第13話

「はじめて入丙いるへいくんに会った時も、今みたいに雨が降っていたね……」

 2人きりの教室で、新島は机に腰かけて、窓の外を見ながら、静かに言った。

 俺も新島の隣の机に腰かけて、窓の外の雨を眺める。

「そうだったな……。あの日は、入学式で、新島が道路の脇でうずくまってて、それで俺が声をかけたんだったっけ……」

 寝坊して遅れて学校に向かっていたのに、同じ高校の制服を着た少女が、びしょ濡れでうずくまっていて、ひどく驚いた記憶がある。

「そうそう。私さ、途中で学校に行くのが怖くなったんだよ。それで、うずくまってたんだ……。声かけてくれる人ももちろんいたけどさ、こっちが大丈夫ですっていうと、みんな去って行ってさ……。もうどっか行こうかなと思ってた時に入丙いるへいくんが来たんだ……」

 新島が机から降りて、こちらに向き直る。俺も自然と立って新島の顔を見つめた。新島の目はなんだか少し潤んでいるように見えて、笑っているような少し悲し気な顔をしながら、新島は、続きの言葉を紡ぐ。

「この人もすぐ立ち去ると思ってた、でも、わざわざ私の顔を覗き込んで、『大丈夫じゃないでしょ』なんて言って、私を背負って保健室まで連れて行くんだもん……」

 あの時の俺はどんなことを考えていたのだろう。もうあやふやで、思い出せない。確かなのは、その時の俺が、新島を助けるという選択をしたということだけだ。

「私、あの時、私の顔を覗き込んでくれた君の顔、ずっと覚えてる。何の関係もない私を助けてくれた入丙いるへいくんの顔。泣き笑いみたいな顔で、瞳をうるうるさせてた、あの時の顔。

 その顔を見て、初めて、人を好きって思えた気がしたの」

 新島が歩み寄って、俺のすぐ前に立つ。両手で俺の手を取って、胸の前で、ぎゅっと握る。

入丙いるへいくん、私と付き合ってくれる?」

 本当は、俺が言いたかった。だから、後出しにはなるけど、俺も、もう片方の手でぎゅっと握り返して、こう答える。

「俺と付き合ってくださいっ」

 うんと笑いながら、手を放して、新島は俺に抱きつく。少し冷たい手が首と腰に絡みつく。俺も、恐る恐る、新島の腰に手を回した。

 肩には、新島の頭が乗る。抱き合ったまま耳元で、新島は言った。

「ごめんね」

 頭が真っ白になった。

 それでも、なんとか感じたのは腰の違和感で、それに連鎖して、異物、痛み、と思考にならない感覚が、脳に伝わって、何とか動いた体は、言うことを聞かず、したたかに尻と背を床にぶつけた。

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