第2話 偽りの乙女達
カラオケの一室、四人で使うには不釣り合いな広いパーティールーム。
革張りのソファーの端っこに座って、俺は固まっていた。
――な、なんで、全員女子なの!?
性別不詳Vtuberたちで開催したオフ会。
参加メンバーの性別は、今さっきまで俺にも不詳なままだった。
それでも、俺以外全員が全員女子ってことある!?
「それじゃ、改めて自己紹介しよっか。面と合わせて話すのは初めてだから、一応」
声変わり前の少年のように性別を感じさせず、どこか気怠げさもある声。
声だけなら、間違いなく俺の知っているアマネさんだった。
アマネさんこと、アマネ・エーデライトは甘ロリっぽい、可愛らしいアバターのVtuberだ。
取り留めのないふわふわした言動に、『アマネ』という自分の名前そのままの一人称を使い、『アマネは妖精ですからぁ』と性別を公称していない配信者である。
コラボしたこともあったし、配信外でも数名でだが通話したことがあった。
配信内外問わずおっとりしていて、年上のお姉さんをイメージしていた。というか、オフでの通話で。
『アマネは、世田谷に住んでいるんですけどぉーみなさんはどこらへんなんですかぁ?』
なんて住んでいる場所を堂々と公開してしまったり、年齢や自分が大学生であることなんかもうっかりなのかわざとなのか、ぽろぽろと口にしてことがあった。
それもあって、小耳にした情報と普段の言動から、ちょっと世間ずれしたお嬢様タイプの女子大生お姉さん(音大所属)であるアマネさんというイメージが勝手に俺の中にはつくられていた。
ただオフ会前、トモとの二人での通話中。
『ケイちゃん、ぶっちゃけアマネっちのことスタイルのいいおっとりした女子大生だと思ってるでしょ?』
「ノーコメント」
『ないない、おっさんだよ。汚いおっさん。だってオフ会しようしようってすごい積極的だったし、あれはワンチャン狙いのモテないおっさんで間違いないから』
トモの中でオフ会というのは男女の出会いの場なのだろうな、と改めてこいつのエロガキぶりに苦笑いする。
「またそんなことを……ほら、配信外で大学生って言ってたことあったし!」
『あれは撒き餌でしょ。騙して部屋に女の子連れ込むための』
「いやでもおっさんのアマネさんは想像できないし……」
とは言いつつ、確かにオフ会を積極的にしたがるのは男なのか? というトモの謎の主張にほだされて、女性でない場合のアマネさん、というのも考えていた。
もしアマネさんが男なら、背が高くてみんなのお兄さんタイプなのだが、ちょっと抜けている天然系。
もちろん男だからと言って、やましい気持ちでオフ会を提案したわけではなく、純粋にネットでもリアルでも人付き合いを大事にしたいから、みたいな理由だろう。
――みたいな心積もりだったわけだが。
目の前に居るのは、おっとりお姉さんでも、天然お兄さんでもない。もちろん汚いおっさんでもない。
「わたしがアマネ・エーデライト、今日のオフ会を企画させてもらった幹事もやってる。みんな来てくれてありがとう」
150はないくらいの小柄な身長と、癖なのかパーマなのかほんの少し跳ねついた長い薄ピンクブラウンの髪。
あどけない顔と対照的に、意思の強さを感じさせる大きな瞳と、小さく閉じられて薄ピンクの唇。
女の子だ。それもかなり小さい。
俺より年下、だよね? 中学生? 中学生ってオフ会していいの? そもそもアマネさんって。
「え、アマネさん……ですか? 本当に? だって大学生って」
「わたし、大学生だけど」
「ええ゛ぇ!?」
「……何か問題ある?」
にらまれる、というよりは鋭かったつり目がちな眼を半開きにして、いぶかしむ表情のアマネさん。――え、本当にアマネさんだし、しかも女子大生なの?
「あー、そう。普段とキャラが違うのは謝っておく。わたしもどうしようかと思ったけど、面と向かってあのキャラは気恥ずかしいから」
アマネさん(まだ俺は疑っている)がほんのわずかに頬を赤らめながら言った。
そうだった。外見のギャップがすごくて、キャラにまで追いついていなかったが、キャラも違いすぎる。
「キャラ作ってたんだ……」
「あんなキャラ素なわけない」
「だ、だって通話中もVのときと同じだったし!」
「あのときはオフ会するかわかんなかったから、一応。ああ、わたしの素がこういうのだってネットでは口外しないように。性別とか外見とかもろもろ」
アマネさんが言ったことは、オフ会を開催するに当たって、決めた約束事でもあった。
Vtuberのリアル事情は原則として極秘だ。特に性別不詳として活動している面々からすれば、ちょっとしたことから性別がバレて配信活動に支障が出てしまう。
「……それにしたって」
こんなにキャラが違うものなのか。
この当たり強めのロリがアマネさん。普段配信中どんな顔しているんだ。
「あっ、じゃあ
困惑冷めやらぬ間に、ハスキーっぽさを残しつつも明るい声が弾んだ。
ゆるくパーマのかかった明るい茶髪で、俺と変わらないくらいすらりと高い背。
髪の隙間からは耳についたピアスと、ザ・ギャルといった服装。
この陽ギャルから、何故ミィさんみたいな声がするのか。
「え、もしかして、ミィさん……なの?」
「そうっでーす!
にへらっと、可愛らしく笑うミィさんにかっこいい雰囲気はまるでなかった。
配信中のミィさんは、違った。
ミィさんこと、三宅猫ミィは猫耳のついた、クールな王子然としたアバターのVtuber。
ハスキーで柔らかな中性声で、かっこいいアバターと声に言動。正直俺がなりたかった理想のようなVtuberだった。
――そのミィさんが、このギャル!?
オフ会まで、俺の中のミィさんは、本当に想像がつかない存在だった。
配信中はクールな振る舞いが多く、一見して男にしか見えないのだが、たまにホラーゲーム中なんかに見せる素の悲鳴なんかが非常に可愛らしいことでファンたちの間でも中身の性別がどちらなのかは意見が分かれているようだった。
トモとの通話では――。
『ミィ君はヤ○チンだな。あれ相当食ってるぞ』
「や、ヤリっ!?」
『あははっ、すっごい驚くじゃん。声とか言動からして間違いなくそう、あれでわかんないとかケイちゃんもしかして処女?』
ミィさんは確かに俺と違って女性ファンも多い。それこそ、本当の性別も男で、普段からモテているという証拠なのか。
トモのくだらない冗談のせいで、ホストだかイケイケ男子大学生だかわからないチャラついた男のイメージがついていところ。
――ギャルって……ちょっとおしいのかも知れないけど、むしろ逆というか……。
ショックが隠せない。
憧れていたVtuberのミィさんがギャルだなんて。
「あはっ、多分令はみんなより年下なんでー、オフではいつも以上にフランクに接してくださいねーっ」
「年下って……え、それより、さっきも聞いた気がするけど、令ってのは?」
「あっ、いけない! それ本名ですっ。ついいつもの癖で自分のこと令って……ま、みなさんならいいですよねっ」
屈託なく笑うミィさんに、俺はどう接していいのかわからない。フランクって言われても。
「ま、待って、ということはトモは……?」
俺は残った最後の一人に目を向けた。
俺とは対角線上の端っこには、物静かな美少女が座っている。
さっきからずっと何も言わずにオレンジジュースをストローですすっていた。
美少女は、白い肌に茶色の大きな目をしていて、長い黒髪はハーフアップに編んでいる。
絵に描いたような清楚な女の子である。
このおとなしそうな女の子が?
いやいや、まさかそんな。だって配信内外問わず下ネタをバンバン話すあの陽気なやつが、こんな清楚な美少女なんて。
『ケイって、エロいビデオとか見るの? どういう系好き? 清楚女子洗脳とか?』
「おおーいっ、配信中だよ? 今二人でレースゲームしているときにトモ君はとんでもないこと聞かないでね」
『だって気になってレースに集中できないんだもんっ!』
「頼むから、そのまま壁に激突して……っ!」
何の気なしに馬鹿話して笑い合っていたトモ。
きっと今日オフ会であっても俺たちの関係は変わらず――。
「ゲーセンでもいく? 負けた方があそこの女子高生ナンパしようぜ」
なんていつも通りのトモに俺はツッコミを入れながらも、Vtuberだったとき以上の友人関係へと。
やったことないけど、バスケのワンオンワンなんかして二人で汗を流してもいい。河原とかどこにあるかも知れないけど、並んで座って夕日でも眺めたい。
青春だ。
可愛らしいアバターとは似ても似つかないイガグリ坊主のエロガキ
「と、友也どこいったのっ!? ねえっ友也は!?」
「……えっと君は、ケイ、だよね? 友也って誰? 落ち着いて」
「ケイ先輩、オフのが面白い人なんですねー」
アマネさんを自称するロリになだめられ、ミィさんを偽称するギャルに面白がられ、それでも俺のトモはうつむいたままだった。
――いや、この子がトモってまだ認めてないけどね!?
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