4-3

 その不可解な魔力反応の動きも、対魔局は逃がさずキャッチしていた。

 だがその正体を理解するのが遅れた。そしてその遅れは、紛うことなく致命傷となった。



『……魔法少女の、魔力反応』

「何ですって?」


 局長の声は呆然とした様子で、だから俺はそれを聞き間違いだと思った。

 だが、次の発言は力強く、聞き間違える余地はなかった。

『魔法少女の魔力反応! 西の穴の近くや。優羽陽ちゃん大丈夫!?』

『優羽陽……!?』


 祈月が心配の声を上げたが、俺はそれを押しのけるように尋ねる。

「局長、どうして優羽陽の無事を確認してるんですか」

『それはっその……すまん、やっぱオペって難しい。ちょっと待ってな』

 通信の向こう、局長の深呼吸が聞こえる。


『ごめんな。ちゃんと説明する。まず、嫡主は西の穴の方角に逃げてたん』

 俺はバイクを路肩に止めてアプリを開いた。都市地図に、三つの穴。これだけで異様な状態だ。

『で、なんかそいつが止まったと思ったら、そこから魔法少女の反応が出てきた』

『……じゃあ、嫡主が魔法少女に……?』

『ちゃう。嫡主は嫡主で別や。魔法少女の反応に隠れてる。で、その魔法少女の反応が……』


 そう話している間にも、肝心の優羽陽からの応答が返ってこない。

 俺はもう、対魔局のアプリとは別にマップを開いて、優羽陽がいるであろう辺りへのルートを検索し始めていた。



  ◆   ◆   ◆



(……星良)


 その初めて浴びる光を、私は知っていた。

 魔力の激流が、魔法少女の私に与えられたバリアを剥ぎ取っていく。


 熱い。

 物理的な高温ではない。皮膚を剥がれたような、痛みの熱。

 これを食らうと、こんな感覚になるんだな、と、私は妙に冷静だった。



 強化された知覚が、ゆっくりと脳に情報を流し込んでくる。

 魔力を浴びながら、自分が吹き飛ばされる感覚。

 轟音の向こうから聞こえる、みんなの悲鳴。

 ザリザリとしたノイズの向こうから、通信越しに私の名前を呼ぶ声。


 やがてその轟く軌跡スターリング・カノンは止んで、視界に夜空が戻ってくる。

 吹き飛ばされた私は、屋根の上に転がされた。冷たくて固い板材の上。

 みんなの声がより克明に聞こえてくる。何があったんだ。助けて。危ない。

(危ない?)

 風を感じる。吹き飛ばされているからではない、近付いてくる、何か――



「……!!」

 それを回避をできたのは、多分奇跡に近かった。

 虎型の魔物の前肢が、私が一秒前まで転がっていた所を踏み砕いている。

 またも道路から上がる悲鳴。


「っ……この……!」

 全身に、痛みに近い痺れが走っていた。だが、なんとか声を上げる。

「……私は大丈夫だから!!」

 それは、地上の避難者に向けたものだ。

「魔物もそっちに向かったりしない! 慌てず避難して!」


 ぎらりと魔物の眼が私を捉える。

 他の魔物と同じく、赤黒い色をしている。だがその輪郭はずいぶんハッキリしていて、普通の魔物よりも鮮明に見えた。

 たとえば、普通の魔物の目は眼光くらいしか分からないが、こいつは眼球の構造まで見てとれる。ディテールがはっきりしている、と言うんだろうか。

「……これって強力ってことだったりするのかなぁ」


 魔物は返事をしてくれない。もう片方の前肢が動いたので、私は咄嗟に跳び退く。その私の目の前を、今度は下から前足が通過した。家屋は砕け、木片が飛んでくる……

(……それだけじゃない!)

