第32話 不正と交渉と勝利への道筋
バックヤードで警備員に
「世間知らずのボンボンが」
という嫌味が会場に戻っていく警備員の口から聞こえたけど、冷静になった今では言い返す言葉も見つからない。
「面倒事を起こさないでください。今回は国土交通省をはじめ省庁の関係者も多くいらっしゃってるんです」
「あの、すみません。でもちょっと知りたいことが。あのディーラーってどこから呼んできているんですか。かなり手馴れてるみたいですけど」
「会長のお子さんなのにご存じないんですか?
「世界中、ですか」
「はい、私は忙しいのでこれで失礼します」
こっちも警備員と同じように隠しきれない不機嫌そうな顔を俺から逸らして立ち去って行った。バックヤードに取り残されたけど、前には進んでいる。輝がディーラーをしている限りはここから逃げられない。時間はまだある。
「これからどうする? 会場に戻ろうと思えば戻れそうだけど」
「今日は輝と遊びにきたわけじゃないですから。それはまた今度ってことで」
「それじゃ、次は取り返すための方法を考えよっか」
輝が見つかって少し美空先輩の声も明るくなったように感じる。どこにいるかもわからなくて部室で考えていた頃に比べれば、もう手の届くところに輝がいる。
顎に手を当てて、美空先輩はまた思考を開始する。俺もその真似をして手を顎にあててみる。それをしたところで賢くなるわけじゃないけど、気のせいか集中力が増していく気がする。
どうして輝がここにいるのか。どうして輝はうちに来たのか。どうして輝はうちを出ていったのか。
ずっと巡っている思考は絡み合って答えはいつまでも出ていなかった。だけど、確実に一つだけ言えることがある。
「あのクズのところにいていいことなんて一つもないよな」
難しいことは輝を助けてからゆっくり聞いてやればいい。美空先輩もいつもそうしているじゃないか。いろいろ考えて想像して実験して、最後は自分のやりたいことをまっすぐにやりたいようにやるじゃないか。
「よし、行きましょう」
「行くってどこへ? もう一回輝ちゃんのところに行くなら今度はちゃんと並ばないとダメだよ」
「そっちはいいんです。それより根元を絶ちます。あの父親が雇い主に違いないんだから、そっちから返してもらうんです」
中学生を雇っているなんて問題しかない。そんなことを握りつぶすくらいあの男にとっては簡単なことだろう。だけど、それを後継者であるはずの俺に握られるのは嫌だろう。あの男は自分の権力にしがみついている。俺に失脚の原因になる事実なんて握らせたままにしたくないはずだ。
交渉の材料は十分にある。そうと決まれば行動あるのみ。俺はバックヤードの通路を今度は怒られないように早歩きで事務所に向かう。
「あ、ちょっと待って。こういうのって私の役割だったはずじゃない?」
いつもとは逆の立場で先を歩き始めた俺の後を美空先輩が慌ててついてきた。
事務所に向かうと、ヤツは相変わらず暑そうに扇を激しく扇ぎながらソファに体を預けてふんぞり返っていた。俺の姿を認めると、視線だけでテーブルを挟んだ向かいに座れ、と促してくる。その動きだけでもイラついてしまうけど、ぐっと我慢して指示されたとおりに座った。
「何か問題を起こしてくれたらしいな。この仕事は今後に繋がる重要なものだ。変なことをして壊されては困る」
「知り合いがいたんだ。なんでか知らないけど、他は男ばかりだったのに一人だけ違って中学生くらいの女の子がバニーガールの格好をしてブラックジャックのディーラーをやっていた」
「ほう。そんなことがあったか? 末端の作業者までイチイチ把握してはいないからな。そういうこともあるだろうな」
「関係省庁へのアピールの狙いがあるんだろ? そんなイベントで未成年の女の子がディーラーなんてやってたら問題なんじゃない?」
俺の言葉に父親は少し眉根を寄せた。効いているのは間違いない。扇いでいた扇子も動きが止まって、太った大きな顔に汗が
「それで、その女とどうして知り合ったんだ。そこにいる彼女の前でそんなこと言ってもいいのか?」
「当たり前だよ。一緒にあの子を、輝を探してくれてるんだから」
「ふん。女に女を探させるとは罪な男だな」
そう言いながら父親の声は力がなくなってきている。女性は全部金で釣って自分に従うものだとでも思っているようなヤツだ。俺と輝や美空先輩との関係なんて信じられるはずもないだろう。
俺の向かいで苦々しい顔を作っていた父親は急に顔をただしたかと思うと、ふんぞり返って声を元の不遜な声色に戻した。
「雇っていたら問題だろうな。だが、あの子はボランティアだ。それなら問題ないだろう?」
「知らなかったんじゃなかったの?」
旗色が悪くなってすぐにボロを出す。俺をただのガキだと思って舐めているからこういうことになるんだ。
「知ってるなら今すぐあの子を解放してくれ。こんなところで働かせる必要なんてないはずだろ」
「なるほど。別に構わないぞ。おい、ディーラーを交代させてこい」
父親が一番近くに立っていたスタッフに怒鳴りつけるように指示を飛ばす。
勝った。これで輝が帰ってくる。
俺が勝利の味に顔を緩めるのと、父親が不敵な笑みを口の端に浮かべたのはほとんど同時だった。
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