第18話 クーの告白
それから、クーは何度も会いに来た。
毎度毎度食事を所望して、そのメニューは決まって「シチュー」。
それも、シチューを食べるたびに号泣、と言っていいほど涙を流すので、エリナはいつも呆れ半分困惑半分でその様子を見守るのだ。
「クー、今までどんなシチューを食べて来たのよ」
先日も、クーはエリナの作ったミルクたっぷりのシチューを食べて、嗚咽をこぼしながら泣いていた。
育ての親のシチューによく似ているから、と言われたことがあるが、エリナは間違っても泣きキノコなんかの毒キノコは混入させていない。
「うーん……。そうだなあ、しいて言えば、豆から作ったミルクと兎のシチュー、ですかね」
「節約レシピね」
それも、かなりニッチな節約レシピだ。
エリナはエリスティナだったころによく作っていたけれど、今ならミルクなんてどこででも簡単に手に入るし、あの頃の不帰の森のような都合のいい極限状況でなければなかなか作らないたぐいのシチューである。
「それが思い出のシチューなら、作ってあげてもいいけど……」
「本当ですか!?」
「う、うん」
がたん!と椅子を蹴飛ばしそうな勢いで立ち上がったクーに、エリスティナはのけぞりながら答える。
そんなに嬉しかったのだろうか。クーは保存袋から大豆を取り出すエリナをきらきらとした目で見つめて、目を離さない。
少々緊張しながら、エリナは大豆を煮込んで絞り、大豆のミルクを作るところまでをやりとげた。
兎は、という前に、いつの間にかクーが隣に立っていた。
「かってきました」
うん、その字、絶対に買ってきました、とかではないわよね。
と、新鮮な返り血のついたクーを見やって冷や汗を垂らす。竜種ってこんなに仕事が早いのかしら、と思いつつ、しっかり血抜き処理のされているそれをさくさくと捌いた。
思い出すのは、昔クリスに作ってあげた兎のシチューだ。
あの頃も、材料を工夫しながらだけど、シチューをよく作っていたっけ。
しばらくことことと煮込んだそれは、気付けば具も少なく、まさにあのころと同じ、懐かしい兎肉とニンジンとジャガイモだけの(それも、節約のために具が非常に少ない)質素なシチューになってしまっていた。いけない、記憶に引きずられすぎた!
「クー、ごめんなさい、失敗しちゃ、」
「……、」
はっと我に返ったエリナが、味見をしようとお玉を持つクーを呼び止める。
――が、一歩遅く、エリナにしては少々どころではなく質素なシチューは、クーの喉に吸い込まれた後だった。
「あ……」
「…………、」
クーの目から、ぽたぽたと涙がこぼれる。それが、貧しいスープを飲んだからではない、というのは、さすがにエリナにもわかった。
クーの泣き顔は、それまでと同じで、けれど少しだけ違っていた。
「く、クー?」
「……同じ、味がする……」
ほろほろとこぼれる涙があたたかい。クーは、シチューを飲んで、まるで懐かしく愛しいものを思いだしたかのように泣いていた。
どうして、と思う。どうして、エリナのシチューなんかでいつも、クーはこんなに感情を揺らすのだろう。
そんな特別なもの、なにも作っていないのに。
――ふいに、クーが口を開いた。
「エリー、僕、あなたが好きです」
「――え?」
……その、声に。その言葉に。爪の先から、氷のように冷たくなっていく気がした。
エリナはかたかたと震えだした肩を描き抱くようにして、ぎゅっと体を縮めた。
どうして、急にそんなことをいうの、と思って。
「エリー、僕、あなたが」
「二度も言わないで、きこえているわ」
エリナは打ち捨てるように言った。それは、自分でもわかるくらい、冷たい声だった。
「エリー……?」
「……ごめんなさい、竜種とは、そういう関係にならないことにしてるの」
「――どうしてか、聞いても?」
「……前世って、信じる?私、昔、竜種にひどい目にあわされたの」
瞬間、ぶわり、とクーの髪が広がる。まるで威嚇する猫みたい、なんてどこか遠くで思いながら、エリナは無理矢理に笑顔を作ってつづけた。
「ごめんなさい、変なことを言ったわね。忘れてちょうだい」
「変な、なんて」
「とにかく」
エリナは、クーの言葉を遮った。
これ以上話してしまえば、クーにどんなことを言ってしまうかわからなかった。地雷を踏まれた、とでもいえばいいのだろうか。
エリナは、クーと友達でいたかった。友達なら好きになれたし、許せたのだろう。
それが、急に好意を求められたから、過去のトラウマを刺激されてしまったのだ。
「……とにかく、あなたが私にそういう関係を求めるなら、もう一緒にはいられないわ。……帰ってくれる?そして、もう、二度と私に顔を見せないで」
エリナは、自分でもどうかと思う、と思った。
クーは悪くない。ただエリナへの好意を告げただけ。それなのに、こんなに手ひどく拒絶して。
けれど、これを許して飲み下すには、エリナの、エリスティナの、打ち捨てられた前世の傷が深すぎた。
「エリナ、僕は」
「出て言って!」
エリナはヒステリックに叫んだ。
ぐいぐいと押し出すようにして、クーを家の外に出す。
まだ何か言うクーの言葉に耳をふさいで、ドアの入り口に座り込んだ。
「なによ、なによ、神様」
エリナはぎゅっと瞑った目から涙を流しながら、小さくつぶやいた。
「今さら、こんなことされたって、遅いのよぉ……」
なんにも信じられない。ごめんね、クー、ごめん。私が弱いせいなの、ごめんね。
エリナは、恋情という心だけは、もはやとうてい信じることができなかった。
声に出せない謝罪ばかりが喉に詰まって息が苦しい。
エリナは、そのまま日が暮れるまで、その場から動けないでいたのだった。
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