4-4(2)
作戦を聞かされて、私はすぐに飛び出した。
振り返ると、星良が立ち尽くしている。ボロボロになった私のことを見向きもしない。
(ほんとにダダさんの術の編集で……)
そして、それを確かめられれば躊躇いはなかった。家々の屋根を跳び渡り、赤黒い輪郭の魔物の元へ急ぐ。
(魔物を倒して、魔界の穴閉じて、嫡主を倒す!)
「……行け、るッ!」
腕を引く。拳を握り固める。跳躍して距離を詰め、胴体を殴り抜く。
魔物の巨体が悲鳴とともによろめく。着地し、さらに跳び上がって首元を掴んだ。
「うらああーっ!!」
勢いのまま魔物の前半身が浮かび、そして着地した私を支点としてぐるりと上下逆になって、地面に叩きつけられる。
とはいえ魔物の方も、投げられたから素直にこのままやられるようとはならない。
地面に叩きつけられてすぐ、跳ねるような勢いで身を起こし、私の拘束を振り切った。四肢で着地し、唸りながら私を睨む。
地を滑るように駆け出し始める。魔物の前肢が動いた。軌道を見切る。最低限の回避。アスファルトの表面が割れて散る。胴の下に潜り込む。
「いっせえの!」
胸を下から打撃し、そのまま宙へと突き飛ばす。さすが猫(虎だけど)の形をしているだけあって、落下しながら体勢を整えてくるが、だからどうにかなるでもない。跳躍して首元を下から捕え、勢いのまま地面に押し付ける。
「じっと……しなよ!」
魔物は暴れるが、本気で抑え込みにかかった私には敵わない。このままじりじりと、魔物の魔力を奪っていく。
「……!」
その最中、拘束を緩めるように腕を後ろに引っ張られた。目を向ければ、さっき私を掴んだ紫の手だ。
おそらくはその狙い通り、私の押さえ込む力が少しずつ緩み、魔物が次第に暴れ始めた。
「だったらねえ!」
だん、と下顎を蹴りつけ、跳躍する。私を掴んでいた手も諸共だ。
よく見ればそれは小さな球体が付け根にあり、つまりはネスを変形させたもののようだった。それなら対応は簡単で、順々に殴り飛ばせば良い。事実、それだけで手は吹き飛んでいった。
(後からなら簡単に対応できる!)
さっき苦戦させられたのは、やっぱり星良がいたからだ。攻撃から逃げたい瞬間に使われると痛い目を見るが、こちらの攻撃を止めさせられても、また攻撃に入れば良いだけである。
後方から銃声が聞こえてくる。星良の魔法の音も。
(……到理さん)
不安がよぎった。私などは、いくら星良の攻撃を受けても魔法少女の魔力が守ってくれる。今はボロボロだが、それでも数発は耐えられるはずだ。
到理さんは違う。ほんの一発でも、当たりどころが悪ければそれだけで倒れてしまう人だ。
(到理さんは無理を言ったり、無茶をしたりするような人じゃない)
『それが一番の解決策だ』
彼の言葉を思い出し、誰に対してでもなく頷く。
(信じてるよ。正しい判断をしてくれてるって)
想起は終わり、現実に意識を引き戻す。
私の見込みは正しかった。
嫡主の手だけでは、私を止めるにはまったく力が足りない。魔物への攻撃を少しばかり遅らせるくらいの機能しかなかった。
魔物は確かにいつも戦うものより強力ではあったが、はっきり言って私の方が強かった。民家の立ち並ぶ起伏や遮蔽が多い住宅地であれば、魔物の攻撃を凌ぐのも、魔物に攻撃を当てるのも、そこまで困難な話ではない。
「ははっ……!」
身体が軽い。
傷も疲労もある。流れた血と汗がべとついて気持ち悪い。でも、衣装の破れから内側に吹き込む風は、なんだか清々しかった。
きっと今感じているこの爽やかな気持ちは、幸福感とでも言うべきものなんだと思う。
信用できる人が背後にいる幸福。
全力で前進だけしていればいい、そういう幸福。
『オオォォォォ――――!!!!』
咆哮を上げながら、魔物の身体が崩れ落ちていく。
