第12話 悩めるつぼみ

 自室に戻り、パソコンの電源を入れて配信でもやろうか、と思った矢先だ。

 アマネさんの訂正で、俺の配信がどれくらい元に戻ったか試すつもりだったが、そんな場合ではなくなってしまう。


 アマネさんからの突然の『漫画もVtuberもやめる』という連絡は、俺とトモの宛てに送られていた。


 手伝ってもらったことだけれど、上手くいかずやめる――だから『ごめん』と先に謝ってくれたのだろう。


 メッセージには続きがあり、Vtuberの方は直ぐにはやめないこと、年末のコラボ企画が終わってからほとぼりが冷めたころやめようと思っている。と書かれていた。


 迷惑をかけないよう、考えていてくれているのはわかるけれど。


 ――いやいや、そんな急に。


 俺は直ぐに返信しようと思ったが、文面が思いつかず、けれどもいてもたってもいられかったから通話をかけた。


『なに?』


「アマネさん、何じゃないって!! メッセージのこと、やめるって」


『……悪かったわ。はい、通話でも謝ったんだからこれでもういい?』


「謝ってほしかったわけじゃないよ。……元々協力したのも交換条件だったし、俺に謝る必要なんてない」


 アマネさんの感情が見えない声としゃべり方に、俺もどうしていいのかわからなくなってくる。


 止める? ――Vtuberとしては仲間で友人だ。止めるのが普通じゃないか。


 漫画は? ――手伝ったといっても交換条件だ。ついこの前、漫画家だったことを知ったばかりだ。今まで百合漫画を書いていたということ以外は、どんな漫画かもわからない。


 俺がするべきことは――いや、俺がすることじゃなくて。


「俺がほしいのは説明! 女装のときもそうだけど、全然教えてくれないで勝手に話進めて……っ!! ちょっとは周囲の人にもさ、説明してよっ!!」


『……漫画、ダメだった。編集に見せたら、百合と全然変わらないって。ケイがほとんど女の子と変わりないから」


「えっ!? 俺のせいなの!?」


『ケイのせいじゃない。ただ昔からそう、やる気が長く続かない。……漫画も、Vtuberもそうなっただけ』


 やる気がなくなった。そう言われると、俺にはなにもできないのか。


 いや、それで終わらせちゃダメな気がする。漫画を描く大変さを知っているわけじゃないが、昨日の今日で作品を形にしてもう編集に見せたというのは――たとえそれがダメだったとしても、十分すごいことなんじゃないか?


 でもそれを俺が言って何になる? 頭の中でいろいろ考えるが、結局はアマネさんのことも漫画を描くことも――多分Vtuberや配信のことだって、俺は誰かに何かを言えるほど知っているわけじゃない。


 だけど、ただ一つはっきり言えることがあった。


「やっぱり納得できない。もう一回チャンスをくださいっ!!」


『……わたしは納得している。気も乗らない以上やめて終わり』


「漫画のことじゃないよっ!! 俺が、女の子と変わりないって!? そんなわけないよ! もう一回書き直してください」


『……はぁ?』


 そうだ。モデルが悪いのはわかる。トモは美少女だけど、俺は特段目立つ容姿でもない。


 でも、俺が女子にしか見えなかったから漫画がダメになったと言われては、男栗坂恵くりさか・めぐみ、退くわけにはいかない。


「明日もう一回写真を撮って、それ参考に漫画書き直してください!! すげえ男らしいとこ見せるからっ!!」


『だから私は百合専門で、女装男子だから描けただけ。普通の男は……ま、ケイならどうせ男らしくはならないと思うけど』


「言いましたねっ!? 明日家行きますっ!! 男見せるんで覚悟しておいてくださいっ!!」


『……ま、最後にもう一回くらいなら、描いてもいいけど』



 翌日の放課後、俺はまたトモと待ち合わせてアマネさんの家に行く予定だった。


 アマネさんから来た『やめる』宣言と、もう一度俺がモデルをやり直すよう頼んだことを伝えると、トモも『私も行く!』と了承してくれたのだ。


 だが駅で待っていると、トモから通話がかかってきた。


『ご、ごめん、ケイっ!!』


「どうしたトモ?」


『いつも平日の放課後入ってくれているバイトの森崎さんが――あ、この前ケイが来たときにもいたあの――』


「あー、あのお姉さん」


 トモの実家であるケーキ屋に、以前一度いったときシュークリームと紅茶を出してくれた女子大生風のお姉さんだ。


 スタイルがよくて包容力もありそうな、大人のしっかりした女性という印象だった。


『風邪で今日バイト休ませてほしいって……それで、他が見つからないから私が手伝うことに……』


「それなら仕方ないって、家の方優先してよ。俺一人でもなんとかする」


『ううん……ごめん。ケイとまた写真撮りたかったんだけど……』


「気にしないでよ。それから森崎さんにお大事にって……えっと、念じとくよ」


 わざわざ一度しか会ったことない男にそんなことを伝えられても困ると思うので、勝手に念じるだけにとどめておく。


『でも、二人じゃないと困らないかな? ……一人だとモデルにならないんじゃないの?』


「……うーん、とりあえず行ってからアマネさんと相談してみるよ」


『ごめん……』


 何度目かのしょぼくれた謝罪に、トモの落ち込み具合がよくわかった。


 俺は少しでもトモを励ますつもりで、なるべく力強く言う。


「大丈夫だよ。今日は俺が男を見せるつもりだったから! むしろアマネさんと二人の方が上手くいくかもしれない」


『こ、こふぇっ!? 男を見せるって……ふ、二人のがいいって……え、え、ケイ、何するつもりなの? 二人きりで男らしいことするつもりなの!?』


「うん、トモも俺が頑張れるよう信じててよ」


『し、信じてるっ! 信じてるから鼻の下伸ばさないようにっ!!」


 言っていることはよくわからないが、トモの声に活気が戻ってきた。


 俺は通話を切り、一人アマネさんの家へ向かうことにする。


 ――男を見せるのだっ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る