第15話 女二人を抱いた男

 眠る直前で受け取ったアマネさんからの連絡は吉報だった。


 そうなるとこのままうかうか眠る気にもなれず、「今話せる?」と確認を取って通話することになった。


『ケイが帰ってから不思議とやる気がでてきて、そのまま直ぐネームを描いて編集に送ったら、いいって』


「そ、それって!」


『多分雑誌に載ると思う。連載になるかも』


「それはちょっとすごすぎない……?」


 もう日付が変わる寸前だけれど、俺がアマネさんの家を出たのも夕方くらいだった。かなりの短時間で描き上げたということになる。


『前より筆のノリがいいくらいだったわね。……編集からの返事が早かったのもあるけど』


 ――言われてみると、編集の人はこの時間でも働いているってことか。ま、それは置いておいて。


「連載ってことは、漫画は――」


『もう少し続けようと思う』


「そ、そっか! いや、俺の男らしさが役に立ってよかったよ」


『……それは、まあ、そうね』


 アマネさんは歯切れが悪かったけれど、俺と撮った参考写真が役立ったということでいいんだろう。


 あまり上手くいった気はしていなかったけれど、結果としてはアマネさんの漫画創作欲を刺激するすごいかっこいい男の写真が撮れていたということだ。


『改めて、お礼を言うわ。ありがとう』


「いや、俺の方こそ……わがままに付き合わせただけだったから、上手くいってよかったよ。また描いてくれて、ありがとう」


 言いたいことは伝え終わったのか、アマネさんからの返事が途絶える。


 俺は言葉を選びながら、配信のことを切り出した。


「明日、四人で配信して宴百年年末大宴会うたげひゃくねんねんまつだいえんかいのこと発表する約束だったけど、そっちも大丈夫? 漫画で忙しくなるとか……」


『それは平気。見ての通り、描くの早いから』


「そ、そっか。ならよかったよ」


 ただこれ以上踏み出せず、今度は俺が黙ってしまうと、アマネさんは察してくれたのだろうか。


『配信も一旦やめる話は忘れて』


「えっ、本当っ!?」


『……そんなあからさまに喜んで。別にわたしがやめても困らないでしょ』


「そんなことないよっ!」


 思わず声に力が入った。


『そ。……ま、そう言ってくれるのは嬉しいわ。振り回して悪かったけれど、またしばらくよろしく』


「こ、こちらこそ」


 それじゃあまた、とアマネさんは言い残して通話が終了した。


 その後ベッドに潜り込んだけれど、突然状況が好転したことに実感が追いつかず、俺は中々寝付けなかった。


 トモとアマネさんのことが頭に浮かんだ。


 トモとアマネさんの二人が、優しく俺の両側から抱きついてくる。優しく頭をなでられて、腕を絡めてきた。


 二人の体は俺から離れることなく、次第に顔が俺の頬に近づいてきた。顔じゃなく――唇が――俺の頬に。


 俺は顔を赤らめ、ボリュームのある黒いボブカットの毛先を弾ませる。スカートの裾を押さえて、二人を受け入れるように――。



「っていやいやいや!! 夢っ!! 夢――っ!!」


 いつの間にか眠って、夢を見ていたらしい。


 気づけばもう朝で、俺は背中に嫌な汗をじっとりとかいていた。


 すごい夢を見てしまった。いろいろと文句を言いたいことはある。ただまず。


 ――何で俺夢でまで女装してるんですかっ!?


 俺の精神状態は朝ご飯をしっかり食べて、学校に着いてからも回復していなかった。


 教室に入って直ぐ、ドアの前でナズナと鉢合わせた。


「どったの恵君? また浮かない顔しちゃって」


「……ナズナ」


 相も変わらず元気そうな幼馴染み、三原みはらナズナが俺を心配するような、からかうような顔で聞いてくる。


「ちょっと夢見が悪くて」


「へぇ。どんな夢だったのん?」


「……知り合いの女の子が出てきた。二人」


「あら、やらしぃわね恵君ったら」


 今度は完全にからかう顔だった。ナズナは鼻の穴大きくして、ふすふすと笑う。


 俺はため息をついて、自分の席に座る。


 ナズナも追いついてきて、定位置の前の机に腰を下ろす。


「ごめんって、冗談。でもさ、何かあったってことじゃないの?」


「……まあ、何かはあったけど」


 ナズナにはVtuberになる手伝いをしてもらった関係で、そのままいろいろと相談している。


 最近配信が変ににぎわって困っていることや、発端のオフ会の話も少しだけしていた。


 もっとも約束通り、オフ会で知った他の性別不詳組の面々――トモやアマネさん、ミィさんの個人的な情報についてはナズナにも話していない。


 だからトモやアマネさんのことは話せないが。


「ちょっと、最近ネットで知り合った女の子と――」


 話せないことがあるせいで大分遠回しになってしまったし、女装のこともさすがに隠したかったので、本当に軽くだがアマネさんの家であったことを話した。トモとアマネさん、二人とで二回あった撮影会のことだ。


「へぇ、その夢に出た女の子二人とはやっぱ良い感じだね」


「い、良い感じって、ただ写真撮っただけだって」


「でも腕くんだり、ハグしたんでしょ?」


「……撮影で必要だったから」


 そう言ったが、俺はナズナに説明している間も思い出して顔が赤くなっていることを自覚していた。


「だって嫌いな相手とはしないでしょ。プロのモデルさんじゃないんだからさー。恵君だって、そうじゃない?」


「いや、俺は交換条件――どうしても断れない理由があって」


 しかし二回目はどうだったろう。


 アマネさんとの写真撮影は、むしろ俺が最後の一押しをしたくらいだった。


 あれが嫌いな相手だったらどうだろう。たしかに、一緒には撮らなかったと思う。


「そんなことないって。向こうにもいろいろ理由があって、必要な写真だったんだよ」


「ふぅん。恵君は? 嫌いな相手ではないとして、気のない相手だったの? 全然なし?」


「そういうのじゃないんだって!」


 と否定するが、実際のところ元から俺にわずかながらあったやましい気持ちが、日に日に増していることは認めざる得なかった。


 ――つまり、ナズナの言う通りなのだ。


 俺は二人のことを意識しているんだと思う。けれど、同時にそれがダメだということもわかっていた。


 これから配信を一緒にやっていく仲間だ。変な気持ちを持っちゃいけない。


 特に、トモは親友だ。向こうだって俺のことをそう思っているはず。リアルでは異性だったってわかったからって、直ぐ心変わりしてそういう目で見るなんて最低だ。


「まーさー、恋愛感情なんてどんな相手にでも突然抱くもんだし、あんまり身構えない方がいいんじゃないの? 恵君は特に変なところで肩肘張っちゃう方じゃん。特に女の子相手だと」


「そうかな? ……身に覚えはないけど」


「うーん、ま、さておいて、今日は夜に重大告知あるんでしょ? 配信予定来てたけど」


「ああ、そうなんだよ! 実は――」


 大人気Vtuber宴百年うたげひゃくねんセレネさんから企画に呼ばれたこと、それも年末の一大イベント『宴百年年末大宴会』への参加が決まったことを教えた。


 告知前だが、ナズナ相手ならいいだろう。


「えーっ! すっごいじゃん! おめでとぉー。恵君前からセレネのファンだったもんね」


「うん、正直まだ全然現実感もないくらい嬉しいよ」


「もうセレネと話したの? 企画の打ち合わせとか」


「それはまだ。一応話す予定はある」


 会議通話でだが、配信前に直接セレネさんと打ち合わせで話す予定があった。ファンとしてはかなり楽しみだし、同じ配信者としてはとても緊張している。


 俺がそわそわと喜んでいると、ナズナは肩をばんばん叩いて笑顔になった。


「なんにせよめでたいねーっ! これはあたしも、恵君のアバターに新衣装とか用意しちゃおうかなぁ」


「えっ、いいの?」


「最近時間あるし、ホイップ山盛りパンケーキ二回でいいよっん」


「お祝いって流れじゃないのか……」


 などとあきれながらも、パンケーキ二回で新衣装を用意してもらえるのは破格の値段だ。


 前回のパンケーキ一回よりも値上がりしているのは気になるところだが。


 ――そして、夜になり告知配信が始まる。

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