第24話 自分の好きなものが認められる奇跡の確率
猫カフェでたっぷり癒された後の美空先輩は、すっかりふにゃふにゃで見ているこっちが不安になるくらいだった。今なら知らないおじさんに適当なことを言われたらホイホイついていきそうなくらいぽわぽわしている。
俺の方は終了時間ギリギリにちょっとだけ首筋を撫でさせてもらったくらいで結局あまり触らせてもらえなかった。いつか猫カフェにリベンジしたいと思う。
カフェを出ると、時間はお昼過ぎで道沿いの店にはところどころにランチを求める人の行列ができている。
「さて、次はこーくんの番だね」
たっぷり時間をかけて猫といた経験を噛み締めた後、美空先輩は楽しそうに俺に微笑んだ。
そういえば癒され空間ですっかり忘れていた。次は俺の提案をしなくちゃいけないんだった。意外と美空先輩が普通というか、まっとうな場所を選んでいたせいで余計に出しにくくなってしまった気がする。
「どうしたの? こーくんのことだからちゃんと用意してきてるんでしょ?」
「いや、そうなんですけど」
「別にカッコつけなくていいって言ったでしょ。私はこーくんならどこに行くかが知りたいの」
「一応ランチメニューもやってたはずなんで、お昼ご飯、そこでいいですか?」
「うん。こーくんのチョイス楽しみだなぁ」
キラキラとした美空先輩の瞳は自分の思考実験の結果が現実とリンクしているかの解答を求めている。なるほどだからわざわざ当日のその場で行き先を決めることにしたってわけだ。
こうなったらもうヤケだ。これで何と思われたってその時はその時。俺は美空先輩に目当ての店のサイトをスマホで見せる。二駅先にある店にわざわざ行くのもどうかと思ったけど、なんかこういうプランとか考えずに行きたいところに行く感じが本当にいつものサークル活動みたいで気楽にいける。デートっていうよりもいつものサークル活動って感じがする。
「もしかして、美空先輩も今日のデート緊張してました?」
「あ、当たり前じゃない。恋人なんて、どうしていいかわからないんだもの」
「ちょっと安心しました」
いつもと同じで、でも関係性は少しだけ違う。この関係に俺たちはまだ少し戸惑っている。だから今までと同じような雰囲気で徐々に慣れていこうとしているのだ。
また電車に乗って、大きな通りから離れた小道に入る。雑居ビルにいろんな居酒屋やマッサージ店が入っている。本当は夜に活発になるような場所を歩いていると、少し不安そうな顔で美空先輩が俺の袖を引っ張った。
「本当にこっちであってる?」
「たぶん。元々は居酒屋さんらしいので」
調べてきた店はメインは居酒屋さんらしいけど、客層を増やすためにお昼は手頃な価格のランチ営業をやっているらしい。俺がそんなお店を選んだ理由は料理がおいしいとかお酒が飲みたいとかいう理由じゃない。ようやく雑居ビルの2階に目的のお店を見つけると、俺はほっと安堵の息を吐いて美空先輩と一緒に中に入った。
店の中は個室に分かれた一部屋ごとに畳敷きになっていて、座卓に座布団が敷かれた和室のリビングみたいになっている。座敷のお店は別に珍しくはないけど、やけにリビングを連想させるのはその個室ごとに小さなモニターが引き出し付きのテレビ台に置かれているからだろう。
「なんか落ち着く雰囲気だね」
「俺も初めてですけど、なんか自分の家みたいでいいですよね」
ネット上の記事で画像は見ていたけど、想像以上に自分の部屋の趣味部屋に似ている。だからこそこの居酒屋を選んだんだけど。
「いらっしゃいませー」
トレイを持った店員さんがおしぼりと水を持ってやってくる。そのトレイの上にはもう一つ、普通の居酒屋ではまず見ないものが乗っている。
「チャイコンはご利用ですか?」
「はい、お願いします」
「では失礼します」
俺が答えると、店員さんは慣れた手つきでモニターに配線を繋いでいく。最新のモニターにはチャイコンのコードは繋がらないから、コンバーターを間に噛ませて変換する。配線が終わり、店員さんがテレビ台の引き出しにかかっていた鍵を開けると、そこには隙間なく詰められたゲームのカセットが姿を現した。
俺の部屋にも置いていない、俺が生まれる前に誕生したゲームハード。なかなか手に入らなくて未だにちゃんとプレイしたことはほとんどない。一緒に行くなら美空先輩より輝の方がいいかと思ったけど、一番俺らしい選択はここだと思った。
「ではごゆっくりどうぞ。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
セッティングが終わると店員さんが去っていく。残された美空先輩は初めて見るらしいチャイコンをちょっと困惑気味に見つめている。外見を見てもただのおもちゃと同じであまり意味はないんだけど。
「これって、ゲーム、だよね? こーくんってこういうのが好きなの?」
「変、ですかね?」
「ううん。そういう雰囲気全然見せたことなかったからびっくりしたの」
開けてもらったテレビ台の引き出しのソフトを眺める。描かれているきれいなイラストは絶対にゲーム内では登場しない。この時代のゲームではもっと粗いドット絵でしかない。その分想像力でいくらでも補完ができるのが楽しいのだ。
「ねぇ、やってみてもいいの?」
「はい、そういうお店なので。あ、メニューは決めないと」
「こーくんが適当に考えて」
「え?」
この美空先輩は完全に興味がゲームに移っているモードだ。何かに興味が沸くとこれだから、もう俺のこととかお昼ご飯のこととか完全に頭の中から消えている。気に入ってもらえたのは嬉しいんだけど、なんかちょっと寂しいな。
「ねぇ、これってどうやって始めればいいの?」
「ちょっと待ってください。えっとカセットを入れてですね」
メジャーなアクションゲームから一つを選んで起動させる。コントローラーを握った美空先輩は完全にモニターの画面しか見ていない。
ランチメニューからオススメされているものを二つ選んで、美空先輩の方に向き直ると、早くも最初の城まで到達していた。
「え、初めてやるんですよね?」
「うん。結構難しいねぇ」
いつものおっとりとした声で答えた美空先輩だけど、コントローラーを操る指の動きは軽快でいつもとイメージが違う。
「あ、なんか強そうなのが出てきた!」
「あ、それは。いや、答えは教えない方がいいか」
こんなに楽しそうにしているところに水を差すのもよくない。俺はまっすぐに画面に向かっている美空先輩の横顔を眺めながら、この店を選んでよかったと嬉しく思っていた。
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