第4話 修羅場LIVE配信
画面に流れるコメントは、決して俺を攻撃するよう批判でもなければ、意味をなさない荒しの類いでもない。
けれど俺の声は震え、いつも通りの配信ができなくなっていた。
「みんなちょっと落ち着いて聞いてほしいな……」
『落ち着いてます。勝負パンツ脱ぎました』
『ケイちゃん、彼氏いるの? お願いだからそれだけ教えて』
『俺は足のサイズが知りたい! どうかそれだけ教えてくれ!! 足のサイズはいくつ何だ!?』
「ごめん、俺も最近はっきり言ってなかったのが悪いんだけどね、男だよ! 俺、男だからね!」
ちょっとくらい女性かもって思われているくらいの方が視聴者受けいいかも――なんて下心のあった俺も、さすがにこの状況はまずいと感じ、直ぐに声を上げた。
増えていく視聴者数には、焦りの感情しかない。
どうしてこんなことになっているのかわからない。何故俺は女扱いされているのか。
昨日までは違ったのに。何か理由があるのだろうけれど、動揺しすぎているせいかなにも思い当たらない。
――誰か理由を教えて。それと解決策。
さっきトモに「配信がすごいことになってる、なんで? 助けて!」とメッセージを送ったが、返事はまだきていない。
『はいはい、そういう設定なのはわかってるって』
『俺たちが話しているのは中身の話だから! ケイちゃんが男でも、中身がおにゃのこだったらいいの!』
『体は正直』
「そういうんじゃなくて!!」
これはおそらくVtuber特有の配信事情で、実際のジェンダー問題とは全くもって別の話だ。
でもVtuberの俺は今困っている。男であることは、設定とかでは断じてない。
『おい、お前らいい加減にしろって』
乱れ狂うコメントの中に、さっそうと一人の視聴者が現れた。
『設定だってわかっているつもりなら尚更、中の人がどうとか詮索したり、執拗に話題にするのはマナー違反だろ。
そんな長文コメントを送ったのは、見知ったハンドルネームの人物だった。
「ジュルジュルマンさん……!」
ジュルジュルマンさんは、俺が配信を始めたすぐの頃から見に来てくれていた視聴者さんだ。
最初はよくて数十人の視聴者の中で、いつもたくさんコメントしてくれていたから覚えている。
やっぱり、昔からのファンのみんなはわかっていてくれたのだ。
これだけ視聴者が増えたのだから当たり前だ。新規の視聴者たちが、ちょっとしたお祭り感覚で変な方向に盛り上がっているだけなのだ。
それなのに俺がそっちに気を取られてしまってちゃんといつもの配信ができなくなるなんて、昔から応援してくれているみんなにも悪い。
『ケイ! 俺はいつでもケイのファンだから安心してくれ! あと、こういう荒れ方したときの対処法にも詳しいし、よかったら今度配信外でもゆっくり相談のるよ。ID送って置くからいつでもメッセージして』
ジュルジュルマンさんの心強い言葉に励まされ、俺は冷静になった。
今まで視聴者の人と個別に連絡を取ったことはなかったが、そもそもなんでこんなことになっているかわからず困り果てていた俺は、ジュルジュルマンさんにメッセージを送ることにした。
そっと配信でばれないようにメッセージを送りながら、俺はやんわりと流れてくるコメントをいなしていく。
「彼氏とかそういうのいないです。……え? 弟? 弟もいないですけど、妹なら……」
と、その中で一つ気になるコメントを見つけた。
『
「そんなわけないし、なんでミィさん……え、あ……もしかして……」
『こないだオフ会したんでしょ? アマネどうだった? 男? 女? 女だったならケイとの百合展開希望』
「な、なんでオフ会の話が……!!」
よくよく見れば、昨日のオフ会の話をしている視聴者が大勢いた。
昨日は疲れていたのでそのまま家に帰ってぐっすり眠り、今日は今日で日曜日だからと昼間から配信をつけていたのだが、さっぱりした気持ちで昨日のオフ会のことが頭方抜けていた。
いや、そもそもこの視聴者数とコメントに圧倒されて、冷静に考えられていなかったのだろう。
たしかにこのタイミングで、俺の性別が話題にあがるとしたらオフ会が理由である可能性は大いにある。
――だけど待ってよ! それで俺の性別が男だってバレる(隠してないけどね)ならわかるけど、なんで女ってことになるの!? 意味がわからないよ!
