1. 流れで王都を離れてみた

 荷馬車に揺られて王都から出荷される俺。段々と遠くなる町を見つめていると、何とも言えない寂しい気持ちが湧き上がってくる……わけねぇだろ。何一つとしていい思い出のない町だから、離れられて清々してるわ。


「そういえば、まだ教えてもらってなかったね」


 先頭で馬を引いているスコットが笑顔で振り返った。


「どうしてベルナドッテ団長がサク君と一緒にいるんだい?」


 あー、そういえばまだ答えてなかったな。さて、どう説明したもんか。下手なことを言って、これ以上シルビアとの関係を悪化させたくないのが本音だ。例え「僕達の馬車に乗っていってよ!」というスコットのありがたい申し出を「そんなみすぼらしくて狭苦しい馬車になんか乗りたくないわ」と一蹴し、一人だけ優雅に騎士団から持ってきた自分の馬に乗った、性格がこの世全ての悪みたいな女だとしてもだ。あまり面子を潰すような説明は避けた方がいいだろう。


「この変態が悪さしないように、監視役として派遣されたのよ。隙あらば陰部を露出しようとする男だから気を付ける事ね」

「下着姿で地下牢に来た結果、国家変態罪の罪に問われたこいつを、魔王を討伐した褒美ってことで王様が俺の護衛につけやがったんだよ」


 悪化する余地がないので、事実を言うことにした。ごまかすのとかよくないよね。


「え……?」


 この場にいる全員がドン引きしながら俺達を交互に見る。


「ちょっと! 適当なこと言わないでよね!!」

「適当なこと言ってんのはお前だろ。誰がいつ陰部を露出した?」

「存在が陰部なのよ! この変態下着泥棒!」

「あぁ、嫌だ嫌だ。騎士団を無期限停職処分になった腹いせに八つ当たりですか? 他人に当たり散らす奴って本当最低だよなぁ」

「だ、誰のせいでこんな事に……!!」

「ベ、ベルナドッテ団長! 落ち着いて!」


 血管を浮き上がらせながら、ゆっくりと自分の腰に差している剣に手を伸ばしたのを見て、スコットが慌てて宥めた。


「と、とにかくサク君の護衛って事でいいんだよね?」

「護衛兼監視役よ」

「ははっ……そうなんだ」


 監視役というところに力を込めて言ったシルビアに、スコットが笑顔を引きつらせた。


「こ、この男に護衛なんているのかしら? だ、だって、あの魔王ヘレボルスを倒した男なんでしょ!?」

「ん? あぁ、あれは魔王がほとんど自爆したようなもんだな。俺は人質になってただけ」

「へ?」


 おっかなびっくり言ってきたバネッサに俺が優しく事実を教えてあげると、彼女は目をぱちくりとさせた。次第にその表情が怒りに満ちていく。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それじゃ、あんたは魔王が自爆した時にたまたま近くにいたってだけで何もしてないの!?」

「いやー、何もしてないってことはないぞ? 手をぶんぶん振った」

「な、ななな、なにそれぇ!? じゃあ、あたしは運よく魔王から生き残っただけの男に恐怖を感じてたってことぉ!? ふざけんじゃないわよ!! あたしを怯えさせた責任取りなさい!!」

「お前が勝手にビビってただけだろ」


 なんか急に元気になったなこいつ。こりゃビビらせたままの方が五月蠅くなくてよかったかな?


「……そいつの言う事をまともに信じないことね、お嬢ちゃん」

「お、お嬢ちゃん!?」


 バネッサが顔を向けると、シルビアが澄まし顔で馬を操っていた。


「あ、あたしはもう十六よ!! お嬢ちゃんなんて呼ばれる年じゃないわ!!」

「あら私と二つしか変わらないの? 小さいからてっきり初等部に通ってる子かと思ったわ」

「だ、誰が可愛いロリっ子魔女ですってぇ!?」


 誰も言ってねぇよ。っていうか、この女は俺だけじゃなく無意識に全方位へと毒をまき散らすのな。天然ポイズンスプリンクラーと名付けよう。

 

「この変態が魔王を倒したのよ。その時、私は目の前にいたから間違いないわ」

「……はへ?」


 バネッサの動きが止まる。おいおい、シルビアの奴一体どういうつもりだ。


「子供に適当な事吹き込むんじゃねぇ。真に受けたらどうすんだよ?」

「適当な事を吹き込んだのはあんたでしょ? ちゃんと見たんだから。あんたがタレントを使って魔王を倒すところを。その証拠にマナ切れを起こしていたじゃない」

「マナ切れ?」


 なにそれ? カナ成分が多すぎてなっちゃうやつ? いやー、正直俺はマナなのかカナなのか見分けがつかないレベルなんで。

 首をかしげる俺を見てシルビアが眉をひそめる。見かねたスコットがすかさずフォローを入れてくれた。


「ベルナドッテ団長、サク君は記憶を失っているから、マナ切れは分からないんじゃないかな?」

「……そういえばそんな話だったわね。面倒だからあんたが説明しなさい」


 何この女王様。まじで偉そうなんだけど。こんな奴の言う事なんか聞く必要ねぇぞスコット。


「マナっていうのはね、スキルを使用する時に消費する力の事だよ。あぁ、スキルっていうのはタレントによって使える特殊な能力の事ね。そして、マナ切れっていうのは自分の持ってるマナを限界まで使った時に起きる現象さ。体がマナの回復のため強制的に休眠状態に入る……つまり、マナを使いすぎると、体が勝手に眠って回復しようとするんだよ」


 スコットが嫌な顔一つせずに教えてくれた。いい奴過ぎるだろ。しかも、説明がわかりやすい。


「なるほど……それで俺は三日間も眠ってたのか」

「そういう事だね。あの魔王を倒したんだから、相当強力なスキルを使ったんだと思うよ」

「何バスターだ? 何バスターを使ったのだ?」


 岩男マニアのケールさんはお帰りくださって結構です。

 タレントについては取説に書いてあったけど、スキルについては書いてなかったはず。まぁ、所詮は説明書って事か。おい女神、今すぐ攻略本もってこい。ダッシュで。


「俺もあの時は無我夢中だったから、どういうスキルを使ったのかわからないな。教会で聞いた自分のタレントも聞いた事のないやつで、どんな力があるのか皆目見当もつかない」

「そうなんだ。という事はサク君はユニークなんだね」

「あー、そう言えば教会の神父もそんな事言ってたなぁ」

「ユニークはとても珍しいんだ。でも、その分悪人に狙われやすいから、タレント名もユニークである事もなるべく隠した方がいいと思うよ」


 ……あかん。スコットがいい奴過ぎて涙が出てきた。普通なんとかして聞き出そうとするもんだろ? 魔王を倒せるような強力なタレントとか。シルビアとかめちゃくちゃ聞き耳立ててるからね。なのにスコットはむしろ話さなくていい雰囲気づくりまでしてくれてる。初めて会った時はイケメンで性格がいいとか仲良くなれる気がしない、とか僻み全開で思ってたけど、ここまで振り切ってると、仲良くしてくださいって土下座するレベルだわ。

 その行為に甘えて誤魔化させてもらった。ぶっちゃけ、どういうスキルが発動したのかわかってる。だって俺は'スリ'だからね。魔王あの馬鹿の魔法をスったって事だろ。まさかそんなもんまでスれるとは思わなかったけど、実際にやってのけたわけだからな。結構強くねこのタレント?

 ただ、多用は禁物だ。強力な魔法をスった結果マナ切れを起こしたわけだから、スる時のマナの消費量は、スる対象に依存すると思って間違いないだろ。


「……って事は、結局あんたは魔王を倒したってわけ?」


 自分のタレントについて考えていたら、なにやら暗い顔したバネッサが話しかけてきた。


「ん? あー、そういう事になるな」

「…………」


 バネッサは静かにケールの背中に隠れると、バイブレーションモードを起動する。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 ……なんていうか、忙しい子だな。

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異世界転生特典で万能な才能をもらったはずが、なぜか人から物をかすめとる天才になっていました 松尾 からすけ @karasuke

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