第11話 蠱惑な写真撮影会

「そういうことだから、これ着て」


 とアマネさんが服を渡してきた。

 ハンガーにかかったブラウスとスカートだ。黒のタイツもある。


「ま、待ってって。俺まだ納得しているわけじゃ」


「何? ここまで来てまだ躊躇ためらってるの? 減るもんじゃないんだから、もう観念して」


「そんなこと言っても……」


 いざ着替えろと言われるとやはり、自分が女性用の服を着るということの違和感が拭い去れない。


 スカートを着るってそんな。


 ――ちなみに、Vtuber甘露かんろケイのアバターはボリューム感のあるハーフパンツをはいている。顔は女子だが、スカートははいていない。


「……あの、私は? アマネっち、私は何したらいいの?」


 さっきまでプスプスと煙を出していたトモだったが、やっと再起動されたらしい。


「トモは、ケイの相手役お願い」


「俺の相手って?」


「今回は女装男子と女子の疑似百合の予定」


「……え? どういうことそれ?」


 俺の知らない世界だが、女装した男子と普通の女子が恋愛するというジャンルの作品があるらしい。


 俺が女装した男子役で、トモはそのまま普通の女子として、二人で漫画のモデルになれということだ。


「二人でモデルってどういうことするの?」


「そんな難しいことは頼まないわ。……二人並んで写真撮ったり、手つないだり、あと軽くハグとか」


「えええぇっ!? いやいや、難しいとかとは別に、それは……俺はともかく、トモはほら! 女子に、簡単に手つながせたり、ハグさせたりはダメだって。セクハラとかそういう!」


「……いいよ、私、やる」


 俺の必死の抗議を、トモの一言が無にした。


「ありがとう。トモはいったんそのままの服でいい。わたしの考えていたイメージに近い」


「は、はい! アマネ先生、私頑張ります!」


 なにかやる気に満ちているトモだったが――。


 ――あれ、待って、俺の女装も流れで確定していない?


「ケイ、ウィッグはこれ。着替えは出て直ぐ隣に物置があるからそこを使って」


 もう断れそうな雰囲気でもないので、俺は覚悟を決めることにした。




 別室で、着替えてみたが、とても嫌な気持ちだ。


 タイツをはいているが、それでもスカートはとてもおぼつかない気持ちになるし、カツラ(ウィッグ?)もなんだかしっかりかぶれているのかわからない。


 女装なんて言うが、ただ俺が女性用の衣服を着て、カツラをかぶっただけである。


「……なんていうか、想像していたよりずっと惨めな気分だよ」


 物置から出て、俺は廊下でうずくまってしまう。


 なにか大事なものを失ってしまったようだ。


「ケイ、まだ?」


 と作業部屋からアマネさんが出てきた。


 廊下で小さくなっていた俺は、アマネさんを見上げるが、恥ずかしさでさらにまた小さくなった。


「ううっ……やっぱ変ですって、女装ってほら、フィクションだと思うんですよ……」


「いや、すっぴんでそれか。想像以上に似合っている」


「嘘だぁ……一生の恥だぁ……」


「軽くメイクして、ウィッグ整えれば性別に気づく人もいないレベルだから。もっと自信を持っていい」


 俺がそれでもうずくまっていると、今度は部屋からトモが出てきた。


 トモにこの姿を見せたくない、と咄嗟に逃げようとする。


 だが結果的に、立ち上がってしまった俺は、さっきよりもしっかりと自分の女装した姿を二人に見せてしまった。


「えぇーっ!! ケイ、可愛い! ケイちゃん、なに逃げようとしてるの。すっごい似合ってるじゃん」


「えっ、そんな……絶対変だって……」


「全然変じゃないって! 似合ってるよ。普通に男子だって気づかないし! っていうか、ケイのアバターにすごく似てる!!」


「ええぇっ!?」


 Vtuber甘露ケイのアバターは、発注ミスというか発注先の勝手な暴走のせいで、ほとんど女の子にしか見えない。


 ボーイッシュと言えば、ボーイッシュ。


 でも俺から見れば女の子に見える、そんなイラストだ。


 ――ケイに俺が似ている。すごく複雑な気分だ。


 というか。


「トモも……トモみたいだ」


「えっ!?」


「今、すごくいつものトモみたいだった」


「ど、どういうこと?」


 スケベなことばかり考えているエロガキのトモ。


 オフ会で会う前のトモの姿が、今のトモに見えた気がした。


「トモ、メイク頼める?」


「任せてください!!」


 と言うことで、俺はトモに顔を少しいじられて、結果的にまた拒む間もなく写真を撮ることになってしまった。


「ケイ、もっとトモに体寄せて。トモは顔こっちに向ける」


 などと指示されながら、何枚か写真を撮った。


 トモと手をつないだり、ハグしたりなんて――と思っていたが、意外に写真撮影はハードで、そんな変な気持ちにもなる暇なんてなかった。


 ――となればよかったのだが。


「お疲れ様」


 アマネさんにそう言われて、やっと撮影が終わったのだとわかるが、俺の気持ちは全く落ち着いていなかった。


 むしろ、胸の鼓動がどんどん強く高鳴っている。


「どうかした?」


「ちょっと疲れたみたいで……」


「ミネラルウォーター飲む?」


 アマネさんから渡されたペットボトルを受け取って、俺はトモを横目でチラリと見た。


 トモも疲れたのか、顔を赤くして、ぱたぱたと自分の顔を仰いでいた。


 やっぱり、トモは美少女だ。


 今まで以上にトモを身近に感じたせいか、すごく意識してしまっている。


 多分、自分でも考えないよう無意識に押さえていた部分が、手をつないだり、ハグしたりで、解放されているのかもしれない。


 ――いやいや、トモは親友だ。あのエロガキのトモだ。


 俺は冷たい水を飲んで、両頬を自分で叩いた。


 女子相手に、やましいことを考えるのはトモの仕事だ。


 トモだって俺のことなんてどうとも――あれ、そういえばトモってもしかして、百合なのか?


 俺は百合のことをよく知らないが、喜んで女子のエロい話題をするトモは、そういうことなんだろうか。


 あとでアマネさんの漫画を読ませてもらおうか。少し勉強してみよう。


「二人ともまだ時間ある? 交換条件の方も、済ませようか」


 一息ついたところで、アマネさんがそう提案した。


 三人で自宅配信しようということになった。そこではっきりと、前回の配信であった騒動を訂正してくれるという。


「ただし、ケイの性別をはっきり断言することは、わたしからはしない。元々リアルの情報は第三者から口外するものじゃない。これはオフ会での約束の延長だと思ってほしい」


 これは性別不詳組の面々でのチャットでも決まったことであった。


 年末のコラボ企画に呼ばれたこともあって、第三者――それもオフで会っていると公言していて、リアル情報を知っている人間から性別を確定する情報を出すのは、性別不詳Vtuberとしての立場を完全に失うものである。


 これが俺だけに限った話ならまだいい。


 俺の性別が明らかになれば、人気の問題だけでなく、他の三人の性別も次第に追求されていくだろう。


 そのときに、最終的な部分ははっきりさせないままのほうがよいはずだ――と四人で話し合って、そういうことになった。


 俺もその判断は納得しているし、『ケイが個人的に、自分は男だって言うのはかまわない。今まで通りでしょ?』とアマネさんにも言われている。


 前回の訂正さえしてもらえれば、あとは俺は俺で『甘露ケイは男』と信じてもらえるよう頑張ればいいだけだ。


「やっほーみんな。アマネだよぉ。今日はアマネのお家に、ケイとトモの二人が遊びに来ているんだぁ」


 とふわふわ声をアマネさんが出す。


 真横でこれをやられると、俺は妙に居心地が悪いのだが、普通の配信者はこれくらいオンとオフを切り替えるものなんだろうか。


「甘露ケイです。お邪魔させてもらってるよー」


「トモでーす、僕もお邪魔してまーっす!」


 トモの方は、さすがに俺たちの横で配信モードをやるのに抵抗があるようで、視線が泳いでどこかぎこちない。


 ――なんか、可愛いな。


 とちょっと思うが、いやいや、いつものエロガキモードのトモとしっかり接しないとダメだ、と俺も気合いを入れる。


 俺はオンとオフで特に違いはないが、違いしかない二人に、今までの配信通りの接し方をしないといけない――という切り替えは必要だった。


 だから美少女のトモのことも、ロリでサバサバしているアマネさんのことも一切合切忘れて話さなくてはいけない。


 ――ここにいるのは、エロガキのトモとおっとり不思議系のアマネさんだ。


「えっとね、今日は三人でまったり雑談でもしようと思うんだけどぉ、その前にケイの配信でちょっとアマネふざけすぎちゃったかなって」


 アマネさんはそう切り出して、配信で話したオフ会の話は少々大げさに話していたことと、ミィさんとケイを取り合っていることはなく、四人はとても友好的な配信者仲間で友人であることを説明した。


 そのままつつがなく配信が終わり、もう時間も遅くなっていたので解散し、俺もトモも家に帰る。


 だいぶ疲れたが、一歩前進した――俺はそう思っていた。



 だが翌日、アマネさんからとんでもない連絡が届いた。


『ごめん、漫画もVtuberもやめる』

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