E.副作用
E-1
対魔局本部の上階に、宿泊可能の個室があった。
手狭な屋根裏部屋のようなスペースで、本来は倉庫のように扱おうとしていたところ、局長が『こんな日当たり良くできそうなとこ倉庫にするなんてあかんよ!』と言い出し、紆余曲折を経て個室になったのだ。
普段は仮眠室と呼ばれていたが、先日の『嫉妬の嫡主』襲来事件以来、謹慎室と看板を付け替えられ、一人の客人を迎えていた。
「うい~。おはよー」
「おはようございます」
始業時間と同時、対魔局局長・渚紗瞳美が謹慎室へ入ってくる。出迎えた天道花織子は、普段より質素ながら、隙のない身支度を済ませていた。
「だいじょぶ? 不便ない?」
「退屈なこと以外は大丈夫です。シャワーも使わせていただいてますし」
「うー、ほんとは新聞ばっかじゃなくてご本とかスマホーとか持ち込みたいけど、それすると反省してないカウントするんよねあの人ら~」
「まあまあ……楽しいですよ、新聞紙で脅迫状作るの」
「花織子ちゃんがヘンな趣味に目覚めとる!!」
花織子はこの数日、『謹慎室』にて寝泊まりをし、必要以上の外出を禁じられていた。
懲戒のためである。嫡主の影響を受けいていたことを差し引いても、今回の事件において彼女が働いた悪行は、看過しがたい規模であると見なされた。
特に、結果的にとはいえ一般市民の居住に甚大な被害を出したことが重く見られ、相応の処分を『上』から求められたのだ。
対魔局は特殊公営企業である。局長の手回しもあって基本的に身軽な立ち回りができているが、かように要求されれば従うほかない。
「まー、でもそろそろ自由の身になれると思う」
「そうなんですか?」
「一般市民からの声もまあ良い感じでな。もし人の被害が出てたらえんらいことになってたと思うけど、まあおうちの被害だけで済んだし、フォローも手厚くやっとるからねぇ」
「ありがとうございます。……本当はもっと罰を、私が受けるべきだとは思うんですけど」
「さすが兄弟。似たようなこと言うなぁ」
「……到理くんもそんなことを?」
「言っとったわ」
花織子が椅子に座っていたものだから、局長はベッドへ腰掛ける。ぽむりとその小さな身体がはねた。
「処分しない~言うと不服そうにしてね。えらそーに辞表なんか出してきたん」
「あ。もしかして暴走した時の……?」
「そ。まあ、辞表もその場でびりびりーってしてやったけどね」
「局長らしいです」
「んでもって食べてやったわ」
「局長?」
「ムシャムシャとな。半分だけやけど」
「局長? 何やってるんですか?」
「まあこれは、うちの持論なんやけどな」
ぱふん、と局長は横向きにベッドへ倒れた。
「『罰』なんてのは結局、納得のためにあるねん」
「被害を受けた人の、ですか?」
「傷ついた人のかな」
暗に、局長は罰を受ける人のことも示していた。花織子もなんとなくそれを察していた。
「傷を思い出すと、苦しくなる。だけど、それに伴って罰を思い出す。罰は下されたんや。だからもうそのことは『終わり』なんや。そう思うためにな」
「……だったらやっぱり、罰は必要なんじゃないですか?」
「必要というより、あると便利、だと思うべきやと思う。そんなものなくても、あのことは終わった、それより今だ、未来だ、って思えれば、罰が下ったかどうかなんて、気にならないもんや」
「なるほど」
概念的な話だな、と花織子は思った。
事実として、法治国家たる日本には法律があり、違反には様々の罰が加えられる。そこに人々の感傷というものはそこまで考慮されておらず、ただ社会的な必要性によって運営されている機能が、罰だ。
であれば、法はどうあれ社会を乱した自分には明確な罰がなければ、運営に必要がでる。そう思ったのだが。
「まあ、結局本当に『必要』なものなんてそうないと思うんよ」
局長は窓を通じて空を見上げた。
「わざわざ何かに、自分から囚われることはないんちゃうかなぁ」
「……誰でも局長くらい達観できればいいんですけどね」
「まったく。見習ってほしーな、人類のみなさんには。……あ!」
おもむろに、局長が起き上がる。花織子はぱちぱちと瞬いた。
「そういや到理くん、昨日退院したんやって」
「あ、そうなんですね……大事なくて良かったです」
「話したい? 話したいよね? 積もる話、つもりまくりよね?」
「え? ええと……」
「うん! て言い!」
「……う、うん……」
よっしゃ、と局長は立ち上がる。溢れ出すような金髪が、午前の光にきらめいた。
「じゃースマホ持ってくる! 解禁! インターネット解禁や!」
「え? そ、そんな……」
「ちゃんとSNSとかで生存報告とかしな! 自撮りとかもするとええよ!」
「してませんよそんなの~……!」
「じゃああの、なんか全然簡単でやたら広告出てくる怪しいゲームとかしよ!」
「なおさらしませんからね!!」
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