第13話 男女一つ屋根の下

 トモは、アマネさんにも急に行けなくなったことを連絡して謝っていたようだった。


 俺も念のため「一人になったけど行っても大丈夫?」と確認したところ問題ないそうだ。


 二度目にもなると豪邸にもなれて、平然と招かれるままに入った。気が大きくなって、スリッパも前回来たときより大きいサイズにした。男らしさの前触れだと思ってもらいたい。


 今回は最初から作業部屋に案内された。


「ボツになった漫画って見せてもらえるもの……なの?」


 まずは女にしか見えないという俺がモデルの漫画を確認しようと思った。


 これ次第で俺がするべきこともわかるかもしれない。


「……いいけど、あるのはネームとキャラの設定画だけ。えっと、ケイって未成年よね?」


 アマネさんはデスクチェアに座って、サイドテーブルからクリップで留められた紙の束を引っ張り出して言う。


「え? そうだけど」


「はい。一部だけどこれ」


 と束の中から何枚か選んで渡してくれる。


 受け取った束の一枚目を見て――。


「これ、トモ? 似てるし……上手い……」


 描かれていたのは、髪の長い女の子の全身図だ。正面と横と後ろの三つが並んでいる。


 アマネさんの描いたイラストは漫画として完成されていて、それも今回は生身の人間がモデルというのを巧みに絵に落とし込んでいる。


 すごい技量だ。


「で、二枚目は……」


 また女の子の絵だ。今度は二人いて、それぞれ別に正面と横と後ろの三つが描かれている。


 並んだ女の子は髪のボリュームとまつげの濃さくらいしか違わないように見えた。双子の女の子かな?


「それはケイ」


「えええぇ!? お、女の子でしょこれ!」


「女装したケイもいるから」


「……逆にどっちかは普段の俺なの、これが?」


 女装した俺がこのどちらかなのも受け入れがたい上に、もう一つが女装していない普段の俺というのは全く理解できない事実だった。


 ――いやでも、アマネさんが描くとどのキャラも可愛い女の子になっちゃうとかそういうことだろう。

 ナズナも可愛いキャラのが得意だって言ってたし。百合専門の漫画家ならそうであってもおかしくないはずだ。


 と幼馴染みのイラストレーターが言っていたことを思い出して、冷静さを保つ。


 続けてネームの方も見ると、俺とトモがモデルの二人の仲睦まじい姿が何ページか描かれていた。日常ものとかそういう部類だと思う。


「これはたしかに百合にしか見えない……」


「もともと普通の男で描くのが上手くいかなかったから仕方ないことね。……モデルが悪いのはさておいて」


「ちょっ、ちょっと!!」


「冗談。むしろ感謝しているくらい。いつもより筆のノリもよかったし。……ま、わたしはやっぱり百合の方が描いてて気楽だったし、それ以外を描く必要あるならもうやめようかなってこと」


 やる気がでなくなった理由か。


「でも、せっかくプロの漫画家さんなのにそんな簡単にやめちゃって……」


「せっかくじゃないのよ。……見ての通り、家が裕福で最初から良い環境を用意できるし、わたしけっこう器用みたいで始めたらほとんどなんでも直ぐ上達するの」


 自慢するわけでもなく、淡々とアマネさんが言う。


「小学校のころはいくつか楽器もやった、ピアノとかヴァイオリンとか。同年代のコンクールとかに出られるくらいになったくらいで飽きちゃった。中学のときはスポーツとか、あとは語学も一瞬だけはまってた。だから今でも一応八カ国語は普通に会話するくらいならできる」


「すごっ、スーパー天才キッズだっ!!」


「……変な横文字やめてくれる?」


 じとっとした目でにらまれたので、スーパーを撤回することにした。


「それで、漫画と配信も?」


「そ。配信は一年くらい、漫画は二年くらいやってたかな」


「配信まで、なんでやめるの?」


「区切りついたかなって。ほら、年末のあれ」


 年末のあれ――大人気Vtuber宴百年うたげひゃくねんセレネさん企画の宴百年年末大宴会うたげひゃくねんねんまつだいえんかいのことだ。


 Vtuber界隈での一大イベントだから、もうあれに呼ばれてしまったら、次の目標が見えなくなる――というのはたしかにそうだ。


「でも、視聴者が……ファンが――」


 俺は配信を楽しみにしている視聴者がいるのに、そんなにあっさりやめていいのか――なんて当たり前のことを言おうとした。


 だけど、俺だってついこないだ、ナズナの提案でしばらく休止しようかなんて考えていたくらいだ。


 配信するかどうかは本人の自由だし、俺だってどこまで視聴者のことを大事にできていたかなんて怪しい。


「もう説明は十分?」


 アマネさんに言われて、俺は仕方なく頷いた。


 もっとアマネさんを説得できる糸口はないのか――と願うものの、今の俺にできるのは、男気を見せることだけだ。


「俺がまた漫画の資料用に写真撮れば、最後にもう一回漫画描いてくれるんだよね?」


「設定画とネーム、描いて担当に見せるくらいならね。でも気乗りしなかったら途中でもやめるから」


「それでいいよっ、俺もこのままじゃ終われないもん」


 制服の上着を脱いで、腕まくりし、やる気十分なところをアピールした。


「……トモがいないけど、どうするつもり?」


「え、アマネさんと撮るつもりだよ」


「はい?」


「俺とアマネさんで漫画の参考モデルしよっ!!」


 アマネさんは、今までになく無気力な顔でもう一度「はい?」と聞き返した来た。


「トモがいないんだから仕方ないし、アマネさんお願い。セルフタイマーとかで撮れば、カメラマンいなくてもなんとかなるよね?」


「……リモトートシャッターならあるけど」


「よし! じゃあやろう!」


「待ちなさい。ケイ、あなた自分で何言っているかわかってる? それってわたしとケイが手をつないだり、ハグしたり――」


 アマネさんにない分、俺はやる気十分だった。


 カメラと三脚を片腕に持ち、もう片方でアマネさんの腕を引いて作業部屋を飛び出した。

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