第2章 性別不詳組、本格始動

第7話 学校と幼馴染み

 平日、普段なら朝起きて学校に行くのは憂鬱で仕方がないのだけれど、今日ばかりは辛いネット生活から逃げ出して気分を変えたい一心で誰よりも早く登校した。


 性別不詳Vtuberとして知り合い、親友になったトモ。


 オフ会をするまで同性のエロガキだと思って疑っていなかったのだが、実際に会ってみれば清楚美少女だった。


 最初はイメージの違いにお互いにギクシャクしていたが、やはり俺たちの関係は変わらず親友のまま――。


 と思いきや、話している間にトモは急変し『スケベ! 女垂らし! 女顔!』と罵倒してケーキ屋から追い出されてしまった。


 ――いや、全部心当たりないんだけど。特に最後。


 あれからメッセージを送っても返事はない。家の手伝いで忙しいようだったけれど、それにしても翌朝になってもまだ返事がないので、やはりまだ怒っているのだろう。


 トモとの関係が以前のように上手くいかないことに頭を悩ませ、もう一つの問題はまるでどうしていいかわからない。


 トモ頼りでどうにかしようと思っていた罰なのだろうか。


 土曜日のオフ会でVtuber仲間と顔を会わせてから、やんわりと性別不詳で活動していた俺は何故か女子として視聴者から扱われるようになってしまった。


 配信にはこれまでないほどの人が集まって大盛況――というより大荒れしてしまう。


 Vtuber甘露かんろケイとしての俺にとって、大事だったVtuberの親友と配信の二つを同時に失いかけているのである。


「はぁ」


 教室の後方、自分の席に座ってから深いため息をついた。


 朝っぱらの教室には生徒も少なく、誰にも聞かれないと思ったが、


「どったの恵君?」


「……ナズナ」


 クラスメイトで、腐れ縁。友人で、幼馴染み。


 三原みはらナズナだった。


 母親が北欧出身で、ナズナも日本人離れした容姿をしているのだが、本人は日本で生まれ育って日本語しか話せない。


 癖のない金髪をふわりとなびかせて、俺の前の机にあぐらをかいて座っていた。


 ――それ、ナズナの席じゃないんだからやめなって。


 というのは今までも何度か注意したことがあったけれど、当の席の主である室山むろやま(クラスの男子)は「全然! 三原さんなら大歓迎だよ!」と歓迎しているので俺ももう何も言わない。


 スカートでそんな座り方しない、って言っても相手にされないのはわかっている。


「配信がちょっと大変で」


 俺は周囲を気にしつつ、声を潜めてナズナに相談した。


 ナズナはVtuberアバターを作ってくれたイラストレーターでもあって、俺の配信活動を知っている数少ない相手でもある。


 クラスメイトにはもちろん隠しているが、声とかでバレたりするんだろうか。――なんて不安もあるが、さすがにクラスメイトが俺の配信を見ることなんてないだろう。


「へぇ。やったね、人気者っ!」


「問題が大きくて素直に喜べないんだって……」


「しばらく配信休んだら?」


「そっか」


 ナズナに言われて、たしかにと俺は頷く。


 トモとの関係はおそらく俺がどうにかしないといけない問題だ。


 だけど配信活動の方は、多分しばらく休んでいれば騒ぎも落ち着くだろう。増えた視聴者も消えてしまうだろうけれど、元々実力で増やした新規ファンではなかったのだと割り切ってしまえばいい。


 そうすれば俺の女疑惑もそのままうやむやに消えて、改めて俺がはっきり男だと説明すれば、残った視聴者たちにもわかってもらえるはずである。


 物事を深く考えず、単純な思考をしているナズナだからこそ出てきたアドバイズだろう。


「ありがとう、ナズナ。君がものを考えない人で助かったよ」


「あれ、あたし馬鹿にされてる?」


 俺は活動休止の具体的な案を考えることにした。


 授業の大半は上の空で、当たり障りない休止理由を考えるが、体調不良――みたいなよくあるものしか思いつかない。

 ただやっぱり視聴者たちに嘘をつくのは心苦しい。仮病はダメだ。


 詳しいことは説明せずに「しばらく配信を休みます」だけ知らせればいいのだろうか。それだと余計に心配させたり、憶測を生まないだろうか。


 放課後の帰り道もまだうんうんと頭を悩ませていると、


 ――修行のためってどうだ?


 ふと、思いついた案に光明を見出したところで、ちょうどスマホが震えた。


 トモからの返信だ! と急いで開いたが、初めて見るアドレスからの身構えた。


 先日、視聴者の一人からもらった長文メッセージが脳裏をよぎったのだが、よく見ればそこに書かれたあった名前は。



 ――超大人気Vtuberの宴百年うたげひゃくねんセレネさんからのメールだった!!


 宴百年セレネさんと言えば、説明不要の大人気Vtuberだ。個人の人気はさることながら、Vtuber界隈で様々な企画を打ち上げてはどれも大好評という、有り体に言うととても影響力のある配信者なのだ。


 もちろんそんなゴッドファーザー的なところにも敬意は感じるのだが、俺は元々セレネさんの個人配信のファンで、セレネさんがいたからVtuberにはまったと言っても過言じゃない。


 そんなすごい人から何故俺にメールが来たのかと言えば。


『甘露ケイさん、突然のご連絡失礼いたします。Vtuberの宴百年セレネです。――』


 セレネさんは、魔術特殊部隊の新米女兵というニッチな設定のVtuberで、新米軍人っぽい口調とそれにミスマッチなポンコツムーブという配信スタイルを取っている。


 だがメールの文面は丁寧なもので、ちょっと事務的な感じに寂しさもあるが――内容は端的にまとめると、俺やトモ、それからアマネさんとミィさんの性別不詳組のにぎやかな声がセレネさんの耳にも届き、企画に呼びたいと言うことだ。


 そしてその企画というのが、Vtuber界隈では知らない人はいないであろう年末の一大イベント『宴百年年末大宴会うたげひゃくねんねんまつだいえんかい』である。


 ――そのまんまだ。


 セレネさん主催の年末恒例行事なのだが、毎年彼女が大勢のVtuber仲間を呼んでいる内にどんどん規模が大きくなり、今やVtuberのイベントでは最大規模の大イベントとなっている。


 俺が、その超有名企画に呼ばれることになったのだ。


 ただし、セレネさんが呼んでいるのはあくまで『性別不詳組』、俺だけではなく、トモやアマネさんとミィさんを含めた四人である。


 俺はこの前たまたま一万人の視聴者が来ていたけれど、セレネさんたち大人気Vtuberと比べればまだまだ無名だ。四人組で、それも今回みたいな話題になったからこそ、声が掛かったのだから当然だった。


 ただそうなると――。


 ――活動休止もできないし、早くトモやあの問題児二人との関係を元に戻さないと四人でコラボして企画参加なんてできるわけがないっ!!


 どうにかしないといけない、そう思った矢先、アマネさんから通話がかかってきた。


 セレネさんのメールには、俺以外の三人にも同じ声をかけているとあったから『宴百年年末大宴会』のことだろう。

 俺にも話したいことがある。


 しかし、通話に出るとアマネさんは開口一番、


『ケイ、君にお願いがある。女装してほしい。得意でしょ?』

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