第17話 クーという男3
エリナがジト目でクーを見やると、クーは自分の食べたあとの、空っぽの鍋から目をそらした。
明日のお昼に、そしてグラタンに仕立て直して夕食に、と思っていたシチューは、もうすっかりなくなっていた。
「すみません……」
「別にいいわよ。気にしていないし。一人で食べるのも味気ないものね」
エリナはすっかり冷めてしまったシチューを口に含む。うん、やっぱり冷めてもおいしい。
もくもくとエリナがシチューを味わっていると、クーははっとしたようにエリナのシチュー皿を見た。
「冷めて……!?」
「そりゃあ、あんなに泣いてたんだもの。泣き止むまでには冷めるわ」
そう言って、エリナがもうひとくち掬って口に運ぶと、クーはがばっとエリナの手元にあるシチュー皿に手をやった。
「クー?」
「失礼します」
驚くエリナが目を瞬くと、クーの手が淡い金の光を帯びる。
ぱあっと光があふれ、目を閉じて、また開いたときには光は収まっていて。
エリナが不思議に思って手元を見ると。シチューからはできたての時と同じような湯気が立っていた。
「あったかい……」
「炎の魔法を少し使いました。その、焦げたりはしていないはずです」
「あなた、魔法上手なのねえ……」
エリナはそう言って、もうひと匙を掬ってニンジンを口に放り込んだ。
うん、あたたかくておいしい。冷たくてもおいしいけれど、やはりあたたかいシチューにはかなわない。
感心するより先に、驚いてしまって平坦な感想になってしまった。
だって、竜種が番以外の人間種に魔法を見せることなんて――それも、こんな平凡な効果なのに扱いの難しそうな魔法を使うことなんて――珍しい、どころの騒ぎではない。
それを、出会ったばかりのエリナのために使ったことに、エリナは驚いていた。
「魔力のコントロールは得意なんです」
「ふうん。難しいって聞くわよ?クー、がんばったのねえ」
エリナは手を伸ばして、クーの頭をわしゃわしゃと撫でた。
驚いたように目を瞬くクーは、しかし拒絶することはない。
その様子に、エリナは自分でやったことにも関わらず、あれ?と思ってしまった。
今、体が勝手に動いた、というか。
急に撫でたくなって撫でてしまった。成人している竜種にこんなことおかしいとわかっているのに。
けれど、クーはここちよさそうに目を細めている。
「ありがとうございます」
そうやって、クーは嬉しそうに微笑んだ。
だから、エリナは、まあ、いいか、なんて思って、このことをいったん横に置いておくことにしたのだった。
「エリナ」
「うん?」
「また、食べにきていいですか?」
「クー、あなた以外と図々しいわね」
「だめですか?」
クーはそう言って、子犬のような顔をして、わざわざ頭を下げてエリナを見上げて来た。うっ、顔がいいひとがこういうあざといことをすると絵になるのか。そんなことをちらと思う。
非常識だ。非常識なことを言われている、それは重々承知なのだけれど、なんだか嫌いになれないし、拒絶したくもなくなってしまった。
だから、エリナは頷いた。
「いいわ。その時はまたシチューを作ってあげる」
「本当ですか!?」
「ふふふ!何よ、その顔。断わられると思ってた?」
「それは、その、まあ、はい」
「まあ確かに常識知らずではあったけど」
「ええ……」
しゅん、とうなだれるクーの頭を撫でてやって、エリナは笑った。
「なんでかしら、あなたのこと、嫌いになれないのよ。これからよろしくね、クー」
「……ッ、はい!」
ぱあ、とクーの顔が喜色に染まる。それを満足げに見やって、エリナは二人分の皿を手に、流し台に向かったのだった。
「……やっと、見つけた、僕のエリー……」
後ろで、一対の緑の目が、瞳孔をきゅうと丸くして、エリナの背中を見つめていることには、気付かなかった。
■■■
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます