第6話 エロガキ前夜祭(藤枝トモ視点)
目の前に居る人間が何を考えているのかわからなかった。
そんな当たり前のことがずっと喉の奥に刺さって、まともに人と話せなくなってしまったのだ。
特に、男というやつが、私は苦手だった。
中学生になって直ぐ、まだ私が人と普通に話せたとき。
友人
呼び出し相手が私に気づいて、声をかけてきた。
「
見知らぬ男子生徒は、名前(
「俺、志藤さんのこと好きです。付き合ってください!」
胸を張り、堂々と言った。
告白だ。初めてのことに、それも会ったばかりの相手からの好意に、私はあっけにとられた。
「私たち、初めましてだよね。……好きって、私のどこが好きなの?」
「一目惚れです! 志藤さん、黒髪すげーきれーで、俺そういう子、守ってあげたくなるっていうか」
――守る? いったい何から私を守るつもりなの?
疑問に思ったが、私が知りたいのはもっと、彼の本心――目の前の人間が何を考えているのかどうかだ。
「それって私の外見が好みってこと?」
「あ、いや、でも友達に聞いて、志藤さん、優しくて勉強も運動もできるって」
その友達というのは、私は名前を聞いたことがあるかな、くらいの別クラスの子だった。
私の数少ない友人のチヨは、私と違って交友関係が広く、チヨとその子は友達だが、私はその子をよく知らない。
「……君のとこ共学だし、他にも女子ならたくさんいるんじゃない?」
「全然! 志藤さんが一番美人だから! 志藤さん、本当アイドルとかモデルとか、芸能人とかなれるって。すごい可愛いもん」
外見を褒められるのは嬉しい気持ちもあったのだけれど、腹落ちのなさに不快感が勝っている。
納得できていないのが、顔にも出ていたのだろう。彼は慌てた表情で、まくし立てた。
「ご、ごめん! たしかに志藤さんの言うとおりだよ。正直、外見のことしかまだわかってない。でも志藤さんを好きなのは本当だ。君と付き合いたい」
「……それって付き合って何がしたいわけ? 二人で遊んだりするなら、性格とか趣味とかよく知っている相手の方がよくないかな」
「可愛い子と付き合った方が絶対いいって! だって一緒に居るのが可愛い子だったらそれだけで楽しくなるしさ」
「そう、なのかな」
私にはわからない感覚だった。
いつまでも気の乗らない私に焦ったのか、男の子は、
「男ならみんなそういうもんだって! 顔がいい子と付き合いたいもんなんだよ! だってブスとそういうことしたくないし」
「そ、そういうことって?」
ブスという単語に引っかかったが、中学生男子がそういうことをよく口にするのは女子校に通う私も知っていた。小学生と大差ないのだ。
「ほら、デートとか、キスとか。それからもっとエロいこととかもさ」
エロいこと。
当時の私は、それが具体的にどんなことかはわからなかった。
けれど、男の子のニタニタとした赤ら顔が怖くなった。
「ごめんなさいっ、私、付き合えない」
それだけ言って、逃げるようにその場を離れた。
家に帰って自室にこもると少し落ち着いたけれど、いいようのない未知の恐怖が背に張り付いたままだ。
私は友人に――チヨに相談した。
男子がいう、エロいこと。チヨは多分びっくりしただろうが、少しだけ説明してくれた。それから自分でも、ネットを使っていろいろ調べた。
知って、もっと怖くなった。
自分がどういう目で見られているのか想像すると、体が震えた。
それから、多分私は潔癖になって、人と話すのも極力避けるになってしまった。
男子が怖くなっただけでなく、そういうことを当たり前として受け入れている同性も、なんだか自分とは違うものに見えてきていたのだ。
――そのくせ。
私が、エロいこと、エッチなことに、全く関心が無いかというと、そういうわけでもない。
歳を重ねる内に、不思議なことに毛嫌いしていたはずの私にも、自然と興味がわいてきた。
矛盾した自分の感情も受け入れられず、かといってどこかで発散することもできず――。
――もちろん! 自分がそういうことをしたいというわけじゃなくて、高校生くらいの女子だったら普通にするような下世話な話を私もしたい、と思うようになっていたのだ。
けれど中学生活を潔癖で過ごした私に、友人たちも善意でその話題は避けるようになっていたから、私は一人で悶々とインターネットでその欲求を満たしていた。
人と話すのは苦手なまま。
自分の中で成長して、ある程度そういうものだって分別とか現実を受け入れられるようになったころには、もう数年身近な相手以外とは会話しない習慣ができていたのだ。
コミュ障で、むっつり。
考えると嫌になってしまう自分を受け入れられる何かを探していたら、たどり着いた場所は――。
「どもでーすっ!
