12月1日

- -  1978年12月1日(金)


 書き方の要領が分からないため、ひとまず今日の出来事を列挙していこうと思う。


 今日は大学へ行き、講義を二つ受けてきた。教場の出席人数が減っている。会えば談笑する知り合い達も顔を出していなかった。彼ら欠席者の不真面目を咎める気はないが、不思議ではある。順を追ってやるべき事をこなす、ただそれだけの行為になぜ途中でつまずくのだろう。

 大学もあと一年少しで卒業だが、結局僕は最後まで、彼らの弛緩した態度に共感することはできないのだろう。共感を示すふりは造作もないが、それは演技だ。


 午後の予定は空いていたが、早目に家に帰ってきた。父が心配だったからだ。

 父が眼を患って、そろそろ丸三年というところか。僕が大学受験の最後の追い込みをしていた頃が発病時期だったから、ちょうど三年だ。あの頃はまだ色彩、ぼんやりとした物の形、光の強弱などは見えていた父だが、最近は視野も狭くなり、色覚を失いつつあるという。進行性の病というものは厄介だと思う。父本人にあまり憔悴していく様子がないのは幸いなことだが、家族である僕には、父の何かが次第に閉じていくさまがよく見える。起伏に乏しい毎日の変化を見落とさないために日記を始めたと前述したが、そうだ、確実に進み続けるものが一つはあった。父の病状だ。

 だいぶ話が逸れてしまった。早く帰宅したという話だ。

 朝、父がだるそうにしていたので、この分では熱など出すかもしれないと思って早々に家路についたのだ。少し買い物をしてから帰った。父は穏やかに過ごしていたので、安心した。きっと少し風邪気味なだけだろう、最近は急に冷え込むようになったから。本格的な冬の訪れが近い。夕方見たら、拝殿の鉄柵の中にも落ち葉がだいぶ積もっていた。

 家の室温にも気を配っておかないといけない。明日からの外出前の確認事項に加えよう。

 それと、拝殿までの坂道が凍ったりなどしていないかも確かめるようにしなければ。父は病の身となっても、決して毎朝の祈りを欠かそうとしないのだから。出来る限りはその意思を尊重するよう、僕も務めたい。


 夕食をとり、大学の課題を済ませ、そしてこの日記を書いているが、だんだんと手が疲れてきた。課題そのものはどうということもなかったが、筆記量が多かったため、万年筆を握り通しだ。そろそろ父の入浴も手伝わねばならないし、今日はこの辺りで切り上げることとする。


 いかにもつまらない仕上がりのようだが、日記とはこんなものでいいのだろうか。

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