第3話 惨劇のオフ会
アマネさんらしい少女が、俺の肩にそっと手を置いた。テーブルを挟んで、向かいのソファー、俺の正面に座っていた彼女はわざわざ俺のそばまで来てくれたようだ。
座ったままの俺と、彼女の身長がほとんど同じくらいだ。身長差のせいで親子のふれあいのように感じる。
「いったん落ち着いて、自己紹介してくれる?」
「すみません。……俺、どうかしてたみたいで」
小さな子供にまで心配をかけてしまうなんて、予想外の事態とはいえ恥ずかしい。
――いや、そろそろ俺も認めなくてはいけない。
目の前で、俺を気にかけてくれている少女はやっぱり本当にアマネさんなんだ。
だって声に巨乳の気配がする。目の前にあるのは羽子板だけど。
「俺、
三人の顔をざっと見渡す。
全員、タイプは違うが美少女だ。
「びっくりしてます」
「そこは嘘でも喜んだらどうなの、正直者」
素のアマネさんから厳しい指摘を受けるが、なにより驚いているのだから仕方ない。
「すみませんっ、その俺以外全員女性と思っていなくて。初めてのオフ会だったこともあってその、緊張とか戸惑いとかでいっぱいで」
「ケイは私たちの性別本当に気づいてなかったの……」
「え、それってアマネさんは、もしかして」
「話してれば雰囲気でわかるでしょ。ミィのやつもわかりやすくキャラつくってたし」
「……」
そう言われると、何も言い返せなかった。
わかっていなかったのは俺だけなのか?
「
「なっ」
――というか可愛い感じなら女の子なんじゃないの?
それから。
「待って、ミィさん。あの先輩って言うのは、いつもケイ君って呼んでたよね? 年はわからないけど、Vtuberとしてはむしろ俺がミィさんのこと先輩として見てたから、そう呼ばれると変な感じが……」
「えぇー後輩萌えとかもしかしてないんですっ!?」
俺の横の席に座っていたミィさんが、ぐっと肩を寄せてきた。素肌のままの二の腕が、俺の腕に触れる。何でギャルは冬なのにコートの下に袖のない服を着るのだろうか。
「そういうの関係なく……ね」
俺は気づかれないようにそっと離れようとするが、空けた距離の倍をミィさんが詰めてくる。さっきよりもぎゅっと近づいて、胸部のたわみがかすかに俺の領域に触れた気がした。
逃げるように向かいに座っているアマネさんを見るが、何故かまた半目で俺とミィさんを眺めている。
トモ(仮)は? とまだうつむいたままなのかと対角線にいる清楚美少女を見やれば、首はまだ下を向いているものの、マイクを片手に立ち上がっていた。
「わっ、私は
キーンとマイクをハウリングさせながら、彼女は頭を深々と下げた。
どうやらやはり彼女がトモらしい。
トモのやつが風邪をこじらせたか寝坊したかで、妹の
声もマイク越しだったせいか、トモのものだったのか自信が持てない。というよりまだ疑いたい。
「……トモ、本当に、トモなのか? 知美じゃないのか?」
「だ、誰よ知美って!!」
スピーカー越しに声を響く。
「しゃ、しゃっきずっと他の女の子ばっかっ! 鼻の下伸ばして、ケイなんてもう知らないっ!」
「えええぇっ!?」
叫ぶやいなや、止める間もなくトモ(あるいは知美)が部屋を飛び出してしまった。
「ケイ先輩、追いかけた方がいいですよ」
「え、俺? 俺、なんかしたのかな……」
「こういうときは男が追いかけるもんなんですって、そっちのがモテますよ」
「モテって」
ためらう俺に、アマネさんが背中を押した。
「トモ、マイク持ってったから取り返してきて」
「……はい」
部屋を出て、謎の清楚美少女を追うことにする。
出ていった勢いの割に、彼女は直ぐ見つかった。
ドアの真横の壁を背にして、うずくまっていた。――近っ。
「……あの、トモ……さん?」
「……なに」
本当に聞こえるか聞こえないかくらいのかすかな声だ。
顔を自分の膝に埋もれさせたまま、彼女からなけなしの意思表示が返ってきた。
「ごめんね」
「なにが?」
「……トモ、なんだよね?」
体育座りになって、露わになった白い脚が視界に入る。
女子だ。どこからどう見てもやっぱり女子だ。
「違うよね」
「え、やっぱり君は妹――」
「ケイの思ってた、トモじゃないよね、私」
「え、そんなことないって!」
反射的に否定したが、イガグリ坊主のエロガキがまだ俺の脳裏に住み着いている。
目の前にいる美少女が、トモ。俺の親友のトモ。
――やっぱり違和感しかない!
「ほ、本当?」
俺の言葉に反応して、トモがやっと顔を上げた。
顔を見れば、尚更はっきりと美少女だ。うっ、と尻込みしそうになる気持ちをなんとか抑える。
「トモはトモだから」
口に出して、俺はゆっくりと心を整理した。そうだ。トモはトモだ。
この一見清楚美少女も、変わらずトモで、変わらずエロガキなのだ。
「ケイ……」
「ほら、立って部屋戻ろうよ」
俺の指しだした手を、トモはためらいながらも握り返してくれた。
――思っていた形ではなかったが、トモと俺のリアルでも友人関係がこれから始まるのだ。
「あと、鼻の下伸ばしてないからね! 俺ずっとトモのこと考えてたし」
「こっここ、こばんっっ!?」
トモは何故か急に江戸時代の貨幣を口にして、顔を真っ赤にした。
よくわからないが、明るくなってくれたのならいい。トモはテンションの高いクソガキなのだ。
トモと部屋に戻って、何故かベタベタしてくるアマネさんとミィさんを退けながら、なんとか無事第一回Vtuber性別不詳組オフが終了となった。
最初は笑顔で俺と部屋に戻ったはずのトモの顔が、だんだんとまた暗くなっていくことを不思議に――何より心配していたが、もしやカラオケが苦手なのだろうか。
解散のあと、もう一度トモとゆっくり話そうと思っていた。すぐにどこかへ消えてしまった。
俺も初めてのオフ会と想像していなかった参加メンバーたち(の性別)に、戸惑いと緊張で疲れ果てていたから帰って眠ることにした。
また後日、トモとはゆっくり話そう。
――そう思っていた矢先、オフ会後、初の配信を始めたところ、件の状況にあいなったわけだ。
視聴者数一万人越え。
何故か俺を女子認定する視聴者たちのコメント群。
「ど、どうしてこんなことになったの!?」
俺はわけもわからず、とにかくトモに「配信がすごいことになってる、なんで? 助けて!」とチャットメッセージを送った。
――だがトモからの返信は、ついぞ配信が終わるまで来なかった。
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