第14話 ふしだらな写真
かっこいい男としての俺をアマネさんに見せて、いろいろと撤回させる――っ!!
そう意気込んだのだけれど。
「ほら、たくさん食べて!」
と俺はアマネさんの家のキッチンを借りて作ったオムレツを振る舞う。
オムレツ。卵を溶きほぐし、優しく包み込むように楕円状に焼き上げる、シンプルかつ洗練された料理である。
「……なに、これ? スクランブルエッグでもないし、卵そぼろでもない……なに?」
「アマネさん、オムレツ知らないの?」
「この形状のもの初めて見た」
――非常に残念ながら、初めてつくったため失敗してしまった。
固まった大きい焦げ茶色の塊もあれば、フライパンにへばりついてバラバラになった小さい粒もある。
非常に多種多様な黄色と茶色の集合体が皿の上に置かれていた。
「……騙された。あなたみたいなキャラって料理上手いのかと思ってた」
「す、すみません。実家暮らしで……でもお料理動画とかたまに見るからいけるかなって」
「味は……特に言うことない」
アマネさんは見た目の悪いオムレツをむしゃむしゃと無表情で食べている。
ケチャップでハートマークを描いたが、愛の力は通じていないようだった。形だけだしな。
「それで、なんで料理つくったの?」
「今の時代、かっこいい男ってのはキッチンに率先して立ち、料理できる男だろうって」
「……その価値観は別に否定しないけど、品質の考慮はしてほしい」
「どう? 料理してる俺、かっこよく撮れた!?」
前回もそうだったように、今回もまず俺一人の写真から撮ることになった。
女装しているからって、可愛らしいポーズを散々撮らされて苦い思い出しかない。
今回も同じようにまず俺一人の写真を――となり、俺は理想のかっこいい男を披露してみたのだ。
「キッチンの前であわてふためく無様なケイしか撮れてない」
「……す、すみませんでした」
だが俺も最初から直ぐ成功するとは思っていない。
他にもいくつかアイデアがあったので、順々に写真を撮っていく。
――しかし。
「もしかしてふざけてる? それともこれ、女装男子の日常風景用の資料にしろってこと?」
「ま、真面目にやってるつもりなんだけど……」
しかし想像と違って、どれも失敗ばかりだった。
意気揚々と始めた分だけ、背中に嫌な汗を感じる。
「次は? 腰でも振って踊る?」
アマネさんは眠そうな顔で言う。計画ではすでにだいぶ温まっているはずだったが、冷め切った空気の中で俺は心が折れかけていた。
――俺って、もしかしてあんまり男らしくないのか? いや、ちょっとシチュエーションが悪かっただけだよね。
室内で撮れる写真だけだったし、外だったらもっと男らしかったはずだよ。
「そろそろアマネさんも一緒に撮ろう」
「……別に、ケイ単体だけでも漫画は描ける」
「えっ? でも二日前のときは、トモも一緒に」
「あるならあった方がいい。でもほら、わたし……」
ほとんど無表情なままだが、かすかにアマネさんの顔が曇った。
「見ての通り、背が低いからキャラ栄えもしない。だから写真はなくていい」
「えぇ……」
撤収しようとするアマネさんの背をまたなにもできず見送るのか――。
結局このままでは男らしい部分を見せられないままだ。写真を元に、もしかしたらアマネさんが編集も納得する漫画を描いてくれる可能性はある。
ただ、それでアマネさんがこれからも漫画を描く気になるのだろうか?
何より、俺はこのまま引き下がって良いのか。
――アマネさんの背はたしかに低い。でもそれが悪いことなのか? ん? むしろ俺と並んだとき、身長差があって、俺がより男らしく見えるんじゃないか?
「やっぱり撮ろうよ、アマネさん!!」
俺は階段を登ろうとしてたアマネさんを呼び止めた。
そうだ。考えてみればアマネさんの家は豪邸で、俺がいつもよりスケールが小さく見えていた気がする。天井は高いし、おいてある家具はどれも高級品で並んだ俺が男として見劣りしていたんじゃないだろうか。
だが小柄で可愛らしいアマネさんと並べば、俺の男としての魅力が解放されて、
「な、なんでそんなに撮りたいの……」
「アマネさんと一緒に撮りたいんだよっ!!」
アマネさんの小さな背中に追いつき、不思議そうに見上げてくる彼女の肩を力強くつかんだ。
「ね、撮ろうっ!!」
「な……なによ……そんな……」
アマネさんうつむいてしまい身長差的に後頭部とうなじくらいしかみえなくなってしまうが、「わかった」と小さな声で了承してくれた。
「俺、二回目だし任せていいから!」
「……年下のくせに。そもそも前回はわたしの指示通り動いただけで、顔赤くして震えてただけだったから」
そう言いながら、自分も顔を赤くしたアマネさんの小さな手をそっと握った。
間近でみると、背が低いだけでなくすべてのパーツが小さく、そして整っている。まるで人形みたいだ。
伏し目がちな目は、大きくて長いまつげはくっきりと影を残していた。
――二回目、なんて言ったが俺もやっぱり緊張してくる。
「手のアップと、それから上半身と全身をアングル別で撮ればいいんだっけ?」
「そう、だけど」
三脚に載せたカメラで撮るので、今回は俺とアマネさんがいい具合に移動したり、しゃがんだりと自力で調整することになった。
前回と比べるといろいろ不便さがある。
服装も、着替えておらずそのままだ。
俺は学生服で、アマネさんは仕立てのいいワンピースを着ている。
おまけに足下も、前は「これは撮影用の靴だから、室内でも気にせず履いていい」ってアマネさんに出してもらった靴に履き替えていたのだが、今は二人ともスリッパのままだった。
ようするに、俺はサイズのでかいスリッパを履いていて、手をつないだまま移動したタイミングで滑ってしまったのだ――。
「あっ……つぅっ!」
咄嗟に共倒れになったアマネさんの下へ、抱え込むように体を入れて受け止めた。背中が床にぶつかった衝撃と腹の上にアマネさんが落ちてきた衝撃をダブるで食らってうめく。
痛みにびりびりしながらも、俺は慌ててアマネさんの状態を確認する。
「ごめんっアマネさん、大丈夫!?」
「……わたしは平気。ケイこそ、すごい音と声だったけど」
「お、俺も大丈夫。ちょっとあの、さすが豪邸だけあって丈夫な床だね」
幸い勢いはそこまでなかったし、アマネさんは見た通り軽かったので、少しすれば痛みも引いてきた。
俺の体の上をアマネさんがもぞもぞと動いた。冷静になると俺はアマネさんの小さな体をぎゅっと抱きしめる体勢になっている。
「ご、ごめん! 直ぐ離すから」
「……う、うん」
二人ともどうやら無事のようだ。お互いもう一度体は平気か聞きあったが、俺は頭をぶつけなかったし、アマネさんもなんとか俺の体で受け止め切れたようだ。
撮影を休んで休憩することになった。
ソファーに座って紅茶を飲む。落ち着いてくればくるほど、さっき強く抱きしめてしまったアマネさんのことが気になってくる。小柄だけど、やっぱり女の子の体だった。柔らかくて、壊れそうな。
なんだか気まずい。アマネさんも黙ったままだ。
どうしてだ。怪我はなさそうだったが、デカいスリッパでこけるという俺のアホさ加減にあきれているのかもしれない。
いや、まてそういえば――と、前回トモとの写真撮影で、軽いハグ写真を撮影した後にこんなことがあったと思い出す。
『か、感想とかないの……?』
『感想って?』
『は、ははハグの感想っ!!』
『えええぇ。感想とか言うものなのそれ?』
――そうだ。感想だ。
実質ハグ、いや前回の撮影のときよりも強く抱きしめてしまったのに、俺はまだアマネさんに感想を言っていなかった。
「あ、アマネさんっ!!」
「なによ」
「アマネさんの体、よかったです。抱き心地よくて、癒やされました。背中ぶつけた痛みも正直ちょっとあったんですけど、自然と忘れるくらい至福の時間でした」
「は、はぁ?」
初めてハグの感想を言ったものだから、俺はおかしなことを言ってしまったのかもしれない。
アマネさんが今までになく目を見開いて驚いている。
「……そ、そう。……えっと、写真はもう十分だし、今日はそろそろ帰ったら」
「あ、はい」
――というか、完全に退かれた?
ダメだ、言ってから冷静になると、もっとこう違う褒めようがあったと思い当たってくる。
触り心地とか柔らかさみたいな具体的な話はやらしいかと思って避けたが、匂いとか視覚情報とかもっといい褒め方はあったんじゃないか。
しかしもう一回褒め直せる雰囲気でもない。俺は促されるまま家へ帰ることにする。
作業部屋から脱いだ上着とコートと鞄を持ってきて、俺はすごすご玄関へと向かった。
――かっこいい男を見せるはずが、最後まで失敗ばかりだった。
「ケイ」
見送りに来てくれたであろうアマネさんに呼び止められる。
陰鬱な俺は、どんよりと振り返ろうとしたのだが、その前に背中へ何かがぶつかった。
腰とその少し上の背中に、温かさと柔らかさ――アマネさんだ。
「ええっ!?」
「さっきのは少しかっこよかった。……ありがとう」
そのまま、俺は見送られるまま家の外に出た。さっきのが何だったのかと聞けば、「漫画の参考に後ろからハグする写真がほしかった」と言われる。なるほど、資料用だったのか。
それでも、いきなり背中から抱きつかれたことにまだ俺は全然落ち着きを取り戻せていない。
どぎまぎとしながら駅に向かうすがら、トモから通話がかかってきた。
『今日はごめん、行けなくて……そっ、その、大丈夫だった?』
「あーうん、えっと」
失敗ばかりだったと正直に言えば、余計トモが罪悪感を抱いてしまうだろう。何か上手くいったところを報告すべきだ。
――上手くいったこと全然ないな。そうだ、かろうじてあれはトモのアドバイスを活かせた。
「アマネさん抱いた後、ちゃんと感想言ったよ。ばっちり!」
『だ、抱いたっ!? あ、あれよね、私にはわかるからね。写真撮影のときのあれだよね?』
「いや、そっちじゃなくて……ちょっとした事故で」
『事故で抱いたの!? え、抱くって本当にそっちの意味で!?』
たしかに俺も第三者から聞いて、事故で抱きついてしまうなんてどんな事故なのかとなる。スリッパのことから説明しようとするが。
『わ、私が行かなかったからって、男見せるってやっぱそういうことだったのね!? ドスケベ大王っ!! ハプニングエッチなんて最低っ!!』
「ま、待って、たしかにちょっと悪いのは俺なんだけど――」
『ひどいっ、は、初めては私と……もうケイなんて知らないわよっ!!』
――通話が切れてしまった。
アマネさんとのことも上手くいかないし、トモも何故か怒り出すし、本当上手くいかない一日である。
そんなさえない一日で終わると思ったが、夜にまたアマネさんからメッセージが届いた。
『漫画、上手くいった』
――え? いや、よかったけど早すぎない?
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