 視覚の端に紫の光が見えた。さっき私を呑んだそれと同様の光。だが、さっきよりも細く鋭い。瞬く軌跡スターリング・フレアか? いや……

「星良、ならァッ!!」

 ぐい、と身をひねって、その光の方角を向き、身構えた。


 彼女がいた。

 ずっと一緒に戦ってきた仲間。

 もう二度と戦えなくなったはずの仲間。

 幸坂星良。流星の魔法少女。



 ガードを固め、全域制御ヴァーサタイル・リストレイントで衝撃を最大限防ぐようにした私と、星良の貫く軌跡スターリング・ランスによる突撃のどちらが強いか、訓練で試したことがあった。

 結果は私の負けだった。今回も同じだ。痛みと衝撃が接触点から伝わり、全身を壊していく。魔力のバリアが弾けていくのを感じながら、突っ込んできた彼女の姿を見る。

「良かったよ」

 衣装は黒、光は紫。眼まで紫に光っていて、表情はずいぶん怖いけど。


「――元気じゃん」



 私は笑った。


 そして吹き飛ばされる。


 道路と家並みを一つずつまたいで、塀に激突しかける。辛うじて電線に足を引っ掛け、衝撃を殺して着地点をコントロールできた。

 どうするか、考える暇はない。私はすぐに塀を踏んで屋根を蹴り、魔物の元へ向かっていく。


『……連絡取れました! 確かに星良ちゃん、おうちにいないみたいです!』

『そか……』

 マエさんの報告で、目の前の星良が間違いなく本物だということが確かになった。

 姿を現した私を、ぎらつく目で見ている。



「すみません!」

 通信機に呼びかける。

「私今からこっちに集中します! もう全然、話す余裕とかホントにないと思うので、どうしても用事がある時だけ、優羽陽! って呼んでください!」

『優羽陽……!』

「祈月それ用事じゃないでしょ~」


『分かった。集中しろ』

 到理さんの声と同時、星良の手元がキラキラと光った。もう返事をする猶予もない。

(あれは瞬く方)

 全域制御の応用で、通信機からほとんど意識を外し、星良の動作へ集中する。

 読みどおり、瞬く軌跡スターリング・フレアが来た。魔力の弾丸による攻撃。直線に飛ぶ高速弾と、曲線を描き敵を追いかける追尾弾がある。

(今回は高速弾!)

 初動でそれを見分ければ、対処は可能だ。私目掛けて飛来する高速弾を横にかわす。次ぐ攻撃も高速弾。横へ。高速弾。横へ。

 横へ横へと躱しながら、円軌道を描いて少しずつ側面へと回り込む。


(狙うのは魔物の方だ)

 一体何があって、星良がこんなことになっているのか、まったく分からない。

 確かなのは二つ。星良が私の敵になっていること。魔物が依然として暴れていること。

(星良をどうにかできるかは分からない。魔物はどうにかできる。星良が狙ってるのは私。魔物は無差別で暴れる)



「なら、そうするしかない……でしょ!」

 幾度目かの高速弾のタイミングで、私は横ではなく前へと跳躍した。

 もちろん一直線にではない。ぎりぎりで高速弾を回避できる軌道を見切ってのことだ。そして直線弾を避けた直後に、電柱を蹴って上方へ。その直後、私がいた所に紫の光を纏った星良が突っ込んでくる。

(ほら来た!)

 貫く軌跡スターリング・ランスである。弾丸で相手の動きを誘導して、突撃で仕留める。星良の得意とする戦法だった。


 背後で電柱が吹っ飛ぶ音を聞きながら、私はまた屋根へ着地する。虎の魔物を射程に捉えた。これといった目的もなく、ただ自分の領土を広くしようとするかのように、辺りの家屋を破壊している。

「家、壊れるし! 飽きたら人襲うタイプでしょ、君っ!」

 ネコのように気紛れなのは幸いだが、その大きな身体と運動能力があれば、避難しつつある人たちに追いつくことは簡単だ。


(こっち向かせる! 星良の攻撃を躱しながらやっつける! できる! 私ならできる!)

