第10話 乙女の聖域
駅から歩くこと数分、教えられていた住所に着いた。
アマネさんの家はここらしい。
「……豪邸だね」
「私の初めてがここで」
「トモ、えらい気合い入ってるね?」
「そ、それは、そうなる……わよ……」
トモは声を震わせながら、両手の拳を握りしめていた。それにしたって気合い入りすぎじゃない?
ただドラマや漫画でしか見たことがないような、門から玄関までレンガで舗装された小路を数メートル歩かされるような大きな一軒家を前にして、俺も当初の「会って間もない女子の家に訪問する」以上の緊張はしていた。
門に設置されたインターホンを押す。上に監視カメラがついているのも目に入って、息をのんだ。
表札にある『
家まで教えているのだから、今更リアル情報を隠すつもりもないんだろう。それにしても個人情報ガバガバなのではないかと心配になる。
考えてみれば、俺はトモの家も知ってしまっているのだ。いいんだろうか。
「今度、俺の家来る?」
「こ、ばばばっ!? も、もう二回目のこと考えてるの……? ……男子って一度やるとそればっかって聞いてたけど……やっぱり……いやその、ケイの家に招待してもらえるのは嬉しいし、それもその嬉しいんだけど」
困惑しているトモに、男子の家に入るのも警戒するんだろうと思い至る。
「あーえっと、家の前まででもいいんだよ」
「い、いいい家の前ではさすがに無理だよっ!? 二回目でハード過ぎるよっ!!」
よくわからないが、家の中に入りたいということだろうか? もちろん外は寒いし、温かいお茶くらいは俺も出すつもりだ。
「アマネさんも呼ばないとかな」
「えっ……やっぱり次も三人なの……」
「ん? 別々のタイミングでもいいけど。……この話はあとにして、とりあえずインターホン押すね」
横でじだばたしているトモを置いておいて、俺は意を決した。
特段普通の電子ブザー音のあと、声が返ってくる。
『来たのね。玄関まで来てくれる?』
「は、はい!」
警備員の人が出てくるかと思って身構えていたが、普通にアマネさんの声だ。
でも急に切り替えできず、敬礼でもするんじゃないかってくらいの勢いで返してしまった。
自動で門が開き、俺とトモは恐る恐る敷地内へと足を踏み入れる。
「いらっしゃい。……見ての通りの家だけど、気にせず入って。スリッパは使いたかったら、そこの棚に入ってる」
だだっ広い玄関――というよりもはやエントランスに、ちょこんと立ったアマネさんに迎え入れられる。
言われた棚を開くと、スリッパがサイズ別で何セットも並んでいる。こんなの自宅にあるものなの?
俺は靴下で入るのも無礼なのではと、適当に大きめのものを選んではいた。
「……そういえば説明してなかったけど」
と俺はトモにスリッパを渡しながら言う。
「あ、ありがとう。説明って?」
「……俺、これから恥ずかしい姿になるけど、笑って済ませてほしい。正直……トモにくらいしか見せられないよ」
「そ、それは、だってほら! 私も……一緒にするわけだから、そんな笑うなんて……私もすごく恥ずかしいし」
一緒に? そういえば、そもそもトモは何で呼ばれたんだ? アマネさんに言われるがままにしているが、説明がほしいのは俺も同じだった。
「そういえば、トモは何をするんだろうね」
「こ、こばっぁ!? な、何って……えっと、多分たいしたことはできないけど……初めてだから……手とかあの頑張って……痛くてもその」
――初めてって何の話?
なぜかもじもじと赤くなるトモに、俺はどうしてなのか聞こうと思ったが、
「いつまで玄関にいるの。さっさとこっち来て」
とアマネさんに急かされて、奥へと進んだ。
外から見て想像した以上の広さと綺麗さの内観だった。
廊下は長かったし、吹き抜けのリビングは何畳あるのかもわからない。
「そこのソファーで待っていてくれる」
とアマネさんはいかにも高級そうなL字型のソファーを指す。
「なにか出すわ。紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「……俺、紅茶がいいです」
「私も。あっ、アマネっち……あの、私ベッドの下見がしたいんだけど」
「……下見?」
トモの申し出に、アマネさんが眉をひそめた。
「下見って何の話? ……ケイ、あなた何か話したの?」
「俺にも検討がつかないよ」
「……ベッドなら、二階の私の部屋だけど、今日は使う予定ないから。下見はいらない」
「べ、ベッド使わないんですか!?」
トモが目を見開いて驚く。――逆にベッドを何に使うつもりなんだ。
程なくしてアマネさんが、お盆にティーポットとカップを三つ載せて戻ってきた。
その間、二人で『
「いい加減ワケを聞かせてくださいよ」
紅茶で喉を温めてから、俺は改まってアマネさんに尋ねた。
「……わかった。早速で悪いけど作業部屋に移動するわ」
「作業部屋……? 配信とかの、ですか?」
「ぷ、プレイルームまであるんですかっ!? アマネっち……あ、アマネ先輩っ!!」
トモが感心した声を上げる。
「期待させて悪いけど、配信作業の部屋じゃない」
三階の一室に案内された。
配信部屋じゃない、と言っていたけれど最初に大きなパソコンといくつものモニターが目についた。
木製のデスクの上に、並んだそれらはかなりのスペックで高額なことが推測できる。しかもモニターの一つ、三十インチはありそうな大きい一枚は、ほとんど横になってデスクの上に置かれていた。
「あ、液晶ペンタブレット……! アマネさん、絵描くんだ。こっちの棚も資料だし」
ナズナの部屋に同じくイラストを描くための専用モニターがあったのを思い出す。
本棚のラインナップも似たようなものが並んでいた。背景資料、人物ポーズ集、表情カタログ、人体解剖図説、バストアップトレーニング。……最後のは見なかったことにしよう。
「そ。正確には漫画。一応、雑誌で連載しているし、本も何冊か出してる」
「ぷ、プロってこと!? すごい……」
アマネさんがまさか漫画家――それもプロの漫画家だったなんて。
「わたし百合専門だったんだけど、編集から次回作はどうしても男を出せって言われてて」
「百合……」
女性同士が愛し合う、あの百合?
「だけどどうしても上手くいかなくて。……それで、女装男子なら上手くいくかもって。だから今回、ケイにはモデルになってもらう」
アマネさんが俺を女装させようとする理由は、まさか漫画の参考にするためだった。
ただそれでも、俺がする必要ある? とか、実際に誰か女装しなくても他で参考にできるものあるんじゃない? とか言いたいことがあった。漫画の手伝いといわれると協力したい気持ちももちろんあるのだけれど。
「えっと、事情はわかったんだけどアマネさん――」
「ま、待って待って、漫画って何? 女装って……何、何の話っ!?」
――全く状況が飲み込めていないトモに、一から事の流れを説明するのが先だった。
説明していく内に、トモはまぶたをしばたかせ、頬を赤らめ、次第に黙り込んでしまったが状況はわかってもらえたと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます