第15話

 耳を痛めるような大きな複雑な音で、思わず俺は目を開いた。

 そこには、手刀を振り下ろしてくる新島の姿はなく、桜色の髪と白い翼に水を滴らせる後ろ姿があった。

入丙いるへい、大丈夫?」

 かがみこんで、背中に手を回して、真桜まうが、俺の上半身を起こしてくれる。

 よくよく、周りを見ると、教室の壁が吹き飛んでいて、外の雨が中に吹き込んできている。

「とりあえず、逃げないとっ」

 俺の腰と膝の下に手を入れて、真桜は俺を抱えて教室に空いた穴から外に飛び出す。翼を広げ羽ばたこうとしたところで、何かが飛んできて、真桜の右翼の真ん中辺りを切り裂く。

 落ちていくそれは、人の手だった。翼から血を出しながらも、なんとか、羽ばたいて、地面に軟着陸して、真桜まうは俺を胸に抱えたまま、一目散に走る。

「ねえ、入丙いるへいくん、その子誰なの?」

入丙いるへいくんの彼女?」

「ではないよね」

「もしかして、入丙いるへいくん、」

「神と契約してたの?」

 幾人もの声が重なって、後ろから聞こえて来る。思わず顔を後ろに向けると、校舎の穴のあるところ、生徒玄関とか、窓とか、さっき真桜が開けたであろう校舎の穴とかから、液体みたいに、生徒があふれるように流れ出して、俺たちの後ろに迫ってくる。

 校門を抜けて、街中に出てもそれは変わらない、むしろ、街の人も取り込んで、どんどん後ろとの距離が近くなっていく。しかも、何度も、手とか足とか頭が、信じられない速さで飛んできて、そのたびに、真桜まうの翼は赤く染まり、足の動きも遅くなってしまう。

 それでも、真桜まうは足を止めずに、何回も俺に「大丈夫」と話しかけてくれた。

 逃げ続けるうちに、広い道から路地に入り、幾度か角を曲がった後に、急に真桜まうは、歯を食いしばって、速く路地を走って、曲がり角を曲がり、飛び上がる。

 顔を歪めながら、翼を羽ばたかせ、壁を蹴って一気にビルの屋上に降り立つと、そのまま、屋上から屋上へ、ビルの間を飛び移って、ひたすら足と翼を動かして、真桜まうは建物の上を走った。

 どれくらい学校から離れたの見当もつかないけど、気づけば、真桜まうに向かって人体は飛んでこなくなっていた。

「はあ……、ちょっと……休憩……。あと10分くらいの……、距離はある……」

 そう言って、どこかのビルの屋上で、真桜まうは俺を横たわらせて、仰向けに倒れこんだ。

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