 心の中で反復する。信じることは強さになる。能力とは関係なく、そういうものだと私は思っている。

(横っ面に、一発!)

 斜めの屋根を水平に蹴り、こちらに向きかけていたその顔を殴りつける。


 いや、殴りつけようとした。


「!?」

 途中、がくりとその軌道が下向きに折れた。打撃に向けて振りかざしていた手は宙を掻き、私の身体は魔物の胴下を無様に転がる。


(今のっ……!)

 対応はできなかったが、何があったかは見えていた。

 だ。紫色の手が、私の足を掴んで引いた。そしてその手の正体にも思い当たる所がある。

(嫡主のアレ!)

 つい先ほど、ビル屋上で出されたネスのような球体。祈月が防いで私が壊したものと同じような色と質感をしていた。

 つまり、どこかに嫡主がいて妨害しているのか。辺りを見渡そうとしたが、当然身体の真下の異物を魔物が見逃してくれるはずがない。太い腕が薙ぎ払ってくるのを、なんとか避ける。


 だが、それを避けた次の瞬間には、聴覚が魔力の破壊接近を捉える。

(星良の轟くやつカノン!)

 足をもつれさせながら、前に飛び込むようにして大径のビームを回避。

 家並みを呑んだ熱光が背後数センチを通り過ぎた後、そこは魔物の真正面だ。魔物は尾で地を叩くと、前肢を出して私を捕まえようとする。右、左、左。すれすれを這い転げてかわす私に、ならばと鋭利な牙を剥き出しにする。


削身チャージ!」

 開かれたあぎとが迫る。全身を縮め、迫る魔物の頭の下部を狙う。その瞬間を妨害するように、地面から伸びる紫の手が私を掴んだ……もちろんそれも想定済みだ。

制御リストレイントァッ!」

 縮めた身体を伸ばす勢いで、掴んでくる手を振り払い、魔物の頭をすれすれで避け、そのまま下顎に蹴りを叩き込む。

 狙い通りの直撃。魔物が高く吠え、よろめいた。だが同時に、私も全身に痛みが走る。


っだあー!!」

 これなら大きな結果が期待できる。突破口も開けるだろう。ただ代価はそれ以上に大きい。

(まず痛いのムリだし、骨とか折れたら動けない度大きいし、治すのに魔力も時間も使うし……っ!)


 右肩と左脚に力が入らなかった。左腕で身を支え、右足で立ち、塀に背を預ける。……この動作すらも、全域制御の賜物である。

(魔力が切れたらなんにもできなくなる……)

 荒く呼吸をしながら、痛みが引いて傷が癒えるのを待つ……待ちたかった。だが、状況がそれを許さない。魔物は警戒して動きを見せなかったが、星良は攻撃を絶やしてくれないし、動きを止めれば嫡主の紫の手が伸びてくる。



 逃げ回りながら傷が癒えるのを待ち、それから数度、攻撃を試みた。

 そしてそれらは試みに終わった。星良の激しい攻撃と魔物の大質量の攻撃を受け、さらに思い出したかのように発生しては動作を妨害する嫡主の手により、魔物狙いの攻撃がうまくいかない。


(魔物。星良。嫡主。どれか一つでもなくなってくれれば……)

 どこかの家の半壊したリビングに転がって、私はそんなことを考えていた。

 訓練でも、到理さんとラジュンさんを同時に相手したことはある。だが、そこまでだった。それ以上の事態は想定されていなかったのだ。


 身にまとう白い布地はところどころ破れ、血が滲んでいる。

 衣装の破損と、身体への傷。どちらも魔力切れが近いことを意味している。



 状況を打破する手段ははっきりしていた。痛みを覚悟しての削身制御を数度使い、魔物を倒しきれば良い。

(でも、隙が大きすぎる)

 一度魔物に対してその手を打った時に上手く切り抜けられたのは、偶然だ。星良の攻撃は時間と共に精度を増して、一度目のように上手く凌げるビジョンが浮かばない。


 では、星良の攻撃を抑えるために削身制御を使うか? それも考慮したが、大きすぎる問題があった。

(……知ってる顔、殴れるのかなぁ……)

 訓練の手合わせだって正直躊躇を覚えるのに、それとは違うやらなければやられる戦いで、本気の攻撃しなければいけない。

 ちょっとばかり紫に発色しているからって、星良は星良。数週間前までいつも一緒にいた仲間だ。それを思い切り攻撃することはできるのだろうか?



