12月5日
- - 1978年12月5日(火)
5日目ともなれば手慣れてくる。次第に要領が分かってきた。世間一般の日記がこういうものであるかどうかは不明だが、僕なりの日記の書き方が掴めてきたということだろう。
昨夜、滑りが悪く開けにくかった門だが、今朝大学に行く前に確認したところ、門と地面との間に鼠の死骸が挟まっていた。それが引っ掛かって蝶番の動きを阻害していたようだ。大きな鼠だった。死骸がそれなりに損傷して、まあ原形を留めているとは言い難い部分も多々あったので正確な判断はできなかったが、恐らくドブネズミだろう。
あの鼠は、こんな閉鎖空間の冷たい鉄の門の下に潜り込んで、一体何をしていたのだろうか。あんなどうでもいい場所で息絶えて、それでよかったのだろうか。
僕から見ればあの死に方はとても無為で、愚かで、吐き気がした。
鼠の死骸のことに随分と紙幅を割いてしまった。だが、僕の日々に動きがないというのはまさにこういうことなのだ。小動物の遺骸ひとつが一大ニュースとなる生活、それが僕の常である。だからいつも何かを見失いそうになっている。何か、の正体は分からない。
鼠の死骸は、あの大穴に捨ててきた。父はあの大穴を神聖視しているが、僕はあれを個人的にゲヘナと呼んでいる。あそこに溜まった死が僕達に救いをもたらすとは思えない。あれは神の宿でなく、子喰いの悪魔に連なるゲヘナだ。
このような考えを万一父の前で漏らせば、彼がどれだけ嘆くか計り知れない。
僕は母の遺した物質に向かっては何故か掌を合わせるが、鼠の遺骸には何故かそうしなかった。両者の組成はほぼ同じであるはずなのに、矛盾している。
今日は、その他の特筆すべき出来事はなかった(もっとも、いつもそのようなものはないのだが)。強いて言えば、これから一週間ほどは大学の方が少し忙しくなりそうだ。同輩達と班を組み、法学研究を進めねばならない。まあ、いつもの通りにやればいつもの通りに結果が出るだろう。課された題材そのものは、なかなか興味を惹かれるものだった。
これからしばらくは帰りが遅くなるかもしれない。父にもそう伝えておいた。父は僕が学問に励むことを歓迎している。
書いていて思い出したが、夕食の後、父がふらついて転びかけた。幸い僕がすぐ近くに居たので、彼を支え、事なきを得たが、一瞬肝が冷えた。本人は単に足元の見当が狂っただけだと言っていたから、貧血その他の疾患を疑う必要はないと思われる。しかし、不安ではある。この半年ほどだろうか、こういったことが徐々に増えている。視力が落ちていくせいだろう。やはり僕の外出中に何か、という可能性が最も恐ろしい。
明日は講義がなく、家に居る予定なので、改めて日中の父の様子を注視しておこう。
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