第18話

「お願いだから、こんなこと、もうやめてくれないか……」

 新島の方に体を向け、ほんのちょっとずつ後ずさりしながら、俺は答える。

「ダメ。入丙いるへいくんを殺すためなら、なんだってするよ、私」

 新島の目は全く揺るがない。全身で、周りを警戒しつつ、俺は話を続ける。

「どうして?俺を殺すことに何の意味がある?何が知りたいってんだよっ」

「それを教えたら、おとなしく、私に殺されてくれる?」

 もちろん、そんなわけにはいかない。ほんの少しずつ後ろに下がりながら、さらに、言葉を続ける。

「それじゃあ、どうしても、俺を殺すって言うんだな」

「私が生きている限りは、絶対にね」

「俺が、君を殺すって言っても?」

「もちろん。先に、私が、入丙いるへいくんを殺すよ」

 そう言って、新島は俺の方に、一歩を踏み出す。もう話で引き延ばすのは限界だと悟って、最後に、本来最初に口にすべきことを口に出す。

「もし、俺の命を差し出したら、2人を殺さないでいてくれるか?」

 2歩目を踏み出すことなく新島は止まる。ちょっとの間、うーんと俺を見つめたまま、腕組みをして唸ってから、笑顔で新島は答えた。

「ほんとにこのまま大人しく殺されてくれたら、考えなくもないよ」

 そう言い終わるなり、2人を掴んだまま、新島は俺に向かってくる。

 逃げるべきだと瞬時に思う。例え、俺が抵抗せずに死んだとしても、今の言い方だと、たぶん、俺が死んだあと、2人を殺すことは間違いないだろう。ここは生きるために逃げるべきだと俺の本能は言う。

 その一方で、俺が大人しく新島に殺されれば、2人が助かる可能性が全くないわけでもない。ここで、逃げるのは、2人を見殺しにすることと言えなくもないかもしれない。

 一瞬、そう考えて、2つともの選択肢を俺は捨てた。

 新島に向かって俺は地面を蹴る。

 その一歩で、俺は新島の前にたどり着き、その上半身に向かって蹴りを繰り出す。

 俺の足が当たったかと思うと、新島の上半身は前方の空に向かって吹っ飛び、目の前には、支えを失って地面に倒れる2人の姿と、新島の下半身があった。

『やったね、入丙いるへい。初めてなのに、上出来だよ』

 頭の中に真桜まうの声が響く。

 真桜まうから引き離されるとき、耳に届かなかった声の続きは、頭の中にはちゃんと届いていた。それは、

入丙いるへいも、戦える。今なら」

 というものだった。

 それからは、真桜のアドバイス通り、少し後ろに下がりながら逃げるというミスリードをしつつ、時間稼ぎと、攻撃のタイミングをうかがっていたのだった。

「逃げるよりかは、カウンターで攻撃した方が勝算は高い。あいつは、入丙いるへいが戦えるってまだ気づいていないはずだ。それに、戦えば、あの2人を助けられるかもしれない。

 血が波打って、身体が冷たくなるのをイメージしながら、体を動かして。そうすれば普段の数十倍の速さで動くことができる。そのまま攻撃すれば、今なら、攻撃が通るはず」

 俺が新島に相対している間、遠くで戦っているらしい真桜まうは俺の頭に、そう声を届けてくれていた。

「おーいっ。入丙いるへいー」

 真桜まうの声が聞こえたかと思うと、翼をはためかせて俺の横に降りてくる。

 それとほぼ同時だった。

入丙いるへいくん、ひどいよ。そのピンク髪とも仲良さそうだしさ、私のこと嫌いになっちゃった?」

 新島の声、だけじゃなく、それに重なって幾人もの人間の声も合わさって、耳障りな不協和音となって、吹っ飛ばした方向から声が聞こえて来る。

「やっぱ駄目だよね。うん逃げよう」

 真桜まうがそう言った直後、少し離れたところに大きな塊が空から降ってきて、アスファルトの地面を陥没させた。

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