(……私ならできるって、信じ切れればかっこいいんだけどね)

 対魔局での訓練の日々は、優羽陽にさまざまな行動の選択肢を授けた。

 だがそれは同時に、根拠なき妄信を許さぬ枷でもあった。



(……信じ切れれば、か)



『優羽陽』

 通信音声が私の名前を読んだ。到理さんだ。

『そちらの状況はどうだ』


「……痛覚……」


『うん?』

 イヤホンの向こう、訝しむ到理さんの声。気にせず、考えていたことを続ける。


「腕と足と全身の関節の痛覚。判断力。戦闘に関係しない星良との記憶。これを全部なくす」

『優羽陽!!』

 祈月の叫ぶ声が鼓膜を震わせた。そりゃ怒るよね。

『そんなの絶対……絶対駄目だから!』

「でも、そうすれば勝てるよ。勝ってみせる」

『勝つとかじゃなくて……!』

『……優羽陽』

「あ、到理さんは分かんないっけ。ええと、何て説明すればいいか……」


『説明はいらない』

 到理さんの声にも、やっぱり怒りが滲んでいた。

『その辺りの話は聞いている。そのうえで、俺もそれを早々に許すつもりはない』

 無意識に、唇の端が綻んでしまう。到理さんはそう言うだろうな。


「違うんだよ」

 でも、私だってお気軽にそれを提案したわけじゃない。

「早々に、じゃなくて、もう限界なんだよね。魔力がさ。ほんとに追い詰められたら、そういうことすらできなくなる」

 もしここでそうしなければ、数分後の私は後悔の底で敗北することになるのだ。

 そんなのは耐えられない。星良を盾にして手に入れたこの力を、使わずして負けるなんて。

「だからさぁ……」



『優羽陽』

 もう一度、到理さんが私の名前を読んだ。

『お前が、どうしても用事があれば名前を呼べと言ったんだ。だからお前を呼んだ』

 それは怒声ではなく、言い聞かせるような声だった。

『俺たちが、優羽陽に犠牲になれって用事を言いつけに来ると思うか?』

「…………ううん」

 到理さんも、祈月も、対魔局の人たちも、そんなことは言わないと思う。

 でも、それなら他の手段でこの状態をどうにかできるのだろうか? 痛覚・正常な判断力・記憶というチョイスは間違いないと思うが、これ以上の方法があるのか?


『よく聞け、優羽陽』

 到理さんが迷いない口調で言う。

『これから話す手順なら、お前も誰も、何も失わずに魔物を倒し、嫡主を退け、星良を押さえられる。そういう筋道を立てたんだ。お前が魔物と嫡主と星良を相手に頑張っている間に』

「ふふ……頑張ってるなんて。全然良いとこなんてなかったよ」

『だがお前にしかできないことをやりきってくれた。その結果お前は助かり、皆助かる』

「……皆助かる、か」


 私は身を起こして、壁伝いになんとか立ち上がった。通信機の向こうの声の気配が変わる。

『どうも。ダダさんだよ』

 対魔局の中でもすごい術を使うとかで、私たちの変身前の情報が世に出回らないようにしてくれてる人だ。

『本当は定時外に働くのは嫌なんだけど、局長から五倍の技術手当と時間外手当を確約してもらったからね。仕方なく働きます』

『ダダさん、すみません。手短に』

 到理さんの声に苦労が滲んでいた。おかしさにまた頬が緩む。


『これから、きみの情報を保護している術を一時的に変更する』

「変更? えーと……」

『ものすごくざっくり言うと、変身前の情報のみならず、変身後の太陽の魔法少女という存在に関する情報を、一時的にすごーくどうでもいいものにするんだ。対象は対魔局員を除く首都圏の全人間』

