2-4

 話した。



 すべてを話した。




 地下訓練場で優羽陽に抑え込まれたまま、俺はすべてを話した。

 すべて白日の下に晒された。もっとも、その時俺たちを煌々と照らしていたのは、白く冷たい蛍光照明だったのだが。



「――――」


 優羽陽は……気の毒なことに、もう最初のうちからほとんど絶句して、俺の話を聞くだけだった。

 俺が祈月を好きなことも、祈月が優羽陽を好きなことも。

 優羽陽にとってはそれら事実、すべて青天の霹靂だったのだろう。



「お前を疎ましく思う気持ちはある」

 語る俺を押さえつける力は、もはやなきに等しい。

「俺は少し変わった育ちで、まともな人生を送っていない。だからこそできる、戦えるという自負はあった」

「……うん」

「なのに、横から魔法少女とかいう連中が割り込んできて、そいつらは何の苦労もしていない普通の人間だったのに、俺たちより圧倒的に強く、魔物との戦いの最前線に立っている。疎ましくもなるだろう」

「あはは……そうだよね」


「だが、それは別に良い」

 優羽陽の困りきった笑みを直視できず、俺は目をそらす。

「俺たちの存在が広く知られないことをなんとも思わないと言えば、嘘だ。それでも、大した話じゃないんだ」

「到理さん……」

「太陽のような、ヒーローのような奴が、同じ目的を達成しようとしてる仲間にいる心強さ……その方が圧倒的に上だ。ネスだって、それの影に隠れるような、少しの疎ましさをエサにするものか」



「……で、祈月かぁー」

 その声には、諦めとも呆れとも取れる声が混ざっていた。

「可愛いもんね」

「…………」

「外見もそうだし、身振りなんかも……性格も大人しくて、女の子、って感じ」

「……ああ……」

「あれで結構頑固なところもあるんだけど」

「知っている」


「テレてんなよ」

 苦笑する優羽陽に額を小突かれる。

「こっちの方が照れたいくらいなんだけど」

「……悪い」

「祈月が私のことを、そういう風に見てるなんて……全然気付かなかった。そう・・なんだ、祈月って」

「そう、というのは……」

「同性の人が好きになる人ってこと。LG……なんとかとか言うんだっけ」

 その口ぶりは、当然だが困惑の方が強い。

「私の方は男の子のことを好きになることだって全然なかったのに、女子で、しかもよりによって私、かぁ……」



「…………すまない」

 俺の口をついて出た言葉に、優羽陽は笑った。

「謝んなくても」

「いや……全部俺が愚かだったせいだ」

 優羽陽は何か言いかけたが、だからと言葉を止めることはできなかった。

「祈月からそんなことを聞き出してしまったのも……ネスに憑かれて、嫉妬に駆られてお前をどうにかしようとしたのも、祈月のことをこうやって全部話してしまったのも……」


 懺悔しながら、俺の頭の中は自分への怒りやら情けなさやらでいっぱいだった。

 過去から現在に至るまでの俺の行動。感情。

 その浅ましいすべてが恨めしく、呪わしい。


 直前までしていた俺と祈月の気持ちにまつわる告白ですら、そうだ。

 俺は本当に、優羽陽に許されるためにそれをしていたのか? 優羽陽の動揺と困惑の表情を見て、二人の関係を決定的に破綻させることに喜びを感じていなかったと、言い切れるのか?

 自らが正しいと信じて取った選択すら、信じられなくなっている。



「そんな顔しないでよ。話させたのは私なんだし……」

「お前に強いさせたのは俺だ」

「そんなこと言ったら私だって到理さんの変な感じに全然気付けなかったし……って言い始めたらこれ延々続くやつでしょ! もう!」


 優羽陽は明るく振る舞っている。その事実が、いっそう俺を惨めたらしくする。

 俺の気を楽にしようとしてくれているのだろうか? だとしても……


「……誰にも話さないという祈月との約束も破ってしまったし、お前だって、元の通り祈月と接することはできないだろう」

「んー……」

「俺は一体、どうやって償ったら……」



「じゃあ、そこは忘れるよ」


 なんでもない風に優羽陽は言った。

「忘れるって……」

「今日、到理さんから聞いたことは……っていうか、今日の夜のことは全部忘れちゃおうか。その方がなんか、収まり良い気がするし」



「……何を言ってるんだ?」

 逸らしていた視線を持ち上げ、優羽陽の顔を見た。

 笑っている。

 作ったような明るさ、ではない。それは穏やかで、どこか儚さすら帯びていて。


「例え話だと思う?」

 その声は、囁くようだった。

「そんなことはなかったみたいに振る舞うことを『忘れる』、って言うよね。でも、私が言ってるのはそういうことじゃなくて――」




  ――誰にだって秘密がある。




「到理さんには、教えてあげる。今夜の話を終わらせるために。……あ、あと、仕返しのために」

「……何を、言っているんだ?」

 もう一度同じことを聞いていた。俺はその答えを知らなければならないと感じていた。

 優羽陽は笑っていた。


「『太陽のような、ヒーローのような魔法少女』の、本当の話だよ」



  ◆   ◆   ◆



「あああアアアァァッ――!!!」


 喉が割れんばかりの悲鳴が上がっている。

 叫ぶ彼女の名前は幸坂こうさか星良せら。イエローの衣装とリボン。流星の魔法少女。大切な友人。戦友。


 恐ろしい断末魔のようなそれを聞きながら、私は膝をつき、耳を塞ぎ、顔から垂れる汗の滴を見ながら、震えているしかなかった。

 見捨てていた。


『恐怖王』――

 澱むような紫に染まった空に、ひときわ大きな穴が空に開き、彼は現れた。

 人の形をしていた。性別は恐らく男性寄り。全身から凄まじい魔力を放ち、無数のネスと、魔物を引き連れて。

 ゴールデンウィークの終わり。

 再開された日常を、踏み砕いて。




 始めは、いつもの通りだった。

 魔物の数は多かったが、私たち三人なら負けなかった。私が突っ込み、星良が追撃し、祈月がフォロー。到理さんが後ろから指揮をしてくれて、対魔局の情報を元に動く。

 連休明けに大量の魔物が来ることは予見されていたし、それに備えて私たちは連休中、しっかり遊んでしっかり休んでいた。万全のコンディションでの迎撃だった。



 異変を真っ先に訴えたのは到理さんだった。

『……到理局員?』

 いつも冷静なエリさんが、気遣わしげな声で言った。

『バイタル、メンタル共に異常値が出ています。何か問題が?』

『……っ……いや…………』


 到理さんはじりじりと言葉を告げる。


『…………すまない。俺はここで待つ』

『え?』

『何が、かは分からないが……恐ろ……しいん、だ。自分でも、ただ魔物が大量にいる程度で恐怖を感じるのはおかしい……と、思う。何か、異常な事態が起こっている』



 到理さんの言葉は的中していた。

 恐怖は見る間に広がっていった。避難していた人たち。対魔局の人たち。その他大勢の人たちへ。

 それは本当に『恐怖』としか言いようがなかった。心拍数が増加し、全身が震え、脱力し、息が上がり、逃げ出さなければならないという強迫観念に迫られる。


『うち以外は全滅やね~』

 局員の方が皆動けなくなってしまったということで、対魔局からの通信は局長から発せられていた。幼く舌っ足らずで、緊張感のない声。

『みんな動けへんで、うーとかひーとか呻いとる。警察とかも駄目な感じや。一応他県にも連絡は回してるけど』

「近づいたらその人たちも同じになるんじゃないですかね?」

『せやね。まー、悪いひとも同じ状態やろから、犯罪とかは起きひんやろうけど。事故とか火事は不安かもなぁ』

「……ってか、なんで局長は無事なんですか」

 星良が至極もっともな意見を言う。

『うち、そういうの効かへんからね。自分らはどーう?』


「祈月が無理っぽいです!」

 そう言った私の隣で、祈月は階段に座り、壁にもたれかかっていた。大きく肩で呼吸をして、じっとりと汗が滲む。

 場所はビル前のエントランスだ。その上空に大きな穴が開いていた。

「ここに来るまでに魔物から一発直撃受けちゃって、そのせいかな」

「っ……いえ、大丈夫。大丈夫です、わたしも……」


「ここで休んでてよ」

 優しい声で星良は言う。

「祈月はここからでも力を使ってくれればいいから」

「そうそう! 無理しないの!」

 私もよしよしと、祈月の頭を撫でた。少し俯き、わずかに頷いた彼女をその場に置いて、私たち二人はビルへと足を踏み入れた。



「なんか、全然違う」

 二人並んでエレベーターに乗り、屋上階を目指す。

「今までは、過剰な恐怖でおかしくなるのは、ネスに憑かれたせいだった。確かにここまでいくつかネスを見かけたけど……」

「そだね。今日のはなんか、根っこから違う感じがする」


「……私も」

 星良がぶるりと身を震わす。

「ちょっと怖いかも。ドキドキしてる」

「今までにない魔物、だもんね。どんな奴なんだろう……」

「未知の敵、未知の現象……怖くなるのは当然だよね」

 自分に言い聞かせるような言葉だった。自分の今感じている恐怖が、何か知られざる現象ではなく、理知的な考えによるものだと信じたかったんだろう。


 エレベーターを降り、局長の指示に従い暗い階段を昇る。

 扉を開け放ち、初夏というにはまだ冷たい風を受けて、私たちはビル屋上にたどり着いた。



 そこに、いた。


「――」


 澱みきった紫の空。そこに開いた魔界の穴――その不吉な色彩をさらに濃くしたような人影。

 ローブのようなものを着ていた、のだろうか。しかしその顔つきは人間のそれと同じだった。肌は蒼白で、目は暗く。


「……っ、人、間……?」

 星良が漏らすと、彼は私たちを見た。

 それだけで、背筋が冷たく震え上がった。その震えは脳まで駆け上がって、頭の中に隙間風が吹き込んだようだった。

「あなた、何……!」



「――ファンスウィアの技術」



 理解の及ぶ言葉と、及ばない言葉の組み合わせだった。

 恐らくそれは独り言だったのだろう。その視線が改めて私たちを……『私たちの姿』ではなく、私たちを捉えると、彼らは静かに向き直った。


「お前たちの纏うソレを作り出した世界。それがファンスウィアだ。我々の侵略にもっとも強く抗ったモノたちだった。お前たちのような奴も数多くいた」


 乾いた喉に、ごくりと生唾を飲んだ。私も、隣の星良も、彼の言葉から耳を離せなかった。


「だが滅びた」


 彼が一歩踏み出す。


「我らに抗うことはできない。知性あればこそ、心あればこそ、これに抗うことはできない」



「……もう一度、聞くんだけど」

 星良は痛いくらいに拳を握り固めて、どうにか声を発することができた。

「あなた、何……?」



「『恐怖王』」


 短く告げられたその声すら、喉元に突きつけられた刃のように錯覚させられて、私の体は竦み上がった。

 縋るように星良の腕を握ると、その腕も震えていた。


「これよりお前たちを滅ぼす者だ」

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