第9話 放課後の待ち合わせ
ミィさんから、『
『当然出ますよねっケイ先輩!』
「俺も出たい。あと配信が荒れ狂ってるから誤解を解いてほしいんだけど」
『えーっ、ケイ先輩が一肌脱ぎまくって全裸になってくれたおかげで宴百年年末大宴会に呼ばれたんですよ!』
「うん、そうかもだけどこのままだと風邪ひくから」
俺が頼み込んでも、ミィさんは煮え切らない様子で『考えておきます』というだけだった。
ミィさんの言うこともたしかで、俺が女子疑惑をかけられて、配信でアマネさんとミィさんが誤解を生む言い争いまでしなければ――大人気Vtuber
そうはいっても、やはりあの状態のまま配信するのはキツいものがある。
俺は一縷の望みにかけて、夕食後、いつものように配信をつけてみた。
「みんなこんばんはー
『ゲームよりASMR配信とかやってよ』
『ケイちゃん、おじさんたちと雑談しよう』
『この前のメールの返信来てないけど、なにかあった? 俺、心配しているから』
「……えっと、今日のゲームは」
無理矢理ゲームを始めるが、やはりゲームとは関係ないコメントばかりが続く。
どうにも視聴者のみんなを無視しているような気持ちになるし、ゲームの方にも集中できない。
視聴者数は、八千人ほど。以前に比べれば格段に多く、昨日のにぎわいがまだ残っているのがわかる。
でもきっといつも通りの配信を続けていれば、次第に――。
――視聴者が減ったら企画もなくなるのか?
セレネさんは、性別不詳組の活躍が目にとまったから声をかけてくれたと言っていた。
つまりここ数日のことだ。それが落ち着いて、前と同じくらいの視聴数になったらどうなるんだろうか。
視聴者を迎合して媚びた方がいいんだろうか。
いいや、そんな考え方じゃダメだ。
本来の俺、男らしい俺を視聴者に受け入れてもらって、それで今よりもっと視聴者数を増やすべきだ。
「よっし! みんな、俺が男らしく子犬を育てるところ見て驚かないでよっ!!」
そう新たに決意し、気合いを入れてペット育成ゲームに励んだのだが。
『もうゲームのチョイスからして可愛いしかない』
『俺も育ててほしい。いや育てたい。ケイをケージに入れて可愛がりたい』
『俺のワンワンにも餌がほしいよケイちゃん』
視聴者は増えたが、コメントの流れは変わらなかった。
――今日は失敗したが、また明日がある。めげずに俺は戦うぞっ!!
アマネさんからまた有無を言わせない連絡で、自宅訪問は平日の放課後になった。
『準備はこっちでする。必要なのはケイの体だけ』
ということで、俺は特段なにもすることなく最寄りから数駅先にあるアマネさんの家近くの駅へとむかった。
オフ会の会場が近場だったときも思ったが、案外みんな近くに住んでいるようだ。
トモとも、ここで待ち合わせることになっていた。
――トモとは、最寄り駅自体一緒だったわけだからな。すごい偶然だ。
最寄り駅で待ち合わせしてもよかったのだが、知り合いに見つかると説明が面倒だった。配信者仲間というわけにもいかない。
だからアマネさんの家近くの駅で待ち合わせて、一緒に行く約束をしていたわけだが――。
「あれ、トモだよな……?」
やっと見慣れてきた――と思っていたが、見るとやはりあまりの美少女ぶりにたじろいでしまうくらいの清楚美少女。
前髪の位置を気にしているのか、手鏡を片手にしかめっ面で体を小刻みに震わせていた。
「トモ、ごめん。お待たせ」
「けっ、ケイっ!? こっ、ばんっ!」
「こんばんは?」
ケーキ屋のときは、だいぶ自然に話してくれるようになったと思っていたのだけれど、今日はまた一段と表情が硬い。
肌が白いせいか、顔の赤みも目立っている。
「……制服」
「あ、うん。帰る時間なかったから……トモは着替えてきたんだね」
オフ会のときもそうだったが、今回はさらに一段とオシャレな服装だった。
綺麗というか可愛いというか。白を基調としたワンピースに、ゆるめのカーディガンとちょっと高そうなコートを羽織っている。髪型も前みたいにハーフアップで、視線が泳いであきらかに挙動不審な以外は、どこに出しても文句の言われようのない美少女だった。
一方俺は家に帰っていないから、学校に行ったときと同じままの制服姿だった。
――もしかして、トモは俺に学校を隠したかったのか?
最寄りの高校なら、制服を見ればどこの生徒かは一目瞭然だ。特に隠すつもりもなかったが、トモの方は身バレを恐れていたのかも知れない。
考えてみれば、俺はトモの本名を見てしまっていた。
学校までバレたら、そりゃ嫌だろう。
「「ごめん」」
何故か、俺とトモは二人して同時に頭を下げた。
「え? どうしたトモ、いきなり」
「ケイちゃんこそ……なんで……謝るの。私は……ケイが制服好きだったのかと思って……」
「え? 制服好きってどういうこと?」
「だってほら……男の子って制服とかその……好きな人もいるって……」
俺はあまり服に興味がないから、私服もあまり持ち合わせていない。だから逆に、気軽に選ぶことなく着ていける制服は気楽で好きと言ってもいいのだが、そういうことなのか。
「制服が好きだとしても、別にトモまで制服を着なくていいんだよ」
「ふぇえっ!? あ、アマネっちに着せるつもりなのっ!?」
「え、何を?」
よくわからないが、トモが謝る必要はないということだけはっきりして、俺の話をさせてもらう。
「ごめん、全然気が回ってなかったけど、俺だけ一方的にトモのリアルのこと知っちゃってたから」
「ど、どどどどういうこと!?」
トモは自分の体を自分で抱きしめるように、一歩後ろに下がった。
――何をどう思ったんだ?
「名前のことだよ。……ほら、ケーキ屋で名札つけてたでしょ? 無意識にだけど視界入ってたから」
「あ、ああ……そっちね」
「どっちと勘違いしたのか聞きたいような聞きたくないような」
俺はスマホでメモ帳のアプリを開き、自分の名前を打ち込んだ。
――
「これ、俺の名前」
「……くりさか……けい」
かみしめるように、トモがゆっくり俺の名前を口にした。
「ううん、けいじゃなくて、本名の方はメグミ」
「……めぐみ、ちゃん。女の子みたいね。あっ、ごめん、つい」
「いや、いいよ」
そうは言ったが、女らしい名前は依然として、ちょっとしたコンプレックスなままである。
やはり、どこかに女子扱いされることへの強い抵抗感があるのだろう。
女装とはまた別のところにこれは位置している感覚だ。
――多分、女装は女の子っぽいアバターでVtuberをやることの延長にある感覚なのだ。だけど、俺が、Vtuberの
もちろん女装も全く抵抗がないわけではないし、断れるなら断りたいのだけれど。
「名前、どうして教えてくれたの?」
「一方的に知っているのはフェアじゃない感じするし……俺が教えたからって釣り合うとは思わないけど」
「う、ううんっ! 嬉しいよ。ケイのこと教えてくれて」
トモが嬉しそうに笑うので、俺は心のモヤモヤを忘れることができた。
二人して、アマネさんの家へ向かう。
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