トモからの返信はまだない。
俺は、すがる気持ちでアマネさんとミィさんにもメッセージを送った。もしかしたら二人の配信もこんな風に荒れているのかも知れない。
するとアマネさんから直ぐに返信が届いた。
『ケイの配信見てる。通話してもいいかな?』
これはアマネさんも俺の配信に出てもいいという意味だろう。アマネさんとの通話で、視聴者にも説明できるはずだ。
こちらからもお願いしたい旨を返すと、また直ぐに通話がかかってきたので、
「あ、あの! アマネさんが配信に来ます! いろいろみんな困惑していると思うんだけど、アマネさんと俺で誤解を解きたいと思います!」
と簡単に説明と断りだけいれて、通話に応答した。画面にも『アマネ・エーデライトさんと通話配信中』と表示させておく。
「もしもしーアマネさん。その今、俺の配信見てくれてたらしいけど」
『やっほーケイ! アマネです。ケイの視聴者のみんなもやっほー。配信ね、ずっと見てましたよぉ。すごい賑わってますねぇー』
「……そ、そうなんですよ」
オフで会った、あのロリ大学生の素のアマネさんがちらついて、今話しているいつものアマネさんが喉につっかえてしまう。
――そりゃ思わず敬語にもなるよね。
「あのーこないだの話って」
ちょっと考えなしに通話してしまったが、オフ会の話をおおっぴらに認めていいのかわらかず俺は言葉を濁した。
バレているみたいだが、証拠が出ているかもわからない状態で、先に本人たちが認めたら大変なことになるかもしれない。
『んー、昨日のオフ会の話ですぅー?』
「え、あのアマネさん!?」
ふわふわしている世間知らずのお嬢様なのはキャラ作りなのだ。だからうっかり言ったわけでもないはずだけれど、アマネさんははっきりとオフ会のことを口にした。
『あのねぇ、昨日夜配信でオフ会の話したらすっごく盛り上がって―。それでケイの配信もすっごく宣伝しちゃいましたぁ。大成功みたいですねぇ、ぶいぶいっ!』
「えええっ!? い、言ってよかったんですかオフ会の話って」
『うんー元々オフ会するーって話は配信でしてましたからねぇ。あれぇ、ケイには言ってなかったです?』
「あーその……どうだったかな」
俺はトモ伝えにいろいろ聞いていたせいもあって、もしかしたら聞き漏れていたのかも知れない。
それか、オフ会で見知ったリアル情報は他言無用というのを、そもそもオフ会の話が秘密というように誤解していただけだろうか。
なんにせよ、オフ会の話が変なところから漏れたわけでなく、アマネさんの配信からだとわかったのは少しほっとした。
「えっと、宣伝ってちなみにどんなのを? ちょっと見てもらってわかる通り、みんなすごいコメントぶりで……」
『うんうん、ケイのね、オフ会での可愛かったところをみんなにもばっちり教えておいてあげたですよぉ-』
「か、可愛かったところって、え、えええ……」
ベタベタされて、散々いじられていたのは間違いない。
そのことなのか? でも可愛いって違わないか?
「ミィさんからもメッセージで、『オレも通話参加していい?』って……アマネさんは……」
『えぇーミィも来るんですかぁ? アマネは大歓迎ですよぉ』
「みんな、今からミィさんも来るよ。俺のことはミィさんがしっかり説明してくれると思うから待っててね」
というところで、視聴中らしいミィさんは通話参加メッセージを送ってきた。
参加を承諾すると、いつものハスキーなイケメンボイスが響いた。
『やぁ、子猫ちゃんのみんな、オレ、三宅猫ミィです。って、はは、ここはケイ君のところだから、オレの子猫ちゃんたちじゃないけどね』
「あーその、ご無沙汰っす」
どんな王子系ボイスとセリフでも、昨日のパリピギャルの彼女がまだ鮮明に刻まれているので戸惑いしかない。
――そりゃ後輩口調にもなるよね。
「ミィさん、見ての通りで。視聴者のみんなに俺のこと説明してよ。コメントに書いてあることは全部嘘だよね」
『あぁ。みんな、悪いけど、ケイ君はオレの子猫ちゃんにする。みんなのものじゃないよ』
「違う違う!! そういうのじゃなくて!」
『オレも昨日配信でオフ会のこと話させてもらったけど、正直一番タイプ……可愛かったのはケイ君だったからね』
ウィスパーボイスで決めたように言うが、そんなことを決められると俺は大変困る。
誤解を解くはずが、新たな火種としてコメント欄はさらに盛り上がっていた。
『えぇーそれは納得できないですよぉ。アマネもケイが気に入ったんですぅ。ミィにも渡せないです!』
『むっ、アマ姉相手でも、オレは譲るつもりないよ』
「待って待って、二人ともなにがしたいの!?」
何故か言い合いのようなものが始まってしまう。
しかも、アマネさんミィさんの二人のファンも押し寄せているのだろうか、視聴者数はとっくに一万人を超えていた。
――すごい、俺も人気配信者に……って全然喜べる状況じゃないよっ!!
収集不可能な事態と判断して、俺は逃げるように配信を切った。
どうしていいかわからず、失意にふけっていたところ、メッセージが届いていることに気づく。
――トモか!?
と期待してみれば、ジュルジュルマンさんからだった。
トモの次に期待していた助け船に、俺は直ぐメッセージを開く。
『大変なことになっているね、ケイ。そんな中、俺を頼ってくれて嬉しいよ。俺はケイのこと信じているから。
ケイが本当は女でも、俺には隠さず接してほしい。いや、女としてのケイを俺にだけはもっと見せてほしい。正直言うと、ケイの彼氏になりたいんだ。
それで、具体的にケイがこれからどうすれば荒れが収まるかだけど、よかったら会って話せないかな? 彼氏としても一度ケイと会っておきたい。
今ケイの小さい手をそっと包み込んで安心させられるのは俺しかいないはずだ。日本国内どこでも、俺はケイのところに駆けつける自信がある。だって君の王子様だから――』
――ジュルジュルマンさん! し、信じていたのに……っ!!
どう見ても下心しかない長文メールに俺はさらに絶望した。
よし、見なかったことにして、なにか甘いものでも食べよう。
だが俺の求めた甘いものが、まさかもっと別のものを引き寄せることになるとは――このときはまだ、思いもしなかったことである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます