて記憶力だ、京町七海きょうまち・ななみ。イケてる女子のくせに、昔のことをちゃんと覚えている。笑うわけがないといいながら、今にも吹きだしそうな表情だ。このSS級S野郎。

 なお何があったかについて私は何も語らない。皆様の想像にお任せする。


「ちょっと頑張り過ぎちゃってたね。私が覚えてるのだと武勇伝1番から30番まであるんだけどぉ、それを1日1個発表するだけで一月はクラスの話題を独り占めだもんねー。ニカァ」


 く……悔しい、でも……こうなったら靴でも何でも舐めるしか!


「なんてまぁ、冗談はこれくらいにするとして。今日はお願いがあってきたんだぁ」


「お金ならないわよ……」


「アオイ。それ、自分から言うのはやめなさい、さすがに冗談にならないから」


 真顔で注意された。私の貧乏トークは空気を悪くするということで、特別封印指定されているのだった。


「お願いっていうのはね、私の友達の茜屋真白あかねや・ましろって子がね、ちょっとした事件に巻き込まれちゃったのよ。そこで、探偵さんに登場してもらいたいというわけ」


「あぁん、こん野郎。美少女探偵の話題は、もうやめるっていったじゃーん‥…」


「ああ、そうじゃなくって、貴方たち二人のことよ。女子高生名探偵コンビっていえば、もう校内では有名よ。それでね、ああ、アオイは小学生からずっと抱いていた夢を叶えたんだなって、私は思ったわけよ」


 それは私の夢じゃない……ずっと昔、物心を付く前の、まだ何も知らなかった「私」の夢。小学生低学年なんて、条件反射だけで生きてるようなモノでしょ。ミジンコよりも知能が低いって、アメリカの学会ではもう常識なんだから。デーブが言ってたわ。とにかく小学生低学年の発言は全部無効、記録抹消、意味喪失なのよ。

 七海があんな話題を持ち出したのは、ぜーったい私が依頼を断れないようにするためだよね。流石イケてる女第1位。人を陥れるのは手馴れたものだ。


「アオイちゃん、やってみよーよ。困っている人がいるなら、それを助けるのが葵ちゃんでしょ!」


 は?違いますけど。

 でも、脅しには屈します。今日から七海は私のご主人さまです。

 それにしてもセイラは人見知りが激しいわりに人助けと聞くと、黙ってはいられない性質たちなのだ。やる気満々て顔出し、本当に面倒なことになったらきっとこの子がどうにかしてくれるはず。

 ああ、そうだ。説明が遅れたけれど私とセイラは、この夏、ちょっとした殺人事件を解決したのだ。私たちのことは公にはならなかったはずだが、人の口に戸は建てられません。

 あー私もすっかり有名人ですあ。やれやれだぜ。


「わかった、わかった。仕方ないわね。それで、ちょっとした事件って、何? まさか密室殺人事件じゃないわよね」


「まさかまさか。でも、貴方たちの探偵力をもってしても、かなり難しい事件だと思うよー。被害者は真白だけじゃなかったりもする。ズバリその事件とは……連続郵便受け破壊事件なのです!」


 れ……連続郵便受け破壊事件!?





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