第5話 ケーキと運命
指定された場所につくと、小洒落た洋菓子店があった。
トモからもらったメッセージにも、店名が記載されていたので場所に間違いはないだろう。
だけど、ここって、もう閉店してるよね? ……トモも見当たらないし。
俺はとりあえず到着したことをトモへ伝える。
『すぐ行く』
という返信から本当に数秒もせず、
「けっケイ……っ! ご、ごめんね、わざわざ来てもらって……」
トモが現れた。
相変わらず美少女で、しかも洋菓子店から出てきた。
「えっ? あれ、この店……」
「わっ、私ここでバイト……っていうか、ここ私の親の店で、家も二階なんだけど……さっきまでお店の手伝いしてて」
「しかも家!? え、いいの!? 俺に教えて……」
VTuberで、ネット同士の関係だ。昨日オフ会したとはいえ、まさか家の場所まで教えてしまうなんて。
可愛らしいエプロン姿は、この洋菓子店の制服なのだろうけれど。
――って、名札までついてるよっ! ……トモの本名が。
見ようと思ったわけではないが、『SHITOU RUI』という文字が目に入ってしまう。住所と本名の二つは、ネットでは隠さなきゃいけない最後の砦みたいなものなのに。
「ケイちゃん、ケーキ好きって前言ってたでしょ。だから……ケーキ食べてもらいならが話聞けたら、元気になるかなって」
顔を赤らめる彼女に、俺は思わず胸を押さえてしまった。
――親友だ。やっぱりトモは俺の親友なんだ!
俺のために、俺を元気づけるために、家や名前を隠すことなんかよりも、俺を元気づけようとトモはあって話そうと提案してくれたのだ。
ありがとう、と涙を堪えながら言った。閉店と札の出たドアから、店内へ招かれる。
「ケーキ、好きなのあったら教えて。いくらでもごちそうするから。……あまりものだけど、よかったら」
トモに言われて、俺はショーケースに残っていたシブーストを頼んだ。トモが覚えていてくれたとおり、甘いものは大好きだ。
店内にはイートインコーナーがあって、言われるままに端の席で待っていると、トモが紅茶とケーキを持ってきてくれる。
「それで――」
ケーキをいただきつつ、俺は配信であったことを話した。
しみる甘さと、紅茶の温かさ。
なによりトモに話を聞いてもらったということで、話終わったころにはもう俺の気持ちはだいぶ回復していた。
「大変だったね……でも、同接一万なんてすごい。おめでとう」
「複雑だよ。うれしいのは、うれしいんだけど」
「目標にも近づいた……よね?」
「目標?」
俺はバカみたいに復唱してしまって、トモがぎこちない口調でつけくわえる。
「ケイ、登録者一○万人が目標でしょ」
「それはこう……目標っていうより夢に近くて……」
登録者一○万人は、自称プロデューサーの幼馴染みに言われて俺も意識はしていたけれど、高すぎる目標だった。
配信中には、冗談でも口にしたことはない。それでも、トモはには話したことがあった。それでも冗談として言ったはずだし、トモだって『えーそれならエロしかないよ。セクシー水着配信とか』ってふざけていたから本気にはしていないと思っていた。
「同接一万でしょ。登録者も増えてるんじゃない……かな?」
トモに言われるまで、俺はあまりの配信の空気に、同接とコメントくらいしか視界に入っていなかった。けれどあれだけの視聴者が来ていたのだ。
「…………っ!」
「ど、どうしたのケイ? 増えてなかったの?」
「増えてたけど」
「……けど?」
「…………今、四千弱」
「ふぇっ、すごいよ! 今日だけで千人くらい増えたってことだよねっ」
千人。一日でこれだけの登録者が増えたことは、俺からしてみればたしかに驚嘆すべきことだった。
「……だけどっ…………同接一万って言ったら、もっと増えててもよくない!?」
贅沢で、調子にのっているのかもしれない。
だって同接一万だ。
実際に来てくれた人数はもっといるわけだし、全員が登録までしていってくれるなんて甘いものじゃないけど、もうちょっと夢を見たかった。
でも同接一万だよ?
登録者数百万人の配信者の数字なのに……なんで、四千って。
みんな祭りを見に来ただけで、俺に興味なんてなかったんだ。
「落ち込むことないって! ……きっかけはどうあれ、これだけ注目が集まったのは、ケイに、みっみみ魅力があるから……だからっ……これから登録者もどんどん増えるよ」
「でも女子だって勘違いされてだし」
「……VTuberってそういうものじゃないの? 私だって……そうだよ?」
フォローしてくれているんだろうけれど、VTuberとしてはエロガキでリアルでは美少女のトモは、俺とは真逆ではないのか。もちろん俺はVTuberのトモのことが好きだ。親友として、トモほど親しい相手はいない。それに世間一般的に言えば――。
「トモはリアルでも魅力的だからなぁ」
「ふぇっ!?」
「それに比べて俺は……というか、そもそも俺って男子だとしら魅力ってないのかな……」
「あっ! あるよっ! ある!」
食い気味に、力強くトモが何度もうなづいた。
うれしいけれど、ずっと気になっていたことを俺はついにたずねた。
「あのさ、トモって俺のことって……男女どっちだと思ってたの?」
俺も美少女であるトモをまだ完全に受け入れられたわけではなく、ぎこちなく接してしまったいるが、トモも俺に対してどこか距離がある。
いや、もちろん俺はVTuberとても普段通りふるまっていて、昨日まで自分が女子として見られることなんてないと思っていた。
けれどさっきの配信もそうだし、トモが女子だったことで、――トモは俺を同性だと勘違いしていたから、今まで親しくしてくれていただけではないかとずっと心配だったのだ。
「ケイのことは、最初から男の子だと思ってたよ」
「本当に!?」
こくり、とうなづくトモは気をつかって答えたようにも見えない。
「そ、そっか。少し安心した。配信のコメント見てたら、……もしかして、俺、トモのイメージしてた俺と、違ったんじゃないかなって。リアルではあったばかりだし、しょうがないけど、VTuberのときと比べると、うまく話せないなって」
「そんなことないよっ! ただ……」
真っ赤な顔のトモが立ち上がった。勢いよかった言葉は尻すぼみに小さくなっていく。
「ただ……ごめん、私、男子とあんまり話したことなくて……小学校からずっと女子校だったし……男子がちょっと苦手なのもあるけど……一番はケイが……」
「俺が苦手!?」
「ちっ! 違っ! ケイには、絶対嫌われたくないって……リアルでも仲良くなりたくて……その分すごく緊張しちゃって……目の前に本物のケイがいるってのも、まだなれなくて……ごめん」
胸の前で、指をからめながらぼそぼそとしゃべる――けれど、俺にはトモの気持ちがしっかり伝わった。
トモは俺とリアルで、VTuberのときと同じようにも親友でいたいって思っていてくれたんだっ!
そう思うと、自分とトモの性別が違うからとずっとまごまごした態度だったことがバカらしくなってきた。
親友なんだ。性別なんて関係ない。
「トモっ、俺すっごくうれしいよっ! 俺、トモのこと大好きだっ!」
「しゅっ!? しゅきぴよっ!?」
「え? う、うん?」
ぴよはよくわからないし、女子に好きと言うのは照れるが、いや、俺たちは親友だ。好意はしっかり言葉にすべきだと妹も言っていた。
「わっ! 私もっ! あ、あのねっ、すぐね、ケイになれるからっ! そしたらもっと、仲良く……うへへっ……仲良くべったりできるからっ」
「本当!? べったりかぁ! 俺、トモとそういうことできるのずっと楽しみにしてたんだ!」
リアルで友達と青春な遊びをする。オフ会前に一番楽しみだったことだ。ゲーセン、ボウリング、バッセン。どんな遊びでも大歓迎だった。こんなに家も近いのだから、二人で遊ぶチャンスはいくらでもあるだろう。
「たっ……楽しみにっ‼ ケイちゃん……意外にムッツリだよね……っ! 私はっ、私はそういうの……うれしいけどっ」
「ムッツリ? ……こういうのもムッツリって言うのか?」
よくわからないが、女子高生はときどき変わった言葉つかをする。
幼馴染みのナズナから『ぴえんって可愛いっしょ?』って言われたときは、まったく理解できなかった。
「で、でもごめんっ、ケイとはずっとこうなりたかったけど、オフ会して次の日にってのは……思ってなかったからまだ心の準備とか……」
「そ、そうだよね? ごめん、俺も焦らせるつもりはないし、ゆっくりね」
さっきの話だと、トモは異性の友達もいなかったみたいだ。俺は異性って感じはまったくないにしても幼馴染みのナズナがいるからな。
「ふへへっ、本当うれしいな。……他の二人も可愛いから……私、怖かったし」
「怖かった? いやまあ、俺もおどろいたよ。全然イメージと違って」
「イメージと違って……どう思ったの?」
にへらっとしていたトモが、口をすぼめた。
「男の子って女子大生好きだもんね」
「……いや、アマネさんを女子大生にカテゴライズしていいの怪しいんだけど」
「ミィ君も女子中学生って! とにかく若い方がいいって言う男の子もいるもんねっ」
「う、うーん? ミィさんも中学生には見えなかったんだけど」
なにかかみ合わないが、トモからしてもあの二人はVTuberのときのイメージとは違ったのだろうか。まあおどろくよね。けれどやっぱり俺にとって二人の衝撃よりも、
「正直言うと、トモが一番だったからなぁ」
「ほっ、本当に!? 私が一番!?」
「うん、まさかって思ったよ」
「……そ、そっか……ふへっ……うれしい。がんばって、いつもよりおしゃれしたてよかった」
俺も嬉しい。
トモとのことは、配信以上に俺の気がかりだった。
だからこうして、トモとリアルでも打ち解けられるとわかってさっきまでの気分が嘘のように晴れている。頭が痛かった、配信のことも――。
「俺さ、配信もっとがんばってみる。どんな理由でもチャンスなのは間違いないし、目標に向かって」
「私も応援するっ!」
後ろ向きに考える必要なんてなかった。この状況を利用してでも、もっと人気配信者を目指すくらいの気持ちでいよう。
「オフ会でも性別不詳組のみんなでもっと配信してこうって、約束したもんね。トモとも、もっと二人で配信してきたいし」
「そ、それは……カップル配信的な!?」
「カップルは違わない? ……コンビとか?」
「そっ、そっか……配信では、内緒だよね。一応、性別不詳だしっ……」
なぜか残念そうだけれど、カップルと言うと親友ではなく恋人同士を最初に連想されることが一番の問題である。
「とにかく、これからもよろしくね、トモ。配信でもリアルでも」
「うんっ! 私もうっ、こう胸とお腹のところがギュッて……ケイのことしか考えられないくらいだよ……」
「え? お腹? ああぁ、もう夕飯の時間だね! ごめん、遅くまで……しかもバイトのあとで疲れてたよね。それなのに、本当にありがとう」
ケーキを食べたとはいえ、気づくともう遅い時間だった。
帰ろる前に、俺はもう一度お礼を伝える。ケーキもすごく美味しかった。
「もしなにかお返しできることがあったら言ってよ。俺にできることだったらなんでもするから」
トモのおかげで、俺もすっかり立ち直れた。少しでもお返しがしたい。
「じゃっあ! ……匂い、かいでもいい?」
「え? な、なんで!?」
「なっなんでって!? ……なんでって、それはその……匂いをしっかり覚えたくて……だけどっ! は、恥ずかしいから聞かないでほしかったっ」
「におい?」
耳まで紅潮させてトモの言葉に、首をかしげる。
においを覚えるとは、いったいなにか。
「かぐのはいいんだけど……変なにおいしても知らないよ?」
「大丈夫っ! 昨日少しかおったら、すごい好きな匂いだったからっ!」
昨日の俺もにおっていたということか。さすがに冬も近く、汗はかいていなかったはずだけど、そんなにくさかったのか。申し訳ないし、それでまたかがれるというのも気まずいものがある。
しかし、できることならなんでもすると言った手前、断るのも。
「わかった……それなら、いいよ」
美少女が、俺のにおいをかいでいる。
「ふ、ふわぁああぁ……」
「え、大丈夫? くさくない? もうそろそろ終わりでいいんじゃない?」
「も、もっとぉお……」
想像していたよりも恥ずかしい。
これって、女子特有の文化なの? ナズナはこんなことしていなかったけど……においで友情を確かめ合うみたいな!?
それこそ、犬みたいだけど……いやでも、トモが理由もなく俺のにおいをかぐわけない。
恥ずかしいけれど、これで――。
「俺たち、親友だよな」
俺の祈るようなつぶやきに、けれどトモが「ほぇ?」と目をしばたかせた。
――え、なんでそんなおどろいた顔するの!? 親友じゃないのっ!?
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