――Vtuberだった。
嫌な自分を隠したまま、なりたい自分として好きに話せる。
そんな場所を私は見つけることができた。
初めてすぐ視聴者からのコメントが気になってきて、私は意図して男子を振る舞うようになった。
一人称を『僕』にしてしゃべり方をちょっと子供っぽくしたら、あとは自由気ままに話していても不思議と「藤枝トモ」を女性として扱う視聴者は減っていった。
やっと、自分を受け入れてくれるものを見つけた。
Vtuberとして配信すること、そして。
何より、素の自分で話せる友人、
「ケイちゃんさー、胸の大きい子と小さい子どっちと付き合いたい?」
『ええっ!? な、なんでいきなりそんなこと聞くの』
「いいじゃんさー、配信外なんだし」
『えぇ……うーん、好みっていわれても、俺そういうのよくわからないしな……』
私もケイも、お互いに性別不詳Vtuberだった。
だからプライベートの通話でするたわいのない猥談も、あくまで同性かもしれないし異性かもしれない、という暗黙の了解があったように思う。だから胸の話も、相手が男だからしているわけじゃなくて、本当にただ深い意味もなく振った話だ。
『なんていうか付き合うって話だったら、胸のことは考えたくないかな。別に胸と付き合うわけじゃないし』
「なにそれ、でも付き合ったらその胸自由にできるじゃん」
『えええっ!? ……じゃあ、大きい方かな……いやいや、そんなことで付き合う相手は決めないでしょ。好みはあるかもしれないけど』
「エッチだ。ケイちゃん巨乳好きだっ」
打算なく、見栄もなく話すケイ。
何故だか彼と話していると無性に胸の奥と、お腹のどこかふわっとした部分がきゅーっと締め付けられて、心臓の鼓動が激しくなるのを感じるのだ。
――これが、もしかして好きって感情なの?
外見を知らず、それどころかはっきりした性別も知らない相手。
そんな相手だったから、お互いの内面だけを知ることができて、私は――。
――待って、ケイは男なの? 女なの?
自分の初めての感情に戸惑い、そして相手の性別がそこで気になりだした私は、あの手この手でケイの性別を探り出そうとした。
無警戒で抜けたケイは、会話の節々からどんどんボロを出していき、男だという確信が生まれる。
「ケイ、さ。オフ会とかってしたいって思う? ほ、ほら、女の子とか? 視聴者にもいると思うし、配信仲間でも、もちろんいるだろうし? 知り合いたいじゃん、女の子と! 僕も女の子ともっと仲良くなりたいし!」
『オフ会ー? 考えたことなかったかも。うーん、緊張するな。二人きりとかだとちゃんと話せるかわからないし』
「なるほど……。人がたくさんいればいいってこと?」
『あんまり多すぎても、誰と話していいかわからなりそうだから、四人くらいとかかな。初めてだし』
ケイも私に心を開いている。
実際に会って話せば、私たちの関係は一気に進むはずだ。
――悩みの種だった容姿も、今回くらいは有効活用させてもらう。
少しだけ、調子に乗っていたんだと思う。
自分はモテるって。ケイも、親しい私が美少女だったらすぐものにできるって。
それで実際に会ったケイは、私の思っていた通りで、これから二人の甘酸っぱい関係が始まるんだって確信した。
おしゃれな喫茶店に行って二人してケーキを食べて「あーん」なんてやってもいい。水族館とか、遊園地とかそういう定番のところも行きたい。恥ずかしいけど、耳のついた帽子とかかぶって二人で浮かれたい。
青春だ。
そうなるはずだったのに。
――ケイ、さっきからなんで別の女の子とばっか仲良くしているわけっ!? 鼻の下伸び伸びなんですけどっ!?
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
次話から章で、性別不詳組の本格始動が始まります。
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創作の励みと参考にさせていただきます。
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