数度の攻撃の末の撃破だ。だがまだ終わりではない。
「嫡主っ、どこですか!」
『えーと南……南わかる?』
「わかんないです!」
『じゃあ動き始めて! それ参考にして誘導するから! ……そう! 今走り出した方角のまったく逆や! UターンUターン!』
局長の誘導を受けながら、住宅街を走る。ボロボロになっていたのは私が戦っていた近辺だけで、しばらく走れば意外と損傷は少なかった。
遠く背後から、派手な爆発音が幾度となく聞こえてくる。おそらくは星良の魔法によるものとは違う音も複数。一体何が起きてるのだろうか。
『優羽陽ちゃんそこや、そのへん! 探して!』
「見えてます! 待てーっ!」
局長に止められたのは、小さな教会のある一角だった。嫡主の姿は街灯に照らされてもなお濁っていて、一目瞭然だった。
私が追い、嫡主が逃げる。そんな関係が成立したのはほんの数秒のことだ。私が伸ばした手を幸運にもかわすと、嫡主はもつれた足で教会の扉の前に崩れ落ちた。
「待っ……」
「待ちません!」
がっしりとその肩口を掴む。魔力で形作られた人間の形が、触れた所から光になって溢れていく。
「あああッ……馬鹿な……馬鹿な! 何故!? お、お前……お前という最強の魔法少女を完璧に封殺していたのに……!」
「そうだね。私一人なら完全に負けてたけど……うわっ」
「くそっ……おお……治、治らないのか……力が……ッ」
嫡主が暴れて私を押しのけるが、なんとか立ち上がることしかできない。
最初に私が一撃を入れて傷を癒やす魔力を使い果たさせ、その上でこうして触れた時点で、嫡主は終わりだ。言ってみれば今の彼女は破れた袋のような状態であり、内容する魔力は流出する一方である。
「完全……完全の布陣であったはずだ」
嫡主が呻く。
「『恐怖王』を打倒したお前を侮ったことなどない……幾重にも策を敷き、失敗への対応策を設け、同格の魔法少女すら我が感情に染め上げ、仕立て上げた……!」
「……そうだね」
たとえ相手が魔界からの侵略者であっても、言葉を喋る知性のある人型を殺すような真似に抵抗を覚えないほど、私はプロじゃない。
だがそれ以上に、星良を巻き込んだことは決して許せなかった。その一点だけで、嫡主を終焉させる抵抗を忘れられた。
「ならば、何故……」
「……言ったでしょ、私、一人じゃないんだもの」
三方を敵に囲まれ、自分を削る提案した時に返ってきた言葉を、私は思い出す。
『自分から自分を捨てたりしないで!』
『俺に守られろ、優羽陽』
「……私より強くなくてもさ。私のことを想って、考えて、守ってくれる人がいるんだ」
「お、お……」
「だから負けなかった。そういう感じ」
「……それは、何とも……」
嫡主が膝をつく。その体がばらばらと魔力の粒子となり、崩れていく。
「妬、ましい…………」
それが最後の言葉だった。私はすぐさま通信機をつけ、連絡を入れる。
「……終わりました。はい。嫡主、ぶっ倒し完了です」
通信機の向こうで、皆の沸く声が聞こえた。到理さんがちょっと危なかったみたいだけど、それも何とかなったらしい。
「は~、終わった終わった……」
嫡主の最後に座り込んだ地点、その横に腰を下ろし、空を見上げる。
魔界の穴による紫色の濁りの向こうに、元のきれいな夜空の色が透けて見えた。
(……それにしてもなー)
最後、嫡主と話している間に思い出した、その言葉を思い出す。
「ふふ……私も大概、幸せ者だよね」
頬が熱い。ここまで激しい戦闘を続けてきたから、だけではない。
(好きな人に、あんなこと言ってもらえるなんて)
――誰にだって秘密がある。
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