三. 何もしないしやる気もない

 目が覚めた。ベッドの真横のこたつ机に置いてある、デジタル時計の文字盤を見た。すでに11時間近である。私は右手で顔を覆い、(寝ころんだままだが)天井を仰いだ。

(――またやったよ……)

 ずっと、半端に睡眠時間がずれている。毎日午前3時に寝て、午前11時に起きている。布団に入るのは0時前後、そこから延々YouTubeやTwitter、Instagram地獄で3時間をすごす。いつもいつも、明日は早起きしよう、次こそは早く起きようと思っても、習慣が染みついているせいか、一向に変わってくれない。枕もとには、4冊の選書が積みあがっている。カーテンの隙間から来る光の強さで、日の高さがよくわかった。実際、室内もだいぶ暑い。

 ベッドから這いだして、を履いていないことに気がついた。パンツとTシャツだけだ。パジャマを着た方が汗的にもいいのはわかっているけれども、面倒だし、どうせ誰も家には来ないから、特に改めるつもりもない。友達もひとりしかいないし、その子にしてもお互いの家で会ったことはない。彼氏はできる気もしない。ベッドに腰かけて腹を見た。パンツの上に脂肪が乗っている。大学に入ってからそこそこ肥ってしまった。えらの張った顔に脂肪がついて、よけい丸く見える。もともとそんなに美人でもないから、何もない。でも性欲は人並みにある。だから昨日も自慰をした。パンツで寝ていたのもそのせいだ。

 その恰好のまま冷蔵庫に向い、扉をあけて2リットルのお茶のペットボトルを取りだし、そのままラッパ飲みした。そしてヨーグルトがまだあることを確認して、こんどはその下の冷凍庫をあけた。昼は冷凍チャーハンで済まそうと思ったのだ。

 だがそこには何もなかった。ただ1度も使ったことのない製氷皿と冷凍のミックスベジタブルだけが入っていた。1回だけ、小さなため息をついた。居室に戻ってベッドにまた仰向けに飛びこみ、軽く股間を揉んだ。このところこればっかりだ。本かSNSか自慰行為が私の生活のほぼすべてだ。

 昼すぎにようやく起きあがり服を着た。財布と、冷蔵庫の足元に放置していたエコバッグをもって外に出た。202号室の住人の女がちょうど帰ってきていた。肩から黒い鞄を提げている。私はその女の名前も年齢も知らないが、たまにすれ違うたび羨ましく思った。マスク越しだが、明らかに見た目はいい方だった。身長は高くないがスタイルも悪くないので、(いいなあ……)とつい目で追ったりしていたのだ。女は扉をあけてそのまま部屋のなかに消えていった。

 美人だから、きっと彼氏もいるんだろうな。そう思うと何だか自分が情けなくなる。体形の管理もできない自堕落な生活を送っているから、彼氏もできないし性交すらしたこともないんだろう。日陰に落ちている廊下を通り、アパートの階段を私は下った。そのとき私が着ていたのは、白無地のTシャツと黒に2本の白いラインが入ったジャージだった。


(2022.12.4)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る