12月13日
- - 1978年12月13日(水)
不本意なことに今日の僕は機嫌が良い。何が本意でないかというと、上機嫌の理由が「我が家の庭園を無事に二つ潰すことに成功したから」という不謹慎極まりないものであることだ。
上手くやれるか自信がなかったが、成功した。所有域の東側の庭園二つ、今日を以てその役目を終えた。偉そうな言い方が許されるのであれば、僕が終わらせた。
今日もいつものように父との朝食から一日が始まった。日曜の衝突以来うっすらと持続していたぎこちなさも、今朝にはあらかた消えていたと思う(僕の思い違いでなければいいが)。僕は早々に父に対し、「近々自室の模様替えをしたいので、今日は講義もないことだし都心のデパートまで家具の下見に行きたい」と伝えた。勿論これは庭園を潰しに行くことを隠すための嘘であるが、父は疑うことなくこれを快諾した。「おまえは物持ちが良いから、幼い頃から変わっていない家具も多くて窮屈だろう。好きに模様替えしなさい。思い出の品をみんな捨ててしまうならそれは悲しい事だが、おまえに限ってそんなことはしないだろうし、居心地の良い部屋を作るといい」と微笑んで頷いていた。
おまえに限ってそんなことはしない、と。本当にそうだろうか。やはり父は、僕の机上からあのランプが消えていることには気付いていないらしい。父が僕の12歳の誕生日に贈ってくれたあのランプは、子供には勿体ないような質の良い物だったが、ランプシェードが赤色であることがずっと気に食わなかった。不孝な僕は父の眼が弱っていくのをいいことに、半年前、試しにあのランプを廃棄してみたのだ。予想通りもう視えていなかったようだ、あなたには。
さて、まんまと父を騙した僕は彼のための昼食を作り置き、デパートに行くというていで昼前に家を出た。作業のための道具は昨晩遅くに、拝殿近くの納屋にまとめて隠しておいた。また、自分用の弁当もあらかじめ用意していた。それらを持って東側の庭園へ向かった。何故東側から手を付けることにしたかというと、東の二つの庭園が家から最も離れており、もし作業中に大きな音や異臭などが発生しても父に気付かれる危険性が低いと考えたからである。
父の愛する「聖域」の一部を壊すのだから、必ず罪悪感に苛まれるだろうと思っていた。しかし、いざ道具を持って庭園を前にした時、僕を満たしていたのは純粋な高揚感だった。
ここから先、具体的な庭園の壊し方についてはあまり書かないことにする。昨日は何もかも詳述する気でいたのだが、いくら何でもそれはまずいと思い直した。何故まずいか。
結論だけ言う。僕は庭園に強力な薬物を撒いて全ての植物の息の根を止めた。僕の計算及び調合が正しければ、あの場所には二度と雑草ひとつ芽吹かないだろう。
そう、法学研究の発表準備などを進める傍ら、僕は薬剤の調合を考えていた。我が家、いや我が一族は元より、直径40メートル・深さ20メートル以上もある地面の大穴を、動物と人間の屍で一杯に満たしてしまえるような者達である。聖域の管理者は確かに神職であるかもしれないが、この場合の「神職」は「生贄を要する凄絶な儀式の主宰者」を指すし、また「異教徒殺戮の専門家」をも指す。簡単に言えば我が一族は殺しに長けている。そのような家だから少し探れば見つかるのである、使い方次第で庭園の十や二十潰してしまえるような、秘伝の聖水とやらがごろごろと。何が聖水だ。救いを名乗るのをやめろ、悪魔の血液とでも改称するがいい。これを言うとまた父が怒るだろう。
いや、聖水は聖水か。僕は今日、庭を潰すことで非常に心を洗われてしまったから。
という訳で、そのような薬剤の調合を記録に残すことは流石に憚られた。僕にもその程度の良心くらいは残っている。
明日はいつもより早めに起きて、大学へ行く前に東側の「元庭園」の様子を見て来るとしよう。これから数日間は注意深く「元庭園」の経過観察を続け、特に問題なく植物が死んでいるようであれば、他の庭園にも随時手を広げていきたい。
実に心が洗われた。やはりどこかに罪悪感もあるのだが(ということにほっとしている自分も居るが)、しかし、これほど清々しい気分はなんだか久しぶりだ。今夜はよく寝られそうである。そうだ、味覚も戻った。
良い夜だ。ここで切り上げよう。
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