第20話

「あーあ、特殊科がきちゃったか」

 人体の塊から、そう声が聞こえたかと思うと、向かっていく特殊科の女性めがけて無数の手と足と頭が伸びる。あと、ほんの数センチくらいまで、それらが女性に迫った時、凛と透き通った声が耳に届いた。

「反転」

 刹那、塊から伸びていた手は消え、血の雨が降る。そして、女性の姿が無くなり、かわりに、銃を無数に組み合わせたような兵器がそこにあった。視覚に遅れて、ババババババババという音が耳に届く。

 吹き飛ばしても吹き飛ばしても伸びてくる人体を、それを上回る速さで吹き飛ばしながら、特殊科の女性はだんだんと塊に近寄っていく。

「これはだめか……。相性が悪いなぁ」

 塊の大きさが半分くらいまで削られたところで、突如、塊が後ろに向かって飛んでいく。

「待てよ。この野郎ー」

 あっという間に、塊と女性は遠くに行って、建物の死角に入って見えなくなった。

「一応、助かったのかな……?」

 そう言って、真桜まうは膝を折って座る。すぐそばには、さっきまで俺の首を掴んでいた、手と腕が転がっていた。おそらく、伸びてる手を途中で吹き飛ばしたのだろう。手首には、やっぱり新島の頭がついていて、かなり気持ち悪かった。

「あーあ。入丙いるへいくんが神と契約してなかったら、すぐに終わってたんだけどなあ」

 その頭の目が開いて、口が動き出す。とっさに立ち上がって、俺と真桜まうは、それから距離を取る。

「今回は、もうダメだね。『神通力』の使い過ぎで『神秘』がもうあまりない。でも、しばらくして『神秘』が溜まったら、また入丙いるへいくんを殺しに来るよ。私は、ずっと忘れないからさ」

 新島の顔は目から涙を流していた。

「2人とも、よけろーっ!」

 はっ、と上を見上げて、新島の頭からさらに距離を取る。

 ズドンっと、あの塊が空から降りて来て、降りてきたかと思うとまた遠くに向かって、飛んでいく。続けて、あの女性と思わしき、銃の兵器が降りてきて、その後を追う。

「じゃあね、入丙いるへいくーん。また、今度」

 新島の声が聞こえてきたかと思うと、銃の女性が追い付く前に、無数の人間が塊に集まって来て、塊を覆い隠す。すぐに、一斉に、バラバラの方向に人間たちは走り去って、もうそこには塊の姿はなかった。

「くそ、こうなると手の出しようがないか……。2人とも、すぐ助け呼んでくるから、そこで待ってなよ」

 銃の人が、もとの人の姿に戻って、一言そう言いに戻って来て、また、どこかへと走っていく。その後ろ姿を、真桜まうと眺めながら、ぽつりと俺は言った。

「俺、特殊科に入るよ」

「なっ?」

 振り向いて、真桜まうは俺の顔を見る。

「どうして?」

 半ば抱きつくような感じで俺に迫って来て、俺の顔を見上げる。

「必ず、新島は俺を殺しに来るって。だから、真桜まうを、俺を、守るためには戦えるようにならないといけない。今の俺じゃダメなんだ」

「そんなの特殊科の人に警護でも頼めばいいじゃないか」

 ふるふると横に俺は首を振る。

「あいつは計画的だから、そうなったらたぶん特殊科の人を殺す策を練ってくる。周りに頼るだけじゃダメなんだ。今日みたいに、特殊科の人がいなくて、もしも、真桜まうもそばにいなかったとしても、俺が自分で俺を守れるようにならないと……」

 今の普通の高校生の俺では、真桜まうを守ることも、自分自身を守ることも叶わない。もうこれ以上大事な人を不幸にするのは嫌だ。

 でもと真桜まうが話し出そうとするのを遮って俺は続ける。

「それに、守れるだけじゃだめだ。あいつは、殺さない限り、ずっと、俺を狙ってくる。だから、俺も戦えるようにならないといけないのはもちろんだし、仲間も必要だ」

 絶対に俺を殺すと言っていた新島の顔が思い浮かぶ。

 そこで区切って、息を吐いて吸ってから、俺は言った。

「だから、俺は特殊科に入って、戦闘の訓練を受けて、あいつに俺が殺される前に、新島を殺す」

 それが、今この時、最良の選択だと思う。

 そう言い切った俺の顔をじっと眺めてから、はあと真桜まうはため息をつく。

「わかったよ。まあ、そもそもというか、僕の独断で、第2段階を解放したから、どのみち特殊科に所属しなければならなかったからついでだ、付き合うよ」

 けど、と俺の正面に真桜まうは立つ。

「なら、『誓う』と言って」

「何を、誓うんだ?」

「そう言うのは気にしなくていいよ。しいて言うなら、死なないためのおまじないかな。ほら、早く言ってよ」

 赦すとも言ったし、今更だともって、俺は口を開く。

「誓う」

「よし」

 と言って、真桜まうは俺の横に立った。そうして、2人ともしばらく、黙って、空を見ていた。降っていた雨はいつの間にかやみ、空は何とも言い難い絶妙な赤に染まり始めていた。

 やがて、警察車両や救急車のサイレンの音が街にこだまし出し、遠くから人がこちらに向かって走って来るのが見えた。

「ねえ、入丙いるへい

「何だ? 真桜まう

「僕は死なないから、入丙いるへいも死ぬなよ。2つ目の約束だ」

「約束する。そっちこそ死ぬなよ」

「わかった」

 隣の真桜まうの顔は、夕陽で赤く染まっていた。


 ********


「一昨日の、邪神による大量洗脳による被害者は今日までの時点で次の通りとなりました」

「洗脳された人数は、50万人、そのうち、軽症者40万人、重傷者10万人、重体は1万人、死亡者は5000人に上りました」

「現在も、救助治療、および破壊された街の復旧が進められています」


「ピッ」


 振り返ると、身支度を整えた真桜まうがリモコンを持っていて、首を振って、もう行くよと合図を送ってくる。

「わかったから。今行く」

 立ち上がって、スーツケースの取っ手を持ち、真桜まうの後を追う。

「それじゃあ、しばらくさようならだ、俺たちの家よ」

「帰ってくるまで、待っててね、僕たちの家さん」

 2人で家に挨拶をして、玄関を抜けて、真桜まうと一緒に外に出る。

 見上げた空は、青が多く、まばらな雲が少し前よりも高くに見えるような気がした。

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