第5話 ケーキと運命

 時刻は夕方、精神をすっかり疲弊させた俺はゾンビのような面持ちで家を出た。


 心の疲れは、糖分でどうにかするしかない。


 ――ケーキだ。ケーキを買おう!


 完全に思いつきだ。

 普段ケーキ屋なんかに一人で行ったことがないので、適当にスマホで検索して評判のいいお店を探す。


 地図を確認して、トモからの返信が来ていないかもう一度確かめた。


 通知がないのだから、やはり何も来ているはずがない。


 そういえば、土日の昼間は忙しいのかいつもメッセージが返ってこないし、配信をしていることもなかった気がする。


 待っているのはもどかしいが、気持ちの整理がついた気がした。


 トモが想像していた姿と全く別だったことには、正直それでもまだ感情も理解も追いついていない。


 トモと話すのはもっと時間を置いた方がいいんじゃないかと思う反面、ネット越しでまたいつも通りのトモと接して安心したいという気持ちも強い。


 ――なにより、この状況をトモに相談したい。


 視聴者が一万人を超えたこと、俺が配信上で女性扱いされていること、アマネさんとミィさん二人の暴れっぷり。


 全部結局は二人の暴走が原因だ。二人から誤解を解いてもらう必要があるけれど、行動の意図がわからない。


 そうこう考えている内にケーキ屋についた。


 出てきた中で一番評判のいいお店にしたころ、駅の反対側まで来てしまったが、外観からしてオシャレなお店でいかにも本格的なケーキを出しそうだ。


 店内に入って直ぐ、正面にはショーケースにケーキが並んでいる。右横の壁には焼き菓子類がいくつか陳列されており、左側にはイートインコーナーがあるようだ。


「……いらっしゃいませ」


 ぼそぼそとした小声のせいで、ほとんど聞き取れなかったが、多分ショーケースの奥でがさがさと作業している店員さんだ。


 店員さんは屈みながら、トレーに載ったシュークリームをケースの下段に並べている。できたてだろうか。それならシュークリームにしようかな。


 そんなことを考えていると、作業を終えた店員さんが頭を上げた。

 黒髪を首の後ろで二つ結びにしたおさげと、おとなしめなメガネをかけている女の子だ。


 目線が合った気がして、俺は軽く会釈したら、


「こっここここ、こばんっっ!?」


 ――あれ今店員さん、江戸時代の貨幣みたいな奇声だした?


 店員さんを見ようとするが、すっと顔を背けられる。


 ちらりと目に入った胸元の名札には「SHITOU RUIしとう・るい」と書かれていた。


「……え、トモ?」


「ち、ちちちちぎゃ違っ」


 俺の視線から逃れるように店員さんはカウンター内をバタバタと動き回るが、どこにも行ける場所はなく、しぼむようにその場でうずくまってしまう。


「な、なんで、ケイがここに……」


 涙ぐんだ声の前に、俺もどうしていいのかわからない。


 店を出てなかったことにしようか迷ったとき、奥の厨房から、女性――大学生くらいか?――が出てきた。


「にぎやかだけど、どうしたのルイちゃん? あれ……えっと? 揉めてた? 彼氏……?」


 俺たち二人の状況を見て、お姉さんがそんなこと言う。


「ち、ちっ!」


「じゃただのナンパ? 追い出す?」


「……ち!」


「じゃ、あたし休憩終わったし、レジ代わるから二人で話してきたら?」


 ――え。会話通じてた?


 お姉さんの特殊能力に驚きながらも、俺はトモと一緒にイートインコーナーに案内される。


 シュークリームと紅茶まで出してもらってしまった。


 二人して向かい合って座ったのだが、トモは無言でうつむいたままだ。


 たまにちらっと視線だけ俺を捉えている気がするのだけれど、口を開く様子はない。


 休憩中だからかメガネを外し、髪もほどいていてオフ会で会ったときのトモの姿になっているが、顔はうつむいたままだ。


 気まずい。


 他にお客さんがいない、静かなイートインコーナーで俺たちは何をしているんだ。


「……デート、みたい」


「え、デート? 今デートみたいって言った?」


「い、言ってないわよっ!!」


「そ、そうだよね。ごめん、幻聴だったみたい」


 全力で否定されたが、昨日から合わせても初めてトモの肉声をしっかり聞けた気がする。


 ――やっぱり、この声はトモだ。それにしても緊張のせいでおかしな幻聴が聞こえてくるなんて。俺とトモがデートだって? そんなわけないじゃないか。


 俺とトモは親友。目の前にいるのが美少女だからって……。



『ネットという垣根を越えて仲良くなり、その相手が異性であるなら、親しくなった男女が行き着く先はつまり――』




 ――いやいや、俺は何を考えているのか。トモが美少女だったとしても、俺たちの関係性は変わらないんだ。トモだって、俺のことを変わらずに友人として……。


「……」


 トモは無言でシュークリームを食べている。丁寧に小さく手でちぎってから、口にいれていた。


 ――大丈夫かな。トモ、俺のこと、まだ友達だと思ってくれている?


 俺の中のトモイメージが、シュークリームより唐揚げとかおにぎりを好き好んで食べていたように、まして万が一シュークリームを食べるにしてもクリームで口をべとべとにするのもお構いなしにかじりつく――そんな姿だったように。


 もしかするとトモの中では俺のイメージが、実際の俺とは違っていたのかもしれない。


 だから、オフで顔を合わせたからずっと変なのか?


「トモ、俺のこともしかして……女子だと思ってた?」


「えっ!? ち……ち……んっぐっ」


 ちょうどシュークリームを飲む混もうとしていたタイミングだったらしい、トモはおかしな挙動の後、自分の胸を何度か叩いて紅茶をすっと飲んだ。


「ごめん、変なタイミングで変なこと聞いた」


 俺が謝ると、涙目でトモは首をふるふると横にふった。


「わ、私……その、……ネットと違くて……人と話すの苦手で」


 トモの言葉はどこか俺の様子をうかがうようだった。俺はトモが話しやすくなるよう軽く笑んでみる。効果はわからないが、トモは言葉を続けた。


「……ケイとなら上手く話せるかと思ったけど、直接会ったら、やっぱり緊張しちゃったみたいで」


「俺が原因じゃなかったの?」


 トモは少しだけ間を空けてから、ゆっくり頷いた。


 視線は合わないし、たどたどしいままだが、トモとの会話が少しずつ成立していくようになる。

 リアルで会って緊張しただけ――そうだったのか。それなら俺だって同じだ。ちょっと予想していたよりトモは恥ずかしがり屋だったが、でも俺に幻滅したわけではないようで安心した。


 シュークリームと紅茶のおかげかもしれない。


「メッセージ、返事できてなくてごめん。わ、私、家の手伝いがあって……」


「ここトモの家なんだ。シュークリームすごく美味しかったよ」


「ありがと……作ってるの、お母さん」


「ふぅん。トモは作るの?」


 トモがまたうつむいてしまう。何か聞かれたくないことだったのか。


「そうだ、配信が大変なことになってて!」


 俺が事情を説明すると、トモは驚いた。


「い、一万人おめでとう……」


 律儀に祝ってくれるトモにお礼を返しつつ、もし今までならトモと馬鹿騒ぎでもして祝っていたのだろうな、とちょっと寂しい気持ちになる。


「でもそれより事態を収束させたいよ。トモはアマネさんと、ミィさんと、俺よりも仲がいいよね? よかったら二人がなんでこんなことしたのか聞いてくれない? それと、できたらトモも配信で誤解を解いてほしい。俺の性別のこととかさ」


「いいけど……えっと、二人はなんて……?」


「えーっと、なんか俺のこと『可愛い』とか『気に入った』とかで、二人して俺を取り合うように配信でケンカしだして……」


「……また?」


 トモの声のトーンが一気に落ちる。

 トモの手に持った紅茶のカップが、中で完全に固まる。


「え? あの、またってなにが?」


「また鼻の下伸ばしてたの? ……どうせ『俺のことを取り合って争わないで!』って内心満更でもなかったんでしょっ! この女好きっ!!」


「え、ええええっ!?」


 さっきまで俺に協力的だったトモが、急に怒ってしまう。


 女好きはトモのキャラだったはずなのに。


 ――何故俺はネット上では女子扱いされて、親友のエロガキからは女好き扱いされなきゃいけないのさ!?



―――――――――――――――

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 次話がトモ視点、その次から新章となります。

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