第30話 日本でバニーガールを探す方法

 鶴浜つるはまのイベントは俺も知っていた。父親の会社である山王遊技さんのうゆうぎと国営カジノを推進している議員たちの働きかけで社会実験としてカジノを数日間開くことになっている。社会実験なので場内で利用されるコインは一切換金できないことになってはいるが、賭博であることに違いはない。


 そんなところに輝がいるなんて。今まで一緒にいてカジノが好きとは思えないけど、輝については知らないことの方が多いくらいだ。でもそんなところに行くためにわざわざ荷物をまとめて出ていく理由も見つからなかった。


 各駅停車で止まる電車を恨めしく思いながら座席に座って貧乏ゆすりをしていると、俺の膝にそっと美空先輩が手を乗せた。それだけで何も言ってはくれないけど、心を落ち着けるには十分だった。


 美空先輩のおかげもあって電車を降りる頃にはずいぶんと冷静になっていた。開いたドアから駅のホームに出ると、風にわずかな海の香りを感じる。海沿いに建てられた大きな展示場は、この数日間だけ吐き気をもよおすカジノに変貌している。


 政府公認の私営賭博の実験ということもあって、ギャンブル好きや興味本位らしい大学生がたくさん来場しているらしい。関本もその一人のような話しぶりだった。入り口には長蛇の列が作られていて、当日券売り場に向かってみる。行列を整理しているスタッフの一人に声をかけてみた。


「今からでも中に入れるんですか?」

「はい。ただいま2時間半待ちとなっております。前売り券は全日完売しておりますので、待っていただくようにお願いしています」


「うーん、中に入るのは難しそうだねぇ」

「わかりました。ありがとうございます」


 もう何度も同じような質問をされて、理不尽なクレームを受けていたんだろう。俺がすぐに話を終わらせてお礼を言うと、ほっとした表情でスタッフは仕事に戻っていった。


「どうしようか? 2時間くらい並んでみる?」


 目的は中でやっているカジノじゃない。輝を見つけたいなら出口でずっと見張っているという手もある。これだけ人がごった返していても、中学生の女の子なんてまずいないだろうから、輝が歩いていれば目立つはずだ。でも俺は一刻も早く輝を捕まえたかった。そうしないとまたするりと逃げられてしまいそうな気がする。


「いえ、ちょっとした裏技を使います。あまりやりたくないんですけど」


 行列の続く入り口から離れて、俺は他の入り口を探す。目的の通路へ続くドアはすぐに見つかった。関係者以外立入禁止の文字が入ったシールが貼られ、カラーコーンと黄色と黒の棒で仕切られている。前では警備員が二人でしっかりと目を光らせて、部外者がやってこないように見張っていた。


 俺はそこに向かって当然のように歩き出す。案の定、すぐに中年の警備員が歩み寄ってきて俺を止めた。


「こっちは立入禁止だよ。中に入りたいならあっちの列に並んで」

「お客さんじゃないんですよ」


「そう言われてもね。お客さんが来るなんて聞いてないよ」

「じゃあ確認してもらえませんか? 大山幸佑おおやまこうすけが来ている、って」


 警備員はいぶかしげに眉根を寄せたけど、大山、という名字に覚えがあったのか若い警備員に言って、確認させた。


 若い警備員は嫌そうな顔で立入禁止のドアの向こうに入っていったけど、戻ってくるときは血相を変えて走ってきて、中年の警備員に耳打ちした。


「こちらへどうぞ。社長は事務所の方にいらっしゃるそうです」

「ありがとうございます」


 苦々しい顔をする警備員に案内されて、俺たちは本来は運営側しか通れない廊下を歩いて事務所に向かった。


 事務所に入ると、肥えた腹をベルトに乗せ、強欲で膨らんだ頬をにんまりと微笑ませながら、俺の父親である大山憲大おおやまのりひろは汗のにじむ顔を扇子で必死に扇いでいた。


「お前が来るなんて思ってもいなかったぞ。私の息子という自覚が出てきたようでいいことだが」


「これだけ大きなイベントならさすがにね」

「それでいい。今すぐにでも大学なんて辞めて実地で学べばいい。座学なんて無駄だ」


 高卒のたたき上げで今の地位を築いた父親は学歴がないことをコンプレックスにしている。俺が大学に通っていることを今でも面白くないと思っている。


「後ろの女の子は、いや、聞かないでおいてやろう。お前と彼女で認識の違いがあっては困るだろうからな」


 下卑げびた顔を今すぐ殴りつけてやりたかったけど、今は別の目的がある。美空先輩の気を悪くさせていることに心の中で詫びながら、目的をすぐに話し始めた。


「中を見て回ってもいいか? 迷惑はかけないよ」

「好きにするといい。おい、スタッフ証を用意しろ」


 言われた事務員らしい女性が怯えたように棚に向かった。いるだけで空気を最悪にするのは昔から変わらない。俺は周りのスタッフに申し訳なく思いながら、輝を探して広い広い展示場の中へと向かった。


 会場は普段は真面目な産業展示会や同人誌即売会が行われているコンクリート打ちの質素な内観のはずなのに、今日はうって変わってどこもきらびやかな彩りのライトが光り、足元は赤い絨毯じゅうたんで覆われていた。


 日本人がイメージするカジノに沿って作られたらしい会場内は、コンパニオンもバニーガールの姿で会場を歩いて華やかさに一役買っている。それを見るとなんとなく輝が思い出されて俺は溜息が出る。


「ふわぁ、あんな格好でよく人前に出られるよねぇ」

「その格好をした輝を大学構内で連れ回してた人がいるらしいですよ」

「ふーん。私はよく覚えてないなぁ。それにその子は大学に入る前から路上でその格好だったんじゃない?」


 美空先輩はとぼけたように俺から視線を逸らす。今の輝はバニーの格好なんてしていないだろうけど、なんとなく紛れ込んでいるんじゃないかと錯覚してしまう。


「この中に輝がいれば目立つでしょうし、早く探しましょう」


 俺ははぐれないように美空先輩の手を取ろうとして、その手を止めて会場内を足早に歩き始めた。

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