第31話 情熱と焦燥と思考実験の限界
会場は足の踏み場もないほどに人が詰め込まれていて、人探しなんてとてもじゃないけどできそうな気がしなかった。区画ごとに区切られたテーブルでは単純なくじ引きやルーレットといった定番のギャンブルが行われ、たった数回それに参加するために開業初日の遊園地みたいな長蛇の列ができている。
外でやっていた入場制限なんてまるで意味をなしていない。これじゃギャンブルをしに来たのか行列に並びに来たのかわからなくなりそうだ。
「すごい盛況だね。みんな確率についてたくさん思考実験しているんだろうね」
「きっと確率については考えてるでしょうけど、思考実験とは違うかと」
「もったいないなぁ。せっかくこんなにいろいろな実験器具があるっていうのに」
ギャンブルを見て実験器具っていう人を初めて見た。感心している美空先輩を連れながら会場を回ってみるけど、輝の姿なんて簡単には見つからない。何か方法を考えないと。
必死に目を走らせて輝を探しながら同時に方法を考えてみる。でもどちらも同時に中途半端にやったんじゃ何も思いつかなかった。
「ねぇ、さっき友達が輝ちゃんを見たって言ってなかった?」
「あ、そういえば」
そもそもここに輝がいると思って来たのは関本からの電話で俺の彼女と勘違いしている輝を見たって話を聞いたからだった。慌ててスマホを取り出して関本に電話をかけてみる。かなり長いコールの後、ようやく声が聞こえてくる。
「おう、どうしたん?」
「なぁ、さっき輝を鶴浜の会場で見た、って言ったよな? どこで見たんだ? 服装とか覚えてないか?」
「なんだよ、一緒じゃなかったのか。現地集合でもしてたのかよ?」
「いいから。早く」
「えー、そんなこと言われてもなぁ。前に会ったあのかわいいワンピースを着てた気がするな。それから、俺が見たときは行列に並ばずにどこかに歩いて行ってたな。目当てのゲームでもあったんじゃないか?」
「目当ての?」
「隣の区画はトランプを使ったゲームみたいだけど、そっちに行ったんじゃないか?」
「わかった。助かるよ」
聞きたいことは聞いた。トランプゲームを扱っている区画は、東西の連絡通路を渡った先にある西館で行われているようだ。
「さぁ、行きましょう」
「うーん、次は28だと思うんだけどなぁ」
「ちょっと。予想とかしてないで!」
俺の電話が終わるまでルーレットが回るのを見つめていた美空先輩が小首を傾げながら唸っている。放っておくとすぐ思考の海にダイブしてしまうから困る。
カラン、と音がして28番にボールが落ちるのを横目に見ながら、俺は西館へ向かう連絡通路へと急いだ。
やたらと天井が低くて閉塞感を感じる通路を抜けると、西館は関本の情報通りトランプを使ったゲームが主体のエリアになっていた。トランプなら賭博というよりも娯楽やゲームのイメージが強いせいかこちらの方が若そうなお客さんが多い印象がある。
「こっちの方が輝ちゃんもいそうだね」
「それでも中学生くらいの子はいないですけどね」
やっているのはポーカーやブラックジャック、おいちょかぶといった日本でも馴染みのあるゲームが多い。それでもギャンブルには違いない。こちらも東と変わらない盛況ぶりで、どのコーナーも長蛇の列ができている。
「カード系は運だけじゃなくて
「だから、遊びに来てるわけじゃないんですから」
そう言っても美空先輩はどうでもいい話をやめようとはしない。それはつまり俺がまた焦っているってことなんだろう。俺を落ち着かせようとしてくれているのがわかっても、焦りから自分がコントロールできない。
「ほら、あのテーブルとかディーラーもバニーガールだよ」
「トランプゲームが多くて若いお客さんが多いのに、それは変わらないんですね」
言われて半円のテーブルの中心に立っているバニーガールに目を向ける。華麗な手つきでカードを切ってすばやくテーブルにカードを滑らせる。男ばかりの中で一回りも二回りも背が低いのにその手さばきの華麗さが存在感を大きく感じさせる。
「ってあれ?」
見たことのある少しくすんだ金髪、幼さの隠しきれない顔。そのどちらにも見覚えがあった。
「輝⁉」
会場の雰囲気とそこにいるはずがないという思い込み。一度気付いてしまえばどうしてわからなかったのかが自分で理解できないほどだ。
「輝!」
テーブルに向かって走り出すと、同時に警備員がどこからともなく現れて止められる。両腕をそれぞれ二人にがっしりと押さえられると暴れたところで非力な俺は何もすることができない。美空先輩があーあ、と声を漏らすのが聞こえる。
「こら、暴れるな!」
「違う。俺はあいつに用があるんだ!」
「何を言ってるんだ! いいからこっちに来い!」
大人二人につかまれてはろくに動くこともできない。ズルズルとバックヤードに連れていかれる。
「もう。ちゃんとどうなるか考えないからこういうことになるんだよ?」
美空先輩は呆れたような少し嬉しそうなよくわからない声で俺の後ろをついてきていた。
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