「……それって、そうなると、つまり?」

『きみのことがすごーくどうでもよくなって、攻撃とかする気になくなる。首都圏の全人間……つまり』


 私は息を呑んだ。

「星良から攻撃……されなくなる?」

『この術が魔物に通用しないことは本来憂慮すべき要対応事項なんだけど、今回はそれが良い方向に……』

「ダダさん、手短に」

『まあそういうことだ』


 私が勝利のために思い描いていた『どれか一つなくす』を、もっとも強力な星良を遠ざけるという形で実現できる。

 願ってもみないことだった。が、ダダさんは説明を続ける。

『ただし、きみの認識は少し間違っている』

「え?」

『すごーくどうでもいいものであっても……もし他にやることがなければ、彼女は君を攻撃するだろう。すごーくどうでも良くても、やっつけたい対象ではあるんだからね』

「な、なるほど……じゃあ、どうすればいいんですか?」


『別に何も?』

 ざっくりとしたダダさんの物言いには、しばしば突き放されたような気分になる。

『きみは別に特別なことをする必要はない。星良さんを無視して、魔物と嫡主を撃破してくれればいいんだ。きみはね・・・・

 含みある言葉に、ざわりと胸騒ぎを覚える。



 その答え合わせはすぐに行われた。

『星良の相手は俺がする』



  ◆   ◆   ◆



『バカ言わないで!!』

 祈月が上げたような怒声を、今度は優羽陽が上げる番だった。

『相手できるっ……わけないでしょ! 星良だよ!?』

「俺も良く知ってる。……なにか知らない技を使って来たりはしたか?」

『それはないけど……なんで到理さんができると思うの!? 魔法少女でもないのに!!』


 道路の左右、光を放つ街並みが過ぎ去っていく。

 初夏であっても、夜風はやはり冷たく、厳しい。俺は上着の襟を締めた。


「この際、できる、できないは問題にならない」

『何それ……』

「状況として、魔物は絶対に倒さなければいけない。嫡主も逃がすべきじゃない。それに対して、星良は倒す必要はない……恐らく彼女は、嫡主の影響で暴走しているだけだからな」


 あの日、『恐怖王』の影響はきわめて広域に及んだが、優羽陽が彼を撃破した所、直々に心を壊し尽くされた星良を除き、数分もかからずその影響は消えていった。

 嫡主の場合も同様だろうと予想できる。もし違っていたら、改めて対応をすれば良い。


「さらに、敵を確実に分断する手段として一番信用がおけるのが、ダダさんの術式変更だ。新しく何かをしたり、敵に直接何かを仕掛けたりする必要がなく、手元にあるものを少し弄るだけだからな」

『あの~、あんまりそれがカンタンって思われるのも不本意なんですが』

「すみません。ともかく……」


 ダダさんの突っ込みを捌き、俺は結論へ向かう。


「俺が星良を足止めする。その隙にお前が魔物と嫡主を倒す。それが一番の解決策だ」

『一番……って……!』

『優羽陽ちゃん。納得いかないかもだけど、うちもそう思うよ。うちはこの作戦、優羽陽ちゃんも星良ちゃんも必要以上に傷つけずに済むから、賛成したいと思ってる』


 局長の言葉に、優羽陽は少し沈黙し、やがて返してくる。


『……納得行きません』

「優羽陽……」

『確かにそれなら私は傷つかないでしょうけど……到理さんはどうなんですか? 星良ちゃん、きっと容赦しませんよ? ……ケガで済む保証、ないんですよ!?』

 その声は真に迫っていた。恐らく、実際に星良と相対したからこその危機感があるんだろう。

『だったら私がやった方が良い! 私ならケガも魔力で治るし、多少なくしたって生きていけないわけじゃない……なくすものが納得行かないなら、調整するから……!』



『……なくすなんて簡単に言わないで』

 今まで黙っていた祈月が、声を発する。押し隠しているようだが、震えていた。

『わたしは、今……東の穴と、北の穴。二つの魔界の穴の対応をしてるの』

『え? うん……』


『本当はそんなことしたくない』

 要領を得ない様子の優羽陽へ、祈月が断言する。

『優羽陽が危なくて……もし優羽陽がまた何か失わなきゃいけないなら、わたしは全部放って、今すぐ優羽陽の所に行く』

『ちょっと祈月……? そんなことしたら魔物とかネスとかが一般の人にさ……』


『わたしは名前も知らないような人何千人より優羽陽を守る、って言ってるの!!』

 つんざくような声だった。俺の唇が苦笑を描く。

『もしっ……もし対魔局が優羽陽を犠牲にするような作戦立てたら……わたしは絶対に従わなかったんだからね! そのわたしが、今頑張って、優羽陽じゃなくてなんにも知らないような人のこと守ってるの!!』

『きっ、祈月……』

『だから優羽陽も従って! 自分から自分を捨てたりしないで! お願い……お願いだから……っ!!』



 震え声の叫びの奥には、涙が滲んでいた。俺だから気付ける、押し殺した涙。

 祈月に泣いてもらえるなんて、まったく、本当に、本当に……

「……妬ましいよ」

『到理さん……』

 優羽陽の声は、動揺と困惑に揺れていた。


「俺はお前が妬ましい。妬ましいが……大切なものを失ってしまえば良いと思えるほど憎んじゃいない」

 イヤホンの向こう、優羽陽は押し黙っている。

「確かにお前が、そうだ。太陽のように自分の身を燃やし続ければ、きっと一人で何もかもを救えるんだろう」

『……うん』


「そうはさせない」

 知れず、俺の口元は笑っていた。

「お前を美しい自己犠牲のヒーローに、唯一の星になんてさせるものか。そんなの、妬むにはあまりにも難儀だ」

 ハンドルを握り、速度を落とさずカーブを曲がり切る。目的地はすぐ近くだ。

「俺に守られろ、優羽陽。それで人間でいて、引き続き俺を嫉妬させてくれ」



『……嫉妬なんてされる覚えはないんだけど』

「おいウソだろ」

 俺が食い気味に返すと、クスクスという笑いが聞こえてくる。

『わかったよ。乗った。……ありがとね、祈月』

『……ううん。良いの、優羽陽が優羽陽でいてくれれば』

『到理さんもありがと。それで……気をつけてね。絶対に』

「ああ」




 通信が終わってほどなく、俺は半壊した住宅地に辿り着いた。

 紫に澱んだ夜の空。禍々しい魔界の穴。

 その下に、彼女は迷子のように立ち尽くしていた。


(……星良)

 ダダさんの術式編集で優羽陽を見失い、当惑しているものと見える。

 だがそれは一時的なことで、ほどなく彼女は再び優羽陽を追い始めるだろう。他に狙う相手のない限り。




 不可能、である。

 魔法少女はあらゆる面で人間を凌駕する。それを打倒することは、ただの人間には叶わない。



 ただ、例外が一人。


 この地上でただ一人。

(対魔法少女戦闘マニューバ)

 それを知る俺だけが、魔法少女に勝利し得る。



「……久しぶりだな」

 バイクを降りて声をかけると、彼女は緩慢にこちらを向いた。

 黒い布地に、滅紫の装飾。濁った魔界の風に吹かれる少女。

 幸坂星良。


「それ、似合ってないぞ」


 俺は拳銃を抜き、彼女は軌跡の光を放つ。

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