12月8日
- - 1978年12月8日(金)
気付けばこの日記をつけ始めて丸一週間が経ち、今日で二週間目に突入したようだ。案外僕には「書く」という行為が性に合っているらしい。文章を書くことは元から得意な方だったが、こうして自分個人のために言葉を使ったことはなかった。しかしつらつらと書いていると思考が整理され、思ったよりも役に立つ。昨日は自分の記録を形として残すことは危険だと宣っていたくせに、掌返しもいいところだが。
さて、金曜日は講義が昼前で全て終わるのでいつもなら早く帰宅するのだが、今日は例の研究発表の班員達との作業があり、夕方まで大学に留まっていた。とはいえ僕は他の班員達の授業が終わるまで待つ必要があり、時間が空いたので、以前書いた大学近くのレコードショップへ行ってきた。そう、父へのささやかな贈り物だ。良さげな店は二つあったのだが、今回は駅の南側の方の店へ行った。もう一方の店にも、いずれ行く機会はあるだろう。
今見返すと、レコードを買うことについて言及したのは4日前、12月4日の日記か。引用すると4日の自分は「初めて入るレコードショップでも、僕は好く振る舞えるに違いない」と書いているが、大当たりだ。音楽の知識は一般教養に毛が生えたほどしか持ち合わせていないが、無事に初老の店主と話が弾み、音響について色々と教えてもらった上にコーヒーまでご馳走になってきた。勧められるままにクラシックを2枚、ジャズを1枚購入してきたが、あの店主に「実は僕は音楽を聴いて心が動いたことがないんです」と正直に言ったらどんな顔をしただろうか。冗談はよしなさい、と微かに引きつった顔で笑われただろうか。僕が冗談で言っているのではないと解った時、あの禿げ頭の、ごくごく軽い吃音持ちの、動きからして恐らくヘルニアか何か右下半身に患っているであろう店主はやはり口ごもるだろうか。いや、あまり他人を試すような想像はやめよう。右の腰から股関節にかけて痛そうですねとは言わなかった。僕にとっては見れば分かることであっても、他人はそうではないらしいから、そこまで踏み込むと気持ちの悪いものを見る目で見られてしまう。そのことはおよそ中学生の頃までに学習したが、常々理不尽だと思っている。自分に分かることを分かると言って、どうして迫害されなければいけないのだろう。
話が逸れた。ともかくレコードを計3枚購入し、大学に戻って研究発表の準備を進めた。明日(土曜日ながら登校する)の作業でほとんど完成まで持ち込めそうで安心した。班員が協力的だと助かる。いつもこうだと良いのだが。
帰宅してレコードを父に渡すと、いたく喜んでくれた。彼の視力ではあまり見えなくとも体裁はきちんと整えようと思い、プレゼント用の包装を施してもらったのだが、それもまた好評で良かった。彼は色覚を失いつつあるので包装紙に巻かれたリボンの色は判別できなかったようだが、リボンのサテンの手触りだけでも特別な感じがして嬉しい、と言ってしばらく指で感触を確かめていた。やがてリボンの色を当てたいということになり、父は「おまえの性格を思うと、きっと赤だ。おまえは昔から赤が好きだから」と言った。僕が正解、お見事、と伝えるととても満足げに「そうだと思ったよ」と笑っていた。レコードは僕が居ない時間のお供に大切に聴くと何度もお礼を言われた。そこまで喜ばれるとは思っていなかったので、僕も嬉しくなった。
リボンは本当は緑である。赤色は数少ない僕の嫌いな色だ。
重ねて前述のように、明日は土曜日ながら大学に行かねばならない。明日の父の昼食はもう作り置いておいた。それもあって今夜はいつもより遅い時刻になっているので、いい加減筆を置くとしよう。
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