第25話 相手の好きなものが好きになれない現実の確率
ランチタイムと言いつつも居酒屋だからか、それほど混雑することもなく、かといってランチメニューだけで何時間も居座るのは気が引ける。そういうわけで俺たちは時々ドリンクやスイーツメニューを足しながらレトロゲームを楽しんだ。
結局美空先輩はラストステージまでいったものの、ラスボスまで辿り着くことはできないまま、無念のタイムアップとなった。
店を出てからも美空先輩は初めて体験したドットの世界に心酔しきりだ。
「あそこで私絶対ボタンを押したんだよ! でもなんでかジャンプしてくれなくて」
「古いゲームは入力遅延が起きたりラグが出たりしますから」
「ああいうゲームってまだ買えるのかな? 他のサークル部屋とか回ったら置いてあるところありそうだねぇ」
次のサークル活動が完全抜き打ち無許可サークル部屋持ち物検査になりそうなのをなだめながら、俺は楽しそうに話を続ける美空先輩の笑顔を見る。こういうときにもういい歳なんだから、と
ゲームなんて金も賭けずにやる未熟な遊戯だ。あの父親はよくそんなことを言っていた。でも俺からすれば金を賭けて射幸心を煽らなきゃ楽しめないギャンブルの方がよっぽど
「なんか悔しいから延長戦にしようよぉ。ほら、ゲームセンター近くにないかな?」
「探せばあると思いますけど。どこでもいいですか?」
「大きめのところだったらどこでもいいよ」
「意外です。ゲーセン行くんですね」
「うーん、時々ね。頭の中をすっきりさせたいときにかな」
レトロゲームは見るのも初めてだったのに、ゲームセンターには行ったことがあるという話は少し不思議だった。つまり古いアーケード筐体の置いてあるような小さなゲームセンターには行ったことがないのか、それともそのフロアに興味がないのか。
俺はスマホでさっと検索をかけて一番最初に引っかかった郊外型のアミューズメント施設を選ぶ。ルート案内に従って進むと、10分足らずで大きな看板が見えてきた。
入り口周りにはキャッチャーゲームが並んでいる。日曜日ということもあって、友達グループやカップル、家族連れと様々な客層がアームの行き先を見つめていた。
美空先輩の目的はキャッチャーじゃないみたいで、キョロキョロと景品を見てはいるけどお金を入れる様子はない。
「何階に行くんですか?」
各階案内を見ると、1階と2階はキャッチャーゲーム。5階から上はボウリングとカラオケが入っているようだ。
「んーとね、4階だね」
「4階は、メダルゲームですか」
言われた通りエレベーターで4階に上がると、メダルとメダルがぶつかり合う金属音に顔が歪んだ。カジノやスロットで何度も聞かされたあの音を聞くと、嫌な思い出ばかりが蘇ってくる。美空先輩は特に気にしていないみたいで、慣れた様子でカウンターに行くと、認証を済ませて預けていたメダルを下ろしている。
「結構やってるんですね」
「うん。こーくんにも分けてあげるから一緒にやってみようよ」
意外な一面だった。一年以上ずっと見つめていたと思っていたのに、俺はまだまだ美空先輩のことを知らない。今日はそんな一面をたくさん見たい。そう思っていたのに、美空先輩がルーレットの席に座るのを見て、俺は思わずたじろいでしまった。
「先輩、ルーレットやるんですか?」
「うん。たまにね。ルールは教えてあげるから」
「あぁ、はい」
ごまかしきれない歯切れの悪さで答えながら、美空先輩の隣に座る。ルーレットのルールなんて嫌になるほど頭に叩き込まれている。どこに置けば何倍で返ってくるかなんて、すぐに理解できる。
「各数字の間に走っているラインの上に置くことで2カ所に賭けることができるんだよ」
「なるほど。複雑なんですね」
説明に適当な相槌を打ちながら、俺はチップ代わりのメダルを置いていく美空先輩の横顔が醜く歪んでいくような錯覚を覚えていた。
俺がギャンブルが嫌いだという話は美空先輩にはもちろんしていない。輝にだって話したくないと思っている。
自分の親が日本のギャンブル界のドンだなんて知られたくもない。だからここに俺を連れてきたことを否定するつもりはない。でも、それでも、やっぱり。自分の好きな人が自分の嫌いなものを好きだという事実にめまいがした。
「さ、どこに賭ける?」
「じゃあ、とりあえず最初なんで広く」
俺はあまり考えたくなくて、手近な黒の枠にメダルを一枚置いた。倍率は2倍。それでも緑色の0と00があるから当たる確率は50%弱になる。この確率のわずかな違いが胴元の取り分というわけだ。
「ちょっと待った!」
俺がメダルを置いた手を美空先輩がつかむ。
「え、なんですか?」
「ルーレットはギャンブルじゃないんだよ。意味を持ってメダルを置かないと」
「えっと、どういう?」
「たとえば、ここまで黒、黒、黒、と三回続いていたとするでしょ。じゃあ次に黒が出る確率はいくらだと思う?」
「普通に50%弱だと思いますけど」
「そうかな? 黒が続いていたら確率を収束させるために赤に入る因子が生まれると思わない?」
「はい?」
首を傾げる俺に、美空先輩はスイッチが入ったかのように語り始める。
「確率っていうのは起こりうる可能性を論理的に計算して出してるんだよね? だとしたら永遠に近い回数を試していたら確率は収束するはず。だったらどちらかに結果が偏ったら、確率を収束させるために逆側に偏る力が生まれないとおかしくない?」
「それも含めて確率なんじゃ」
「だったら、一回ルーレットを回したときに黒と赤に入る確率が同じっておかしくないかな? 毎回黒と赤に入る確率は違っていて、それを無限に繰り返した結果が50%なだけなんじゃない?」
完全にスイッチが入った美空先輩が一気にまくしたてるように語り始める。ベットタイムが終わって、今回はメダルを賭けていないことになってしまったけど、そんなのはおかまいなしで美空先輩は俺の手をしっかりと握ったままだった。
「私はこの確率という存在を疑っててね。思考実験が煮詰まってきたと思ったら、こうやって実証実験のためにゲームセンターに来るんだ。いい? ルーレットはギャンブルじゃなくて数学と物理学の実証実験場なんだから」
「そ、そうなんですか」
なんだかラプラスの悪魔にも繋がりそうな話を嬉々として語る美空先輩の顔は、もう歪んでいなかった。
「さ、ちゃんと可能性の収束を考えてメダルを置いてね」
「わ、わかりました」
俺は美空先輩と話しながら、生まれて初めてルーレットが回る音が心地よく感